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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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2.森の中の戦闘(1)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

「リリー、待ってー」


 空耳だろう。軍馬の足音に混じってそんな声が飛んでくるのは。

 もちろんそうだろうとも。


 よって馬の足を止めることはしない。


 午後も既に半ばを過ぎていた。だがまだ日は高い。この時期、日没はようやく夜に差し掛かる頃にやってくる。


 よって、道の両脇を背の高い木々に遮られているとはいえ、頭上から降り注ぐ陽光は明るく力強く、視界は良好だった。北東から南西へと抜ける小道だった。整備されているわけでもないし街道からも離れてはいるが、しっかり足元を確かめながら進んで行けば迷う心配はそうそうない。もちろん、一度道を外れて森の中に迷い込めばそれなりに難儀はするだろう。森というのは獣たちの領域だ。日が落ちれば狼も姿を見せる。草木の生み出す暗闇は石造りの街並みに落ちる暗闇とは種類が違う。どこか白んでいて、あたたかみを帯びているようで、そのくせひとの生み出す文明の明かりは届かず、吸い込まれれば二度と戻っては来られないような得体の知れなさがある。人間の本能的な忌避感ともいえるか。それはルキシスのようなわけありの立場からすれば、脅威であると同時に自らを守る隠れ蓑としても利用できる。だからこそこういう道を選んでやってきたわけだ。


 しかし森は永遠に続くわけではない。このまま真っ直ぐ南西にくだり続けていけばいずれ農場が見えてくるはずだ。それを更に進んでいけば明日中には小さな街にも到達するだろう。


 さて、その街でしばらく息を潜めるか、それとももっと南の田舎の方へ下っていくか――。


「リリ!」


 思えば自分はリリなどと名乗ったことは一度もないのだった。元の名もまるで違うし、この十数年はルキシスという男名を使っている。


 それがどうしてリリなどと呼ばれるようになったのか。あの男が勝手にそう呼びだしただけだ。ここ二、三年やたらと何度も戦場で顔を合わせてきたあの北の出の流れ者。どこの団にも属していないのは同じで、それは即ち集団に属さないでも口を糊していけるだけの十分な腕前を有しているということだ。


 実際にその働きぶりは戦場で何度も目にしている。あの男の操る長剣がこめかみのすぐそばを掠めたこともあった。腹が立ったので十倍斬りつけ返してやったが、そこまでやっても命はおろか指の一本も取れなかった。人殺しの得意なルキシスにとってはめずらしいことだった。


(でももう少しで腕は取れそうだったか)


 惜しかった。


 記憶が呼び起こされてくる。別に封じ込めていたわけでなく、単に思い起こすような機会がないだけだったが。


 あの時は、狭く人の密集した城壁の上で思った踏み込みが取れず、斬り込むのが極端に浅くなった。それで上腕骨に切っ先が食い止められ、あの男の腕を斬り飛ばすには至らなかった。それでも戦意を削ぐことはできた、と思ったのだ。だからその隙を突き、おろおろしながらあいつの後ろに隠れようとしていた指揮官の首を取ろうとして、だが――。


(果たせなかった)


 右腕を半分千切ってやったのに思ったほどの効力はなかったらしく、すかさず横ざまに蹴り飛ばされて――。


(城壁から落っことされたんだ)


 近年最大の失態だった。


 途中何度か突起物にぶつかって体が跳ね上がり、最終的に肋骨二本で済んだのは奇跡だった。突起物というのは他の兵士であったり攻城兵器であったりしたのだろうが詳細は覚えていない。いずれにせよ肋骨二本を折ってもう一度城壁を登るのには辟易した。


 再び登って来たルキシスを見た時のあの男の顔を思い出すと少しは溜飲が下がる。マジかよ、というのをあれほど表出させた顔は他にふたつとあるまい。


 戦場で会う時は当然、味方であることもあれば敵であることもある。その時は敵同士だった。そして今回のヴェーヌ伯の戦ではたまたま味方だった。


 次に会ったらやっぱり殺してやろうか。そう思う。だから会うなら敵がいい。


「リリってば!」


 昨晩、夜陰に乗じてヴェーヌ伯の兵営を出る際に、管理の甘いどこかの傭兵団の馬溜まりからヴィング金貨三枚と引き換えに悪くない青鹿毛を連れ出してきていた。騎士団の正規軍馬をくすねることもできなくはなかったが、いささか面倒だったので妥協したのだ。ヴィング金貨三枚は同業者に対してのせめてもの詫びだ。軍用に足る馬は高価とはいえ、それだけあれば同等の馬を購入して十二分に釣りがくる。そもそも馬なんて盗まれる方が悪いのだが、ヴェーヌ伯からいただいた迷惑料のおかげで懐があたたかく、ルキシスの心も寛大になっていたのだ。


 選んだ青鹿毛は、あくまで「悪くない」といったところだった。どのあたりが「悪くない」に留まる要因だったかというと、要するに戦働きをして間がないため疲労が抜けていないのだった。


 一方、後ろから追いかけてくる軍馬は戦では控えだったのか、あるいは馬を乗り継いできたのか、元気いっぱいの様子だった。追い比べをすれば敵いっこないのは、足音を最初に聞きつけた時点で気が付いていた。


 だから青鹿毛を大駆けさせることは控えた。かといって待ってやる義理はないので足は止めない。ただそれだけのことだった。


 いや、そもそも空耳なのだ。「リリ」などと呼んで自分を追ってくる声は。


 しかしその決め込みもむなしく、ほどなく栗毛の馬が馬体を併せてきた。やむなく減速する。


「どうして無視するの」

「空耳だから」

「まあよかった。追いつけて。全然違う方に行ってたらどうしようかと思った」


 そうだったらよかった。馬の足跡には十分気をつけてきたというのに。


「きみに届け物」


 半日ぶりに会う北国からの流れ者は、そう言ってルキシスの手元に巾着を押し付けてきた。


「なに?」


 渋々受け取る。


「最近馴染みになった姐さんたちがきみの信奉者だそうで、きみにあげたいって」


 娼婦だろう。ひとり寝などしないような男だという噂は聞いている。

 ルキシスは顔をしかめた。


「おまえ、あちこちの姐さんたちに貢がせるのもほどほどにしておけよ。いつか刺されるぞ」

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