表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
39/166

10.後始末(1)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

 気が付いたら朝――というよりは昼だった。やはり意志の力だけで動き回っていただけらしい。馬を駆って、村まで戻ったことは覚えている。村の門の前でユシュリーが泣きそうな顔で立ち尽くしていたのも覚えている。馬から降りると、彼女が駆け寄ってきたことも。

 でも覚えているのはそこまでだった。

 目を開けるとあたりは明るく、枕辺には女がひとり座っているのが見えた。椅子に腰かけたまま居眠りをしている。ダーリヤだ。無理もない。彼女だって疲労困憊のはずだ。

 場所はヴィユ=ジャデム家の屋敷の中、ルキシスが与えられた客室だった。


「――」


 むくりと起き上がる。多少の重たさは残っているが、怠くはない。手足の感覚も問題なさそうだ。眩しさは感じるが、それは単純に目覚めたばかりだからかもしれない。

 頬に張り付いた髪を掻きやろうとして気が付いた。返り血がべったりと。ある程度は拭われているが、まだそうと分かるほどに血なまぐさい。

 寝台から降りると、気配を察したらしいダーリヤがぱちりと目を開けた。


「お客人、まだ寝ていてください」

「ええと、今日はいつ?」


 もしかしたら何日か経過しているのではないかとも思って訊いたが、そんなことはなかったようだ。


「まだ半日しか経っていませんよ。薬師を呼んできますから。お食事は召し上がれそうですか?」

「先に湯浴みをしたい」

「薬師の後ならいいですよ」


 妙に親身に世話焼きに、ダーリヤはそう言って部屋を出ていった。仕方なく、ルキシスは寝台の縁に腰掛けた。

 ひとりになるのは久しぶりのような気がした。ここのところずっとユシュリーのそばに詰めてばかりいたから。

 しかしそのひとりの時間も長続きしなかった。扉が開いて、ひとりの女が顔を見せた。


「はーい、ルキシス」


 薬師ではなかった。ダーリヤでも。だが知っている顔だった。


「ゾーエ姐さん」


 白蹄団の専属の娼婦だった。中でも不動の一番人気、美貌と教養ときっぷのよさを兼ね備えた年齢不詳の美女である。ルキシスが子どもの頃から今のような見た目だった気がする。


「白蹄団も村に?」

「やーね、あんた寝ぼけてんの? あたしらみたいのが村の中に入ってきたら罪のない村人の皆さんが怯えるじゃない。団は村の外で野営してるわよ」


 それもそのとおりである。


「じゃあ姐さんは」

「あたしとアラムは特別」


 確かにいつも、ゾーエは豊かな焦げ茶色の髪を肩にそのまま流しているが、今日はゆるやかに編んで髪覆いで頭部を隠している。娼婦でなく一般の女の装いに寄せているのは村人たちへの配慮なのだろう。

 ルキシスのすぐそばまでやって来ると、ゾーエは先ほどまでダーリヤが座っていた木の椅子に腰を下ろした。


「あんたのお世話をしてやろうと思ってアラムにねだって付いてきたのよ。ありがたく思ってもらいたいわね」

「姐さんを独占したりしたら白蹄団の男どもに恨まれるな」


 ふふ、とゾーエのふっくらした唇が弧を描く。


「覚悟しときなさいよ、あんた」


 寒気がした。白蹄団一の娼婦の微笑みは千金に値する美しさだ。男女を問わず惹きつける。その分空恐ろしい。


「姐さん、その」

「アラム、めちゃくちゃ怒ってるから」


 ――やっぱり。


「あんたにもギイにも怒ってる。夜からずっとギイと喧嘩してるの。ギイはのらりくらりかわしたり下手に出たりしてるけど、そろそろ折れそうだったわね」

「ギルウィルドと喧嘩?」

「そりゃあんた、ギイがあんたのことヴェーヌ伯に売り飛ばそうとしたからでしょ」


 いやだからそれは諦めたって。悪いと思ってる。反省してるってば。たぶんもうしない。などと、延々言い訳をさせられているらしい。いい気味である。だがたぶんなどと口走るあたり反省が足りていないようでもある。

 しかし――この部屋を出たら恐らくは自分も同じくらい叱られるのだろう。気が重たかった。薬物を盛られた話なんてしたら意地汚いからだと怒鳴り飛ばされ、拳骨まで食らいそうだ。


「でもま、よかったわ」


 ゾーエが桜色の指先を伸ばしてくる。ルキシスの頬に少しだけ触れた。


「姐さん」

「元気そうで」


 ゾーエはすぐに手を引っ込める。


「あんた、しばらく白蹄団に来なさい」

「ええー……、いや、姐さん勘弁して、それは」

「あんたの性根を叩き直すってアラムが。そこくらいしか落としどころはないわよ」

「わたしはあまり集団行動は」

「あたしは忠告したからね。あんた、これ以上アラムを怒らせたくなかったらあたしの言うこと聞いときな。そしたらあたしも少しは口添えしたげるからさ」


 もう一度、白蹄団一の娼婦は微笑みを浮かべた。女神の微笑み。この微笑み見たさに男たちは戦の稼ぎを全部、彼女の足元に積み上げるのだ。

 艶やかで鮮やかで、生き生きとした輝きを放っている。

 そして優しい。アラムも。トーギィも。

 どうしてそんなふうに、仲間でもない人間に優しいのだろう。

 時々不思議になる。そして自分が掴めなくなる。

 自分は、誰かに優しくしたいなんて特に思ったことはない。でも今ここにいるのは、ユシュリーを見捨てられなかったからか。


(同じってことかな)


 世の中そんなふうにして回っている。悪いことばかりではない。神々は助けてくれなくても。

 部屋の外にひとの気配がした。ダーリヤが薬師を連れて戻ってきたのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ