9.傭兵団の襲来(2)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話くらい更新します。
果たして、退去金は大部分を横領されていた。残ったのは雀の涙ほどの小金程度だった。この程度の小金では交渉のしようもない。
ブリャックが雇ったという傭兵団については結局、ニドが吐いた。ブリャックは哄笑を響かせるばかりで受け答えには応じず、狂気を装っているのか、実際に狂気に侵されかけているのかは判然としなかった。拷問の後、とりあえずふたりは拘束の上で地下室に閉じ込めてある。
ニドが言うには、雇ったのは聖金鹿団。契約金額はヴィング金貨で三百枚。前金として半額を支払い済み。契約の内容はこの村と屋敷の制圧。ただし女相続人は殺さない。女相続人と雇用主の正式な婚姻をもって残る半額を支払う――ということで、つまりは村や屋敷の破壊、略奪を目の当たりにさせて、それを止めさせたければとユシュリーへ、ブリャックとの婚姻に同意させるつもりだったようだ。
聖金鹿団という名前を聞いて、思わず天を仰いだ。どういう傭兵団か、ルキシスもギルウィルドもよく知っていた。「聖」とか「金の鹿」とか、そういった言葉から想起される騎士像と真逆の存在を思い浮かべれば大体合っている。
団長は実際、どこかの騎士くずれだったはずだ。蛭のような男だ。一度かかわりを持てば徹底的に骨の髄までしゃぶられる。聖金鹿団に利用され、金を搾り取られ、最後には破滅させられた貴族たちの噂だって絶えない。ブリャックやニドの手に負える相手とは到底思えなかった。
ここで契約通り聖金鹿団が仕事を果たし、ブリャックがユシュリーと結婚して正式なヴィユ=ジャデム家の当主となったところで、今度はそれを材料に脅され、いつまでも金をせびられ続けることになるだろう。ヴィユ=ジャデム家だけでなくエメ家も食い物にされるはずだ。最終的にはヴィング金貨三百枚どころか、その何倍もの金をむしり取られることになる。そしてジャデム本家が事態を把握し、対処にあたろうとした時には彼らはもう姿を消している。自分たちが敵わない相手に対しては、聖金鹿団は徹底的に抗争を避けている。散々食い荒らして退きどころはあやまたない。傭兵団としては理想的な狡猾さといえるかもしれない。
「きみ、アンリと友達だったりする?」
篝火に横顔を照らされたギルウィルドが言った。
場所は屋敷の正門前だった。ユシュリーと、ルキシスとギルウィルドと、成り行き上の連絡役としてファブロの四人がそこにいた。
結局、肌着と中着はダーリヤのものを借りた。だが胴衣は辞退し、元々持っていた男物の穿袴に革の長靴を履き込んで最低限の動きやすさを確保している。
屋敷を中心に、村は大鍋を引っ繰り返したような大騒ぎとなっていた。聖金鹿団が到着するまではあと四半刻もないだろう。村中に火が焚かれ、男たちの怒号や女たちの泣き声が響き渡っている。
ユシュリーは緊張した面持ちで黙り込んでいた。ファブロもそうだ。ルキシスとギルウィルドのふたりが実は傭兵なのだと明かしたのは――ギルウィルドは神官との二足の草鞋だが――つい先ほどのことだった。そう明かした時、ふたりの顔には束の間希望の光が瞬いた。しかしその後の傭兵たちの会話から、自分たちが極めて不利な状況に置かれていることに変わりはないという現実は、痛いほどに理解したようだった。
「だれ?」
「聖金鹿団の団長だけど」
そんな名前だったか。
「顔は知っている。一緒に戦ったことも……、でも、それだけだ。おまえこそそのアンリと知己か?」
「きみと同じ。一緒に戦ったことがあるってだけ。今回みんなヴェーヌ伯側だし」
もちろん、そのご縁で何とか、というわけにはいかない。せめて交渉の場に引きずり出さなければ話は進まないが、現状のままでは聖金鹿団としては交渉の席に着くだけの利益が全くない。となれば彼らは当初の契約通り、村や屋敷を襲うだけのことだ。
「わたしはああいう手合いは苦手だ。話して何とかなる相手じゃないだろ」
そもそも話すより殴ったり殺したりする方が得意である。
「一対一なら殴れるけど二対百はなあ」
思えばギルウィルドは手負いだし、ルキシスも本調子ではない。本調子であっても二対百では勝ち目はないが。
「聖金鹿団は自分たちより強い相手とは戦わない。わたしたちは聖金鹿団より強く、金を持っているように見せかけられるだろうか」
「無理だな」
一言の元にギルウィルドは切り捨てた。実際、そのとおりなのでルキシスも異存はなかった。
ブリャックたちが退去金を横領してヴィング金貨三百枚という金額を提示した以上、こちらの底も既に計られているはずだ。聖金鹿団に寝返りを打診したところで、足元を見られて今度はこちらが食い物にされるだけ。
「なら仕方ないな」
殺すしかない。団長のアンリを。
そうすれば隙を作ることができる。アンリは強い求心力を発しているが、それは金の力でだ。個人として崇拝されているわけではないから、団の中心であるアンリを失えば聖金鹿団はおのずと崩壊する。つまり、アンリの敵討ちをしようと気炎を上げるよりも、アンリの後釜を狙って内部分裂が発生するはずだ。その混乱に乗じて、ユシュリーと、一人でも多くの村人たちを逃す。もっと時間と人手があれば内部分裂を誘発するような不和の種も仕込むことができただろうが、今となっては無為な話である。
「わたしがやる」
「きみが交渉の表に?」
「おまえはユシュリーを連れて逃げろ」
ジャデム本家のある北に向かって。だが聖金鹿団はその北側からやって来ているから、上手く南側から迂回して連中をやり過ごさなければならない。これだって危険のある仕事だ。
「飲めない。きみはどうやって逃げるつもりだ」
「何とでもなる」
「ならない」
聖金鹿団は砲などは持っていないはずだが、歩兵も騎兵も弓兵もいる。何とかアンリの元に近付いて彼の命を奪うことができたとして――さて、その場からどう離脱するか。
「暗殺する」
暗殺という言葉にユシュリーとファブロは怯んだようだった。ギルウィルドが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「わたしの方が向いている」
暗殺者の剣。よくそう言われる。
幸い、今は夜だ。夜陰に乗じて木陰から忍び寄って、アンリの首を掻き切る。
「だとしてもきみは暗殺者としての仕事をしたことがあるわけじゃないだろ。傭兵の戦働きと刺客の仕事は違う。そんな上手くいくわけが――」
「昔、わたしのことを殺したい奴がたくさんいて、次から次へと刺客を送られたことがあった」
だからあいつらのやり方はよく知っている。真似をするだけだ。本当は就寝中とか、水浴び中とかが一番よいけれど、それは無理にしてもこの暗闇を味方にする。
そう説明したのに、ギルウィルドは顔をしかめたまま同意しない。何か言いたそうだった。まあ、この男の同意など必要ない。ただユシュリーに青鹿毛の駿馬を一頭用立ててもらいたい。そうすれば今すぐにでも出立できる。青鹿毛は茶色い部分の少しもない、本当に全身真っ黒な馬の毛色を指す。
そう考えているところに、広場の方から若者が駆け込んできた。




