13.愚か者の話(2)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話くらい更新します。
冗談のつもりだったのだが、ギルウィルドはぎょっとした顔でルキシスを見て口をぱくぱくと開閉させた。何か言おうとして、言葉が見つからないらしい。それで神官などよく務まるものだ。
「あ、ちょっと。今の笑うところなんだけど」
碗を回して湯を冷ましながら言ってやる。
ギルウィルドは沈黙し、俯いて片手を自らの頭に添えた。長い長いため息が彼の口からこぼれた。
「笑えねえよ。全っ然。勘弁してくれ」
その声を聞いて、冗談としても品性に欠けるというか、悪質な内容だったと身に染みた。いくらかは反省の念が生まれる。顔には出さないが。
「神官殿は心配性だ」
東へ行くと言っていたのに後を追って来たのは、もしかしたら。
「わたしが自ら命を絶つとでも思ったか?」
ギルウィルドが顔を上げてルキシスを見る。曰く言い難い顔をしている。
湯で口元を湿らせてから、ルキシスは身を乗り出してギルウィルドの二の腕のあたりをばしばしと平手で叩いた。いつぞや斬りつけて骨まで刃を食い込ませたことのあるあたりだった。ギルウィルドは明らかに怯んでからだを引こうとしかけたが、それは腕が痛いからではなくてやはりルキシスのことを気にしてのようだった。
阿呆か、と思う。
男のくせにこんなことに怯えて。いや、男だからこそ怯えるのか? 女を犯す方の性だから? でも女だって男を痛めつけることはできるし、すべての男が女を犯すわけでもない。男を犯す女だっている。そもそもが、戦場で口を糊するような輩なのに?
――ああでも、この男にとって戦場は地獄だったか。
こういう性分なら、そうなのかもしれない。さっさと神官に戻ればよいものを。
「あのなあ、わたしは自分が死ぬくらいならとりあえず相手を殺す。それくらい分かるだろ?」
だからルキシスにとって戦場は恐ろしい場所ではない。いつでも誰でも殺せる。身を守れる。
「だからもしおまえがわたしを心配しているなら無用だ」
おせっかいで、お人好しだ。
ユシュリーのことを放っておけなかった。それから今はルキシスのことも。
馬鹿な男。
そうとも、自分が傷つけられるくらいなら相手を殺す。
だからあの時もそうした。そうするだけの才能が自分にはあった。最初からそれしか何もできないみたいに。
「けれどもっと殺せたのではないかと思うことがあるの」
その言葉を口にしたつもりはなかった。でも実際、声を発していたらしい。
「もっと殺せた?」
「全員殺したの。確実に殺したわ。あの部屋の中で生きていたのはわたくしひとり」
そう、それは本当のことだ。全員確実に殺した。それなのに、殺し足りなかった気がして、時々思い出したように焦りが生じる。
もっとちゃんと殺せたのでは。殺し足りなかったのでは。全員殺したけれど。もっと、もっと殺すべきだったのではないのか。
それは自分でも説明のできない、意味の分からない思考だった。
殺すべき奴は全員殺した。もう誰も、ラティアを傷つけようとする男たちはいない。でもあの男たちをもっと殺しておくべきではなかったのか?
本当に意味が分からない。
でも時々、本当にごく稀に、焦燥に駆られる。今でも。
ならばやはり自分はあの出来事を箱に閉じ込めて、距離を置くことになど成功していないのではないか。
そうとも思う。そうでないとも。
「分からないことがあるの」
「分からないこと?」
さっきからギルウィルドはこちらの言葉を繰り返してばかりいる。
「お気に入りの愛妾がいたのなら、何故年端もいかない、閨のことなど何も分からない、何もできない娘など手籠めにしようとしたのかしら。あなた――」
同じ殿方ならそのような者たちの気持ちもお分かりかしら。
そう言いかけたところでその言い分はあまりに度を越して醜悪で何の道理にもかなっていないと思ったし、いつの間にかリーズ語が宮廷語に寄りすぎていることにも気が付いた。
ギルウィルドが宮廷語をあまり解さないことを祈ったが、表情からして、その祈りは無意味のようだった。
「――悪かった。忘れてくれ」
軽く手を振る。最後まで言う前でよかった。
自分にとっては大衆語の方が難しい。難しいというよりは、話すのに気が張るというか。ともすれば宮廷語に寄りそうになる。
「リリ……って、まだそう呼んでいいのかな」
「そもそもそれはわたしの名前ではない。おまえが勝手に呼んでいるだけだろ」
だから勝手にすれば。
「きみのことが心配だったのも本当だけど、ほかにひとつ、きみに謝りたかった」
「はあ? なにを?」
「きみはずっとあの家を後にしたがってた。あの場所に留まるのを忌避していた。それを」
強引に留めたと思っているのか。
「思い上がるなよ、ギルウィルド。結局はわたしの決めたことだ」
誰に無理強いされたわけでもない。
ユシュリーがジャデム家に所縁の者であると聞いて、しかもあの男たちのうちのひとりの脇腹の娘と聞いて、とにかくあの場所にいるわけにはいかないと思ってはいた。いるわけにいかない。いたくはない。正しくは、そのどちらともつかない。
でも見捨てられなかった。結局のところこの男と同じように甘くて、甘ったるくて、そのせいで追い込まれることになったが、それだってすべては自分自身の選んだ道だ。
誰のことも恨めしくなど思っていない。謝られる筋合いもない。
「――おまえのせいではない」
何を言われようとも、さっさと立ち去るべきだった。
復讐のために留まったわけではない。ああ、でも。
「あの娘があの男の庶子だと聞いて、わたしは少し計っていたのかもしれない」
「なにを?」
「わたしがあの娘を殺したくなるかどうかを」
結論はどうか。聖金鹿団と事を構えて、アラムにも叱られて、損ばかりした。
「最近、殺し足りないんだ」
ため息をつく。パンもチーズもこれ以上は喉を通らない。革袋の中にしまい込む。
「わたしがクロフィルダイの家にいられなくなって、島を追放されて――」
そこまで言ってふと説明が足りないだろうかと気が付く。
「……おまえ、何も訊かないな」
「もし話したいと思うなら聞くよ。でも話したくないことや思い出したくないことは考えない方がいいよ」
話したければ聞く、か。
同じようなことを自分もユシュリーに言った。
「……もうこの世にいない少女の話だ」
ラティアという名前だった。
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