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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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9.傭兵団の襲来(1)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

「規模は」


 口を挟んだのはギルウィルドだった。ファブロは戸惑ったようにギルウィルドを見たが、ユシュリーが「言って」と促したのでこくりと頷いた。


「暗くてしかとは。百名には及ばないといった程度かと」

「旗は? どんな旗だった?」

「旗までは確認できておらず……」


 百名弱。当然、この村にも屋敷にも迎え撃つような兵力はない。退去金の蓄えがあると言っていたから、今回もそれで何とかこの村を素通りしてもらうしかないだろう。

 その交渉を、今まではユシュリーの母が行っていたという。だが今はユシュリーがやらなければならない。

 だが少女が――ひとりで交渉の場に出ることなど無謀だ。

 予想外の声が上がったのはその時だった。声、というよりはそれははっきりと哄笑と呼べるものだった。床に蹲って背中を丸めていたブリャックが突然上体を起こして笑いだしたのだ。

 気でもちがったか、とルキシスは思った。他の者たちも同じように感じたのではないか。


「おまえたちもおしまいだ!」


 ブリャックはどうやらそう声を張り上げたらしい。舌を怪我しているせいか発音は不明瞭でやはり聞き取りづらい。


「死なばもろともってか、おい」


 ギルウィルドがつかつかと近付き、ブリャックの前に立った。

 ブリャックは――ぎらぎらと光る目を、真っ直ぐギルウィルドに向けていた。これまでとはまるで違う、どういうわけでか、何かに対して自信を持った、堂々とした目付きだった。


「おまえらが悪い! 馬鹿な小娘がいつまでも意地を張って――」


 ギルウィルドの爪先がブリャックのみぞおちにめり込んだ。ぐうっと何かが潰れるような声を漏らし、ブリャックは血と胃液を撒き散らしながらまた身を折った。

 だがそうしながら、彼はめげずにまだ笑おうとしている。

 異常な執念だった。本当の狂気が彼に宿ったのだろうか。


「――っ、は、ははっ、傭兵団が着いたらおまえらなんてひとたまりもねえ。向こうは玄人だ、予想よりずっと早い。あっという間に全員あの世行きだ」

「おまえもな」

「おれはちがう」


 床に突っ伏したまま顔だけを上向け、ぎょろりとした目でブリャックはギルウィルドを睨みつけた。


「おれの傭兵団だ」


 両手を床につき、ブリャックはからだを起こそうとしている。ぐらぐらと揺れて頼りなく、不規則な動きは不穏だった。その影から、異形の何かを生み出そうとするかのようで悪魔的だった。


「――おれが雇った」

「一農民が雇えるほど傭兵団は安くねえよ」


(退去金)


 ぼんやりとしていた思考の一部が急に明晰さを取り戻した。気が付けば寝台から降り、両足で絨毯を踏みしめていた。


「リリ?」

「ユシュリー、退去金はどうやって保管している。すぐに確認しろ」


 退去金という言葉を聞いてギルウィルドも顔色を変えた。退去金は、狂暴な兵団に差し出すことで略奪を免れるためのものだ。当然、それなりのまとまった金額が必要となる。場合によっては傭兵団のひとつくらい、雇い抱えることもできるほどに――。

 ユシュリーも蒼白になっていた。一度は震えの止まっていたからだがまた小刻みに震えだしているのが分かった。

 ギルウィルドがブリャックの胸倉を掴んでその肉体を持ち上げる。ブリャックはその間も耳障りな笑い声を上げ続けている。


「吐かせる。ユシュリー、拷問の許可を」


 拷問という言葉を聞いて傭兵たち以外の全員が凍り付いたように動きを止めた。

 ギルウィルドの言葉は今までのようにちょっと痛めつけるというのとは違う、本格的な拷問を行うという宣言だ。ギルウィルドにせよルキシスにせよ、専門の道具がなくてもある程度のことならばできる。

 しかし。


「吐かせてる時間はないだろ。それより」


 ――ユシュリーを逃がした方がいい。そう言いかけてやめた。ユシュリーひとりを逃すことはできなくもないが、ここにいるダーリヤやファブロやその家族、村の人間たち全員を避難させることは極めて難しい。


「きみならどう攻める」

「屋敷を囲んでいる木柵を焼く。それから屋敷に火矢をかけて蒸し焼きにする。村の破壊は後からだな」

「同感」


 水堀こそあれど、その向こう側からいくらでも矢の飛んできそうなささやかな造りである。


「百人か……、ふたりでやれるか?」

「無理でしょ、さすがに」

「傭兵団を交渉の場に引きずり出すにはどうすれば」

「だから少しでも情報を吐かせておきたい」


 契約したのはどこの団か。契約金額はいくらか。成功条件は何か。


「傭兵団が村に着くまであとどれくらいの猶予が?」


 ファブロに向かって問いかけた。彼はルキシスのただごとでない姿からは慎重に視線を外し、半刻ほどかと、と答えた。


「この村の戦力は」


 訊くまでもなかったが、一応訊いておいた。成人男子が数十名程度、武器は農具とナイフくらいだろう。ファブロの返答は実際、その想定と殆ど相違なかった。


「ブリャックとニドをどうするかはお兄さんとお姉さんにお任せします」


 ユシュリーが青ざめた顔のまま口を開いた。


「ただ、命だけは残しておいてください。交渉材料になるかもしれませんので」


 少女の口から交渉材料という言葉が出てきたのでルキシスは少し驚いた。だがその驚きを面に出すことはしない。ギルウィルドも同じような態度で静かに承知したとだけ答えた。

 交渉を武器にしろ、とは言った。その時はその機会がこんなにも早く来るとは思っていなかったが。


「わたしはまずは退去金を確認してきます。ファブロ、村の青年団は今は?」

「武器を持ち寄って村の出口を固めていますが……」

「女と子どもと老人は一か所に集まるようにして。でも、どこに――」

「村の集会場はこの屋敷なんだろうが、狙われやすい。それよりはいつでも南側の森に逃げ込みやすい場所の方がまだマシかと」


 それでも全員が無傷で逃げきることは難しいだろう。分かった上での最善策と思って口を挟む。

 ファブロが何軒かの家の名前を挙げた。村の南寄りの並びの家々だろうか。ユシュリーは頷き、ひとまずそこへ避難するようにと指示した。


「お客人」


 いつの間にかダーリヤがすぐそばに立っていた。


「せめてこれをお召しに」


 差し出されたのは女物の装束一式だった。真新しいものではないが清潔そうに見えた。もしかしたら彼女の私物ではないのか。


「その、いつまでもその恰好ではあまりに」


 随分後になってからギルウィルドに聞いた。ブリャックとニドの様子がおかしい、部屋に姿も見えないとギルウィルドに知らせたのはダーリヤだということだった。

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