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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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10.後始末(6)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

 翌朝、予定通り白蹄団はジードネ城に向かって出発した。それを見送ってから、ユシュリーたちと共にブリャックとニドの兄弟の処遇について協議した。協議したといってもルキシスはただ同席していただけで、議論の大部分はユシュリーとファブロら村の者たちによって行われた。

 結論としては、彼らが横領した退去金の返却と引き換えに彼らをエメ家に返すということになった。返すといっても事実上ヴィユ=ジャデム家からの永久追放だ。しかしエメ家にしてもこれほどの大金はそうそう支払えまい。これからまた長い交渉と駆け引きが始まる。


 だがそれはもう、ルキシスにとっては与り知らぬことである。白蹄団がヴェーヌ伯との話をまとめてくれさえしたら、もうここに留まる理由はない。しばらく白蹄団に同道して、アラムにどやされる日々が始まる。


「おまえはどうするんだ」


 乾いた日差しが燦々と降り注ぐ午後だった。長閑と表現しても差し支えあるまい。村の田園風景は青々と鮮やかで意気盛んだった。

 先のことをギルウィルドに訊くと、彼は武器を手入れする手を止めてルキシスを見た。

 場所は屋敷の中庭だった。いつぞや、ユシュリーから彼女の父母の話を聞いた。あかぎれの手を取ってかわいそうにと泣いた若様。彼に心を寄せて愛妾となった娘。物語のような話だった。ルキシスの好みではないが。

 何故こんな場所で武器の手入れをしているかというと、単にここが明るくて風通しがよくて井戸に近いからだ。その上屋敷の中でも限られた者しか通りかからないから、無闇に武器の姿を見せて無辜の村人を怯えさせる心配もない。


「秋になる前にもう少し稼ぎたい」


 冬になると戦争も少なくなる。行軍できなくなるからだ。よって傭兵たちにとっては商売上がったりの季節である。それまでに蓄えを増やし、好きな女の寝床に潜り込むなり副業をするなり、いずれにせよ冬の過ごし方を考えておかなければならない。

 ルキシスは大体、副業をしている。どこか女の多い屋敷や娼館の用心棒などの口を探すのだ。昨今では珍しくなった女傭兵は意外とそういう場所で重用される。副業の口がないときは、適当な街に潜り込んで博打を打ったり酒を飲んだりして楽しく怠惰に過ごすこともないではない。ギルウィルドに言えば呆れられそうだったが。この男がやるのは女だけで、博打も大酒もやらないようなので。


「それで冬に向けて、できればあったかいところに行きたいんだよね。雪とかもう見たくなくてさ」

「南に?」

「うん。でも東の方が揉めてるだろ。だから先にそっちで稼ぎ口を探そうかと思ってる」

「ああ……」


 東方の動きについてはルキシスもある程度話を聞いていた。異教徒の侵攻がおさまったと思ったら、今度は異教徒を撃退するために集まった諸侯が仲違いして何やらごちゃごちゃやりあっているらしい。いくらでも募兵がありそうだった。


「きみは白蹄団で修行か」

「いつ頃解放されるかなあ」

「半年くらいは覚悟しておけば」


 ため息が漏れた。アラムはよい奴だ。ゾーエもトーギィも。他の団員たちも、全員ではないにせよ概ねルキシスに対して冷淡ではない。しかし集団行動はどうしても性に合わない。


「白蹄団の食事は結構いいって聞くけど。それを楽しみにしときなよ」


 これまでも白蹄団とは何度か行動を共にしたことがあるからギルウィルドのその言葉が間違っていないことは既に知っていた。

 ヴェーヌ伯との交渉は上手くいくだろうか。いや、上手くいくだろう。勝算がなければアラムはこの話を引き受けまい。物事を見抜く彼の目を、ルキシスは信用していた。

 ふと沈黙が落ちた。会話の種がなくなったからだ。


 ギルウィルドが武器の手入れを再開する。この男はそういう点においてはまめだ。戦場でも暇な時、武具や防具を磨き終わって他に何もやることがなくなったら鍋やら何やらよく磨いていた。趣味なのかと思っていたが、多分――これも神殿仕込みなのではないか。偏見かもしれないが、神殿の修行僧はとにかくやたらと何でもぴかぴかに磨き立てて傷ひとつ残さず仕上げることを誇りにしているような節があるので。

 苛烈というほどではないが日差しは強かった。それでも木陰にいれば風は涼しく、葉擦れの音が爽やかだった。


 建物の陰からユシュリーが姿を見せた。彼女は聖金鹿団の襲来以降常に多忙で、ルキシスもギルウィルドもずっと一緒にいるというわけにはいかなかった。彼女のそばに詰める必要もなくなったので、自然な流れでもあった。


「お姉さん、お兄さん」


 少女が手を振る。大きなエメラルドが彼女の腰まわりを彩り、陽光を弾いて瞬くように輝いている。


「先ほど見張り台から知らせが届いたんです。ジャデム家から使いの者たちがこちらへ向かっているって!」


 そうか、とルキシスは頷いた。丁度、白蹄団とは入れ替わりとなったわけか。全てが動く時機というのは不思議に重なり合うものだ。さて、彼らはヴィユ=ジャデム家にどのような沙汰をもたらすのか。

 手放しに安心できるかはまだ分からない。本家には本家の思惑もあるだろう。願わくばユシュリーに安らぎをもたらすものであればよい。素朴にそう思う。


「間もなくやって来ると思います。今晩は使者を迎えて、急ですけれどちゃんとした晩餐をしたいと思っているの。幸い食料は無事でしたからね。お姉さんとお兄さんも晩餐に出てくれますよね?」

「女の服装をした方がいいか?」


 今のルキシスにはもう女装束を着る理由もないので男物の衣服で通している。


「お姉さんの好きな恰好で。ただ、髪だけ簡単にでも結わせてくれませんか?」

「分かった」


 垂髪か、それとどれほども変わらないようなひとつ結びのままでいれば確かに本家の使者は戸惑うだろう。無用の摩擦は避けておきたい。ヴィユ=ジャデム家の当主として当然の判断である。


「わたしに結わせてくれますか?」

「それは……、おまえの仕事じゃないだろう。おまえはこの家の当主なんだから」


 客人の身支度は使用人の仕事だ。


「お姉さん、今更そんなこと言う? いいじゃない、わたしの趣味として!」


 ユシュリーは声を上げて笑う。年相応の溌溂とした明るさを、ルキシスは眩しく思った。

 十三歳の少女。

 まだ大人ではない。でも相続人としての責務を負う。判断を、相応のふるまいを求められる。

 自分が十三歳だった頃を少しだけ思い出した。自分の意思などないような人形のような娘だった。刺繍をして、土地に伝わる竪琴を奏でて、言語が得意だったから家庭教師をつけてもらって、勉強だけはよくやった。一日中その繰り返しだった。どれも趣味とか、自分でやりたいと選んだことではなかった。ただ、できるから、周りが勧めるから、やっていただけだった。


(わたしは)


 ユシュリーほどは賢明ではなかった。

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