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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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8.わたしをわたし以外の誰にも自由にさせない(1)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。


この話には性犯罪に関する描写や暴力的な描写がありますので苦手な方は閲覧しないようご注意ください。

 お姉さん、わたし本当は起きていたの。

 ええ? うるさくしすぎたな。悪かった。いつから?

 ブリャックがごめんなさい。お姉さんに変なことをしたって。

 ああいや、気にしなくていい。

 それからダーリヤのことも、お兄さんが助けてくれたって。

 あいつはあいつの目的のために利用しただけだから感謝する必要はない。

 そうかな。でも、やっぱりありがとうって言わなくちゃ。わたしはこの家の主人なんだから使用人のことには責任を持たないと――。


 そんなようなことを話しているうちに眠ってしまったのをぼんやりと覚えている。

 でも、いつ眠ってしまったのか。

 晩餐が中止となって、起きてきたユシュリーと彼女の私室で食事をとった。ギルウィルドは告発状の下書きを作るといって既に自室へ引き上げていた。それで食事の後、ユシュリーは――どうしていたか。思い出せない。


 肌をまさぐる感触で一気に意識が浮上した。

 誰かがからだの上に覆いかぶさっている。

 誰かを確かめる必要もない。枕の下に隠した小剣を探る。

 だが――腕が上手く動かなかった。普段ならば剣を抜いて突きつけるまで一秒もかからない。それなのに今は指先がかすかに動いただけだ。


(毒か)


 からだの末端にびりびりとした感覚がある。抜かった。


「起きたか」


 周囲は暗かった。扉の隙間から廊下の明かりが差し込んでいる他は、光といえるようなものは何もなかった。いつもならば常夜灯として、壁の燭台に明かりが灯っているはずなのに。

 だが声の主は明かりなどなくても明らかだった。


(――ブリャック)


 昼間、殴られ足りなかったらしい。

 だが何か言うよりも早く、彼の分厚い掌で口元を覆われそのまま頭を枕に押し付けられた。


「大人しくしていれば可愛がってやる」


 肌着の中に男のもう一方の手が入り込んでくる。胸の膨らみを鷲摑みにする。握りつぶされるような痛みが走った。それから目の前が真っ赤になるような怒りも。


(ユシュリー)


 ここはやはりユシュリーの私室だった。同じベッドの傍らで彼女が眠っているはずだった。

 むりやり首を傾けて少女の姿を探す。


「おねえさ……」


 掠れた声が絞りだされたが、それはルキシスが探した方向からではなかった。むしろ反対側、窓辺の方だ。


「安心しろユシュリー。『お姉さん』が終わったらおまえの番だ」


 ユシュリーは寝台から引きずり降ろされ、窓辺近くで羽交い絞めにして立たされていた。彼女を捕えていたのはニドだ。影の形でそれが分かる。暗闇の中でも彼と目が合った。そうと分かって、ニドが俯くのが分かった。

 ――わたしは兄には逆らえない。

 この馬鹿。こんな兄の何がこわいのか。ユシュリーを連れて逃げろと言い出すだけの良心があったくせに。

 何故負けた。何故抗えなかった。

 心から残念だ。おまえも殺さなければならない。


「ふたりともまとめてたっぷり可愛がってやる」


 男の生臭い体臭が強くなる。


 ブリャックが肌着を無理に引っ張って引き裂いた。素肌が室内の空気に晒されひんやりとする。胸元をまさぐっていた手が腹部から腰をたどり、下穿きをずらして大腿を抱え上げようとする。

 小さく息を吸い込んだ。

 もう大丈夫。動ける。

 目の前が焼けるような怒りは今も滾っている。だが同時に、何か冷ややかな感情が腹の奥から生まれ、それが血を伝って全身に広がるのも分かった。


(殺す)


 興奮に荒ぶった男の吐息。肌の上を舐めまわす舌。足を広げさせようとする手。


 ――服を脱げ。

 ――跪け。

 ――口を開けろ。


 部屋の窓が開いていて。時刻は夕方。外からは夕陽と共に心地よい風が吹き込んできていた。


(何が起こっているの)

(どうして)

(誰か助けて)

(若様はわたくしがこうなることを知っていたの)


 あの時初めて知った。どうすれば人を殺せるか。その怒りが、天性の技術が、今も自分を生かしている。

 ブリャックがからだを寄せる。束の間、ルキシスを押さえつける手が緩んだ。全身の筋肉に命令する。ブリャックの頭めがけ、思いきり額を打ち付けた。


「ぐっ――」


 呻き声を上げ、ブリャックが上体をのけぞらせた。すかさず枕の下から小剣を抜き、彼の顔面に向かって繰り出した。不思議なくらい、からだは軽快に動いた。怒りが毒を凌駕している。意志がからだを突き動かしている。


「簡単に殺しはしない」


 舌が少しもつれた。だが声も戻ってきた。

 この一撃でブリャックは左耳を失った。彼はくぐもった声を上げ、両手で顔の左側を押さえ、ベッドの上に蹲る。その髪を掴んで顔を上げさせ、眼球に剣先を突き付ける。


「次は左目がいいか?」


 ブリャックは瞬きもせずただ呻き声だけを上げ続けている。


「兄さん!」

「左目は嫌か。じゃ、肩あたりにしておくとしよう」


 顔の上に剣先を滑らせ、そのまま肩口に突き刺す。それを引き抜くと血飛沫が噴き上がった。

 ブリャックのからだが跳ね上がり、彼はそのまま転げるように床へと落ちていった。

 たかだか左の耳介を失って、ちょっと肩を刺されたくらいで大袈裟な。

 ニドがユシュリーを放り出して駆けよってくる。だがルキシスが寝台を下りながら刃を向けるとそこで足を止めた。


「次はおまえの番だ」

「ま、待て。話を」

「話?」


 足元に蹲っているブリャックのからだを蹴飛ばす。彼はごろりと半回転しかけ、それから元の姿勢に戻った。間の抜けた時間だった。


「人語を解するとも思えないこの獣とその弟と、何の話をしろと?」

「金なら払う。だから」

「ふうん」


 蹲っているからだを再び蹴りつけると、ブリャックは均衡を失ってそのまま顔面から床に突っ伏すようにして倒れた。彼は片手をついて体を起こそうとしたが、そうするよりも先にその手の甲に小剣を突き刺してやる。


「がああああああああっ!」


 獣じみた咆哮がブリャックの喉から迸った。剣の柄を踏みつけて体重を掛けながら、ルキシスはニドに視線を向けた。


「それ以上何か言おうとするな。言わないなら楽に死なせてやる」

「……お姉さん――」


 ユシュリーはいつの間にか床にへたり込んでいた。

 一瞬、冷静さが立ち戻りそうになった。

 それは素人目にも分かる隙だったのだろう。ニドが距離を詰めて飛び掛かってきた。もちろん、素人の、それもうらなりのような男のやったことだ。足蹴の一撃で撃退できたが思ったよりもよく飛んで、彼のからだは左側の棚に激突し、棚に飾られていた装飾品が崩れて大きな音が立った。

 扉が激しく叩かれたのはそれと殆ど同時だった。

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