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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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9.傭兵団の襲来(4)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。


この話には暴力的な描写がありますので苦手な方は閲覧しないようご注意ください。

「わたしはユシュリー・ヴィユ=ジャデムです」


 想定はしていたのだろう。ヴィユ=ジャデム家の名前を聞いても何の反応もない。


「あなた方はブリャック・アーヴル・エメに雇われたと聞いています。それは本当ですか」


「雇い主の話はできないなあ」


 アンリの声は重々しさをまとい、先ほどまでとはまるで別人のようだった。ユシュリーが怯まなかったのは立派といってもよいだろう。


「わたしはブリャックの親族です。彼との契約を取り消してもらいたいのです」

「雇い主の話はできねえよ、お嬢ちゃん」

「ただとは言っていません」

「ほう?」


 アンリが再び顎髭を撫でた。


「そこからでも見えるでしょう?」


 ユシュリーが飾り帯を外して両手に持ち、広げて見せた。

 表面上、アンリの顔色は変わらなかった。ただその鋭い両目が、松明の明かりを映して輝きを放つエメラルドを冷静に観察しているのは分かった。


「ブリャックよりわたしに味方した方が得だということが分かりましたか?」

「……ここからじゃあよく見えねえなあ」

「あなたがたがヴィユ=ジャデム家の領外に退却してくださったことを確認できたらこの帯を差し上げます。ブリャックたちが渡したとかいうお金も返却しなくて結構。その代わり二度とここには来ないで」

「――なあ、ギイ」


 アンリはユシュリーを無視し、彼女の後ろから手綱を取るギルウィルドに向かって話しかけた。


「あんた、その娘、売る気あるかい?」

 ルキシスは思わずギルウィルドに目を向けた。まさか。しまった。アンリを殺すなら身軽な方がいいと思って。こんな男に少女を任せるなんて。自分の馬に乗せるべきだった。

 しかしルキシスの心配をよそにギルウィルドは肩をすくめただけだった。


「折角の申し出だけど遠慮しとくよ」

「なんでだよ。その方が得だろ?」

「宗教上の理由」

「――しゃあねえなあ。ルキシス、あんたは」

「……宗教上の理由」

「いやいやいや、色男の方はともかく女傭兵殿は神様信じてねえだろうが」


 団に所属していないよその傭兵のことまでよく観察している。一団の長ともなるとそこまで細かく気を配るものかと、場違いながらいささか感心する思いもないではなかった。


「神々は信じていないが信仰心はある」

「女傭兵殿は難しいお話をなさるねえ」


 神々がルキシスを助けてくれたことなんてなかった。だが、例えばカトラを投げて渡すような真似は罰当たりに思えてどうしてもできない。その程度の話であって、難しいことでも何でもない。だが別にアンリと宗教論を交わしたいわけではない。


「じゃあもうひとつ、わたしがご令嬢に味方する理由を教えてやる」


 ほう、と興味深そうにアンリが瞳を向ける。


「わたしは長いものには巻かれる。ヴィユ=ジャデム家はジャデム家の分家筋だ。あんな大貴族に歯向かえるか」

「ヴェーヌ伯をとことん叩きのめして逐電した女傭兵様とも思えないお言葉だが?」

「ヴェーヌ伯みたいな田舎領主とジャデム家を並べるとか、アンリ、おまえ大丈夫か?」

「ご本家はここよりずっと離れた場所にあんじゃねえのかい」


 アンリの口元に笑みが浮かんだ。恐らくは、交渉の終わりが近い。緊張が走る。


「間もなく本家から兵団がやって来る予定です」


 ユシュリーが口を開いた。兵団というのははったりだ。だが一族会議とやらが終わって、何らかの沙汰を携えた使者が駆け付けてくるのはそう遠い未来の話ではない。


「ヴィユ=ジャデム家に何かあれば本家も黙っていることはできません」

「ふうん、それで?」

「でも、エメ家なら関係ありません」


 その言葉にルキシスはいささか戸惑った。ここでエメ家を持ち出して、ユシュリーはどう話を進めようというのか。


「もしよろしければブリャックとニドの兄弟をあなた方に差し上げます。身代金はエメ家に請求するといいでしょう。ジャデム家と戦争するより、その方が実入りがよいのでは?」


 そういうことか。

 母方の親族の家を差し出すのは彼女にとって苦渋の決断だっただろう。だが裏切ったのはエメ家の方が先だ。ユシュリーは彼らにその代償を支払わせる道を選んだのだ。

 ユシュリーはどこまでも実利に徹した条件を提示している。アンリたち聖金鹿団にとって悪くない話だ。だが――悪くなさすぎて、これでは。


(足元を見られる)


 ルキシスたちの背後から馬が駆けて来る足音が響いてきた。ファブロたちか。


「来るな!」


 ギルウィルドが怒鳴った。それより一瞬早く、アンリが片腕を上げた。それを合図として地形の底から騎兵たちが一斉に駆け上がってくる。ルキシスは馬の腹を蹴り、両刃の剣を抜いてアンリに斬りかかった。アンリが松明を突き出してくる。馬を狙っているのだ。小癪な真似を。松明を切り捨て、そのまま彼の首を狙う。


「お姉さん!」


 ユシュリーの悲鳴じみた声が響く。

 交渉は決裂だ。案の定といったところか。

 ギルウィルドが馬を返して駆け去るのが分かった。それでいい。弓が飛んでくるより先に、早く行ってくれれば。


「ルキシス、見捨てられたな」

「ジャデム家が怖くないなんて、アンリ、おまえ、なかなか肝が据わってるな」


 ルキシスの刃はぎりぎりのところでアンリの剣に弾かれた。その返す刃で再び彼の首を狙う。鍔迫り合いになった。


「ジャデム家の兵団とやらが来る前にあんたもご令嬢も殺して全部いただいてとんずらするさ」

「ならわたしはおまえの騎兵たちがここに来るより早くおまえを殺す」


 刃を引く。すぐにアンリの剣がそれを追いかけて来てまた刃と刃が重なった。書記係が隙を窺っているのは分かっていた。


(また馬を狙われるな)


 ならば先に。片手でナイフを二本取り出し、二本とも書記係の乗っている馬の腹に投げて突き刺した。驚いた馬が制御を失い、あらぬ方へ駆けていく。

 その間もアンリの剣を片腕でいなし続けている。アンリの動きは素早く、鍛え上げられているだけあった。月明かりの下で、だが、隙が作れないわけではなかった。どう切っ先を向ければよいのか本能で分かる。

 下から撥ね上げるようにして剣を振るった。右手の指三本を切り飛ばし、同時にアンリの剣が地に落ちた。


 激しい憎しみを込めた目で彼はルキシスを見た。そんな目は見慣れている。何も感じない。

 愛剣を振り上げる。無駄とは分かっていても、これも本能か。アンリが両腕を掲げて頸部を庇った。だがその時にはルキシスも既に刃を振り下ろし始めている。

 しかし彼の腕に刃をめり込ませた時点で、騎兵たちの先頭集団がすぐそばまで迫っていた。やむを得ず馬を引く。間に合わなかった。けれどここで引かなければ囲まれる。


「伏せろ!」


 馬を引くのと同時に声が飛んできた。反射的に馬の首にしがみつくようにして身を伏せると、さっきまでルキシスの頭があったところを何かが切り裂いて飛んでいった。小振りの剣だ。アンリには当たらなかったが押し寄せて来る騎兵のひとりに直撃し、運の悪い犠牲者はどうと音を立てて馬から落ちた。

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