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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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10.後始末(2)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

 薬師の診察と湯浴みと身繕いを済ませて階下の広間へ降りると、ユシュリーとギルウィルドとアラムと、ファブロを含む何名かの村人たちが集まっていた。


「お姉さん!」


 真っ先に声を上げたのはユシュリーで、彼女は椅子から立ってルキシスの元へ歩み寄ってきた。


「ごめんなさい。それとありがとう。こちらへ座って」


 ダーリヤといいゾーエといいユシュリーといい、やたらと丁重に世話を焼こうとする。それだけ今の自分が弱っているように見えるのだろうか。

 ユシュリーに促されるままに彼女の隣に腰掛けた。アラムが怒気を含んだ視線を向けてくるのが分かった。そちらを見る気になれない。慎重に顔の向きを調整する。


「アンリを仕損じたな」


 しかしルキシスの努力は無意味だった。重々しく、厳しく、棘を含んだ声が鞭のように飛んできた。


「おまえらしくない。腕が鈍ったな。鍛え直してやる」

「……その、ちょっと本調子じゃなくて」

「聖金鹿団は早晩瓦解する。アンリのあの怪我じゃ団をまとめられない。だからリリが団の報復を受けるっていうのはあまり心配しなくても――」

「おまえとは話してねえぞ、ギイ。餓鬼は黙ってな」


 餓鬼呼ばわりされたギルウィルドは肩をすくめて口を閉じた。アラムの半分くらいしか生きていないだろうからそう呼ばれても反論のしようもあるまい。徹夜明けだろうに元気そうではあった。


「――親爺、悪かった」

「何が悪かったか言ってみろ」

「ええと、ヴェーヌ伯をぶちのめして小金をちょろまかして逃げたことと、ギルウィルドを仕損じたことと」


 ええ、と抗議の声が上がったが無視した。


「さっさと遠くまで逃げないでここに留まっていたことと、油断して薬物を盛られたことと、聖金鹿団と戦闘になったこと、かな」

「四十点ってところだな」


 ――三十点でなかっただけまだましと考えておくことにする。


「あのう、皆さまのおかげで村が助かったこと、本当に感謝してもしきれません。あまりお姉さ――、ルキシスさんのことを責めないであげてもらえませんか」


 ルキシスがよほどしょげ返っているように見えたのか、ユシュリーが割って入った。


「ご令嬢」


 アラムが威儀を正し、ユシュリーに向き直った。白蹄団は中堅どころの傭兵団とはいえ、所属する団員の数も多いし歴史もそれに比例して長い。旗揚げ以来団を率いてきたアラムには相応の迫力があった。


「何故我々がここにいるかご理解いただいていますか」


 そうだ。ギルウィルドが呼んだとか言っていたが、呼ばれてはいはいとやって来るような傭兵団はいない。傭兵団が動くには相応の金が必要となる。ギルウィルド個人が白蹄団を雇った――という可能性も皆無ではないが、その金はどこから出てきたのか。あるいは、ヴィユ=ジャデム家に負担させるつもりだろうか。

 斜め向かいに座っているギルウィルドを見ると彼と目が合った。彼は一瞬愛想笑いめいたものを浮かべようとして、結局止めたようだった。


「じ、実はさあ、ヴェーヌ伯に書簡を送ったんだよね」

「は? 伯に? いつ」

「ここに来た翌日にちょちょーっと頼んで」


 ダーリヤの弟を痛めつけて神殿と渡りをつけたことは聞いていた。だがそれ以外にもヴェーヌ伯と連絡を取っていたとは聞いていない。黙っていたということは何らかのたくらみがあったということか。


「リリを見つけたんだけどおれじゃ手に負えない。応援を頼む。できれば白蹄団を寄こしてほしいって」

「――ほほう?」


 自らの目が剣呑に細くなったのが分かった。


「あ、えっと、今刃物持ってないよね? 持っててもアラムやユシュリーの前で抜かないよね?」

「分からない。が、とりあえず、最後まで聞いてから決めてやる」


 ギルウィルドはため息をついた。ため息をつきたいのはこちらの方だというのに。


「白蹄団が来てくれたら、その、リリのためにもユシュリーの味方になってくれるかなって……、それで白蹄団が来なくて別の団が来たらその時はそれはそれで、リリをとっつかまえてヴェーヌ伯に引き渡して報酬山分けでいいかなって……」


 頬が引き攣った。やはりろくでもないことをたくらんでいた。こいつを仕損じたのは大きな過ちだった。


「でもずいぶん時間がかかってるし、もしかしたら応援なんて誰も来ないかもしれないって途中からは期待もしてなかったんだけど」


 そんな話はどうでもいい。顎の下に手をやり、ギルウィルドを睥睨する。彼は両手を上げた。害意がないことを主張するように。


「いや、だからそれはここに来た次の日の話だって。その後ちゃんと反省したから。責任取るって言ったじゃん。ね?」

「おまえに取れる責任なんてないだろ」

「ルキシス、後にしろ。後で好きなだけその餓鬼を痛めつけてやるといい」


 いやもう十分痛めつけられたんだけど、と哀れっぽい声でギルウィルドが言った。ちょっと腹を刺されただけのくせに十倍ぐらい被害者面をしている。ふてぶてしい野郎である。


「とにかく、おれたちはヴェーヌ伯の指示でここに来た。名目上は、ルキシス。おまえを捕縛するためにだ」

「――」


 なるほど。白蹄団が大所帯を率いて丸ごとやって来るわけである。


「つまりおれたちがここで雁首並べているのは、おまえの処遇をどうするかって議題について話し合うためだ」


 アラムは鋭い視線をルキシスに向けた。

 彼には初めから、ルキシスをヴェーヌ伯に突き出すつもりなどなかっただろう。ただ揉めごとに巻き込まれていることを察して、何にせよここまでやって来てくれた。だが傭兵は金で縛られる。もちろん裏切ることもあるし、契約を放棄することもある。しかしそれは例外的なことであり、そうする場合も自分たちが悪くならないように上手く立ち回るものだ。契約が有効なうちはその内容に従う――少なくとも建前上は。例えば金を積んだところで、簡単に寝返れというわけにはいかない。


「あのー、発言しても?」


 性懲りもなくギルウィルドが口を開く。


「聞く価値がなかったら殺す」


 ルキシスの言葉にユシュリーがぎくりとしてこちらを見たが、もう取り繕う必要もあるまい。傭兵なんて荒っぽくて短気な生き物である。アラムのような謹厳な人間は稀といえるだろう。


「リリ、一応訊くけど伯妃になる気ある?」

「殺すぞ」


 おまえがヴェーヌ伯と結婚しろ。

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