9.傭兵団の襲来(5)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話くらい更新します。
この話には暴力的な描写がありますので苦手な方は閲覧しないようご注意ください。
「ギルウィルド」
戻ってきたのか。
ユシュリーはファブロたちに託してきたのだろう。
鹿毛がすぐに隣に並んだ。長剣が繰り出され、騎兵たちを牽制する。
「殺せ!」
アンリが騎兵たちに向かって叫んだ。彼はもう手綱も握れまい。左腕は手首で斬り落とされ、右腕は皮一枚でかろうじて繋がっているだけでぷらぷらと不安定に揺れている。
騎兵たちがアンリとルキシスの間に割って入ってくる。繰り出される白刃をいなし、弾き、何人かは殺して、何人かは馬から突き落とした。アンリほどの手練れはいないようなのが救いではあった。だが肝心のアンリの姿は遠くなるばかりだ。団長の命を獲れなかったのは痛い。
しかもそうこうするうちに、騎兵たちの背後に歩兵たちが坂を上ってきている。これではきりがない。彼らのおかげで弓が飛んでこないのはよいとしても、多勢に無勢というのはどうしても否めなかった。
「リリ」
退き時だ。それはルキシスにも分かっている。愛剣が血に曇って切れ味が鈍り始めていた。
ギルウィルドが長剣を振るう。ふたりばかりをまとめて馬から薙ぎ落とす。退路を作ろうとしているのだ。わずかに開いた隙間に馬体を押し込み、その先を塞ごうとする騎兵の甲冑の板金の隙間から刃を差し込んだ。上手く脇の下から心臓を獲れたが、やはり切れ味が悪い。もう一本の愛剣、細身の片刃剣を抜いた。
違和を感じたのはその時だった。
――気のせいか。いや、違う。
地響きがする。軍馬の足音。聖金鹿団が押し寄せて来る方角とは別だ。
まさか別動隊か。
まだ遠い。でもほどなく姿を見せるだろう。東側。そこには木立がある。その木立にちらちらと明かりが瞬いているのが確認できた。そこを抜ければ、このささやかな高台まで遮蔽物はもう何もない。
聖金鹿団にそんな隠し玉があったとは。わずかに焦りが生じた。
地響きと明かりは徐々に近付いてくる。
彼らが木立を抜けるまでに退路を確保して抜け出さなければ。立ち塞がる騎兵を一体ずつ処理していく。ギルウィルドは自らも剣を振りかざして道を開きながら、ルキシスの取りこぼした敵を的確に始末してくれた。それでもなかなか包囲網を抜けられない。
しかしそうする一方で、また別の違和感も覚えていた。
初めは、団長が負傷したことで聖金鹿団も浮足立っているのかと思っていた。だがそれとは少し違う動揺が彼らにも見受けられる気がした。
(別動隊にしては)
――数が多い。むしろこちらが本隊か。
だがそれにしては、聖金鹿団の動きはやはり妙だ。何か戸惑っているような、様子を窺うような気配。要するに、木立の方に気を取られている感じがある。
その隙をついて少しずつ退路を広げていく。でもまだ、向こうの方が数が多い。
そうこうするうちに別動隊の先頭が遂に木立を抜けたのが分かった。明かりが一際大きくなり、わあっと喊声が上がった。彼らは一斉に傾斜を駆け上がってくる。先頭には旗がはためいている。
多くの明かりのおかげでその旗を読み取ることができた。
青地に白い馬、斜め十字に重なった二本の剣。
「退け!」
そうがなったのは知らない声だ。引き際をあやまたない聖金鹿団。自分たちよりも強い相手とは戦わない。
「来たか」
嘆息とともに吐き出された、こちらの声の主は知っていた。ギルウィルドだ。
ふたりを置いて聖金鹿団は脇目もふらず高台を後にしていく。引き潮のような迅速さだった。
「どうして」
剣をぶら下げたまま、ルキシスは近付いてくる軍旗を呆然と見つめていた。
それは白蹄団の旗だった。古くからの馴染みの傭兵団。何度もルキシスを誘ってくれた。彼らは今、味方なのか。それとももしかしたら敵? あるいは、敵の敵?
戦いたくはなかったし、もし戦うことになったとして、向こうは百人以上の規模を誇る大所帯だ。とても敵わない。一対一なら誰にも負けないけれど。
「おれが呼んだ」
息をつきながら、ギルウィルドが言った。
「はあ? いつ」
「……怒らない?」
「いや、怒る。怒るが言え」
「じゃあ言わない」
「言え。死にたいのか」
「言わない」
そう言うなり、ギルウィルドが馬の腹を蹴って先行した。白蹄団と合流するためだ。ルキシスもそれに続くしかなかった。
「姐さーん」
よく知っている声が響き渡る。人懐こい少年。トーギィが先頭集団の中にいた。夜とはいえ近寄れば彼を見分けることができる。手を振っているので目立っていた。ついでに、トーギィの隣には重々しい体貌の壮年の男の姿があった。
「げっ、親爺」
白蹄団の団長である。思わず身構える。彼がひどく怒っているのが分かった。
彼にはどうにも頭が上がらない。無理もない。傭兵として駆け出しの頃から随分と助けてもらったのだ。自団の者でもない子どもなど放っておけばよいのにそうできない性分のようで、何かと気にかけられた。過去には何度か団と行動を共にしたこともあった。行動を共にするというよりは、ルキシスが一方的に面倒を見てもらったようなものだったが。親爺、などと団員のように彼を呼ぶことも許されていた。
「よう、アラム」
傾斜の半ばで白蹄団と合流し、ギルウィルドが手を上げて団長に挨拶をした。アラムというのは団長の名前である。
「ギイ、おまえに言いたいことは色々ある」
見た目どおりの重々しさでアラムは口を開いた。
「来てくれると思ってた。あんたはリリに目を掛けてるし、おかげで助かった」
ギルウィルドは愛想よく何か調子のよいことを言っている。
アラムが首を回すようにしてルキシスを見た。
「――この馬鹿娘!」
落雷のような大音声だった。鼓膜どころか足の爪先までびりびりする。
「自分からお尋ね者になってどうする! いい年をしてこの程度の立ち回りもできない半人前が」
「だって……」
我ながら情けない声だった。ギルウィルドが興味深そうにこちらを見ているのには純粋に腹が立ったが。
「しかも聖金鹿団と揉めごとを起こすってのはおまえ、何を考えている」
「ま、ま、それはさ、後から説明するから。リリは病み上がりみたいなもんだしお手柔らかに頼むよ」
聖金鹿団と揉めごとを起こしたのは、別に自分自身の意思によってではない。しかしそんな言い訳は無意味である。その上ギルウィルドごときに庇われるのも腑に落ちなかったがひとまず黙っていた。
「姐さん、体調が悪いの? 大丈夫? 無理しないで」
味方をしてくれそうなのはトーギィだけだった。
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