8.わたしをわたし以外の誰にも自由にさせない(2)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話くらい更新します。
この話には性犯罪に関する描写や暴力的な描写がありますので苦手な方は閲覧しないようご注意ください。
「どうした。今の音は」
ギルウィルドの声だった。
それにはとりあわず、ルキシスは愛用の両刃剣を取りに戻った。それも寝台の中に隠してある。鞘から引き抜くと、暗闇の中にその白い刃の美しさが光り輝くようだった。
ニドは床に倒れ込んだまま動かない。あいつの処理は後でいい。
「リリ!」
外からの声に焦りが滲む。どうも、閂が差されているらしい。暗くて分からなかったが、この兄弟たちにもその程度の知恵はあったようだ。
「ブリャック」
またも彼の髪を掴んでむりやり顔を上げさせる。泣いているのだろうか。暗いので分からないし、見たくもないが。
「抜いてやろう」
彼の片手を床に縫い止めている小剣を、左右に揺り動かしながらゆっくり、時間をかけて引き抜いてやった。剣を動かすたび、彼の喉からはぎ、ぎ、と奇妙な呻き声が上がった。
口元に笑みが浮かんでいるのが自分自身で分かった。
扉を叩く音は激しくなる一方だ。と、そう思った矢先、不意に止まった。一瞬の後、激しい破砕音と共に木片が飛び散り、外から眩い光が飛び込んできた。
思わず目が眩む。
廊下にはヴィユ=ジャデム家の豊かな財産を示す真昼のような明かりが今もふんだんに灯されていて、ただこの部屋だけが暗闇の中に沈んでいた。
「リリ――」
長剣を抜いたギルウィルドの姿が見えた。扉が開かないと見て、閂もろとも扉を破壊することにしたらしい。そうは言っても分厚い木の扉の全てが木端微塵に粉砕されたわけではなく、大きな穴が一部に開いているだけだ。そこから腕を差し込んで閂を取り除くと、厳重に閉ざされていた扉は音も立てず滑らかに開放された。
「……殺すな」
ギルウィルドが室内を確かめながら足を踏み入れて来る。彼の肩越しにダーリヤの姿も見えたが、彼女はおののいたように口元を両手で覆い、近付いては来なかった。
「おまえにどうこう言われる筋合いはない」
「今殺せばエメ家との戦争になる」
急に頭がくらくらとした。毒が効力を取り戻し始めたのだろうか。
「……リリ」
剣を鞘に納め、代わりというわけではないのだろうが、室内に置かれた肩掛けを取ってギルウィルドはそれをルキシスに差し出した。
肌着姿で、しかもそれも引きちぎられて殆ど上半身は丸出しだった。下穿きは半分脱げて片足に絡みついている。別に誰に裸を見られても何とも思わない。受け取らないでいるとギルウィルドは肩掛けを広げ、それをルキシスの頭の上から雑に被せた。少し離れた位置からそうしたのは、それ以上近付けば剣の切っ先が自分に向くと分かっていたからだろう。
「エメ家と戦争をするなら、きみがそのきっかけになるな」
ギルウィルドは次にユシュリーの元に歩み寄り、膝を折って彼女と視線を合わせた。
「立てる?」
ユシュリーは無言で頷き、ギルウィルドの手につかまりながら立ち上がる。
「リリ、きみが決めちゃだめだ。ユシュリーに決めさせろ」
「それは――」
確かにそうだ。
ルキシスは小さく息を吐いた。
目の前全てを飲み込む怒りも、全身を支配する冷ややかな激情も、どうしてか鈍化していくのが分かった。
まだ何も解決していない。与えられた暴虐に対しての報復など、一片も果たせていない。それなのに。
「いいだろう」
剣を鞘に戻す。肩掛けを頭から滑らせ、上半身を隠すようにする。それからふと思い出して脱げかけている下穿きを引き上げた。急に情けなくなってきた。自分としたことがこんな醜態をさらすなんて。避けられたはずだ。こんなことは。たとえばもっと早くブリャックたちを殺しておけば。
「ユシュリー、おまえが決めろ。わたしならこの連中を殺すことができる。苦しめて殺すことも、これ以上苦しめないで殺すことも、どちらでも。こいつらの首を取ってエメ家に送ったらどうだ?」
ユシュリーは唇をわななかせ、一瞬俯いた。だがすぐに顔を上げ、覚悟を決めたように「お姉さん」とか細い声を上げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、うちの親族たちがお姉さんに取り返しのつかないことを」
「別に」
未遂だし。
こんなことは初めてでもないし。
でも何度目だって、いつだって、殺してやる。そう思う。
急に疲れが全身をおかした。いや、やはり毒のせいか。足がひどく重く、立っているだけなのにもつれるような感覚がある。
乱れた寝台の上に転がるようにして座った。また眠ってしまいそうだった。
「お姉さん」
ユシュリーがルキシスのそばに駆け寄ってきた。
思考がまとまらない。何も考えられない。
「……あなた方は何ともないの?」
頭が痛い。片手をこめかみに当てる。
「リリ、どうした」
「あまり、こういうことに明るくはなくて」
ユシュリーが気遣わしげに顔を覗き込んでくる。ギルウィルドは少し距離を取って立っている。いつでもブリャックを殺せる位置ではある。
「なに? きみ、どうした?」
「毒……には、通じておりませんで。浅学でございますから。でも、たぶん、そう――」
「毒?」
ギルウィルドが近付いてきた。
「眼球を見たいんだけど、触っても?」
「は?」
はい、と言ったつもりではなかったのだが、もしかしたらそう聞こえたのだろうか。
顔を上向けられ、思いきり上下の瞼を引っ張られて眼球がひんやりした。同時にギルウィルドの薄青い目がすぐそばまで近付いた。垂れた彼の前髪がルキシスの額にかかりそうだった。
何をするのかと刃物を振り回さなかったあたり、やはり毒におかされているのだろう。思考も肉体もうすらぼんやりとしている。
「いつもより眩しいよね? 視界は良好? 目が霞んでない?」
ほどなく解放され、ギルウィルドは寝台の前から離れながら矢継ぎ早にそう問うた。
「まぶ……眩しいかもしれませんわ」
確かに、言われてみれば。廊下からの光だけなのに目が眩みそうなのは、目が暗闇に慣れていたからだと思っていたが、もしかしたらこれも毒の影響か。
「ダーリヤ、白湯をたくさん持ってきてくれるかな?」
ギルウィルドが廊下に向かって声を掛ける。ダーリヤは頷いたようだ。小走りに駆けていく。
「目は見えていて……霞んではおりません。けれど、眩しくていつもより見えづらいようにも……。それに頭が痛くて、怠いような気がして、とても眠たくて」
舌は重たく、かろうじて紡いだ言葉が果たして用をなしているか自分でもよく分かっていなかった。何か考えようとすると、その思考が結ばれるよりも先に霧散してしまう。
「寝るなよ。ユシュリー、リリが寝そうになったら叩いてでも起こしてやって」
「眼球を抉り出されるかと……」
瞼を引っ張られる感覚が今もまだ残っている。
「きみじゃあるまいしおれはそんなことしない。馬鹿なこと言ってないで」
ああ、とギルウィルドはそこで一旦言葉を切った。
「もちろん、やるだけの理由があればやるけどね」
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