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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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7.秘密(6)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

「しかし神殿がこんな間諜のような情報を回してくるのか」


 教区の大神殿と貴族というものは当然結びついている。ずぶずぶのずぶずぶだ。それにしたって随分とジャデム家の情報に詳しいのではないか。


「だから世俗の王も神殿を無視できない」


 神殿は大陸中、数えきれないほどの数がある。つまり神殿の連絡網は大陸全土に及んでいるということか。そのあちらこちらでこんなふうに情報がやりとりされていると思うと妙な気分だった。同じ神官同士という気安さでこんなにも簡単に情報を漏らすのだろうか。


「神殿が間諜の役割を果たすなんて昔からよくあることだよ。神官なんか信用するな」


 自分も神官のくせに。破戒僧だが。


「いつこんなことを?」

「ここに来た次の日にダーリヤに頼んだ」


 厳密には彼女の弟に、とのことだった。


「お父さんがいなくて、お母さんが病気で、なのに弟は働きもせず酒を飲んで暴れるばっかりで……って話でさ」


 おれさあ、酒飲んで暴れる奴って殺したいくらい嫌いなんだよね。

 何気ないようにギルウィルドは言ったつもりかもしれない。だが明らかに彼らしくない物言いと口調だった。いや、だからこそ本音ということか。

 そういえば、この男が飲酒しているところをあまり見たことがない。食事の席で少し口にするくらいだ。


「でも疑うようで悪いが、彼女の話が真実だとは限らないんじゃないのか」


 この屋敷にやって来た当初、ダーリヤがずいぶんとユシュリーにきつく当たっているのを目にしていた。意地が悪いというのをとおりこしているように感じた。だからだろう、どうにも胡散臭く感じる。


「彼女の服の下には殴られたり物をぶつけられたりした内出血の痕がたくさんあった」


 そうだったのか。ルキシスは気が付かなかった。


「貧すれば鈍するって言うしね」

「何が言いたい?」

「家庭に問題を抱えている。彼女ひとりでは解決することができず、状況は良くならない。その鬱憤がどんどん重なる。そうなってくると万事につけて……、何て言うか、性格が悪くなる。わたしばっかりどうしてって、世の中全てが憎くなる。自分より幸せそうなひとが甘ったれているように見える」


 貧すれば鈍するというのとは少し違う気もしたが、理屈は似通っているかもしれない。


「その鬱憤をユシュリーにぶつけていたことを正当化するには弱い論拠だな」

「そうだろうなとは分かってたけど、やっぱり彼女、ユシュリーに意地悪してた?」

「意地が悪いどころではない」

「一面っていうのはあくまで一面に過ぎなくて、今まで意地悪だったからって彼女の過去、未来の全てまで意地悪ってわけじゃない」

「だから許してやれと?」

「神官としてはそう言わざるを得ない。でも個人としては別に許したくない奴は許さなくていいんじゃないのって思うけどね」


 いずれにせよユシュリーが決めることだ。この土地でこの先も生きていくのは彼女たちなのだから。

 それでその粗暴な弟をどう使った、と話の先を促す。


「弟くんの性根を叩き直すためにちょっとくらい痛めつけていいってことなんで、おれの頼みを真面目に聞いてくれた方がいいことがあるってからだでご理解いただいた後、少しお金を渡してお遣いに出したんだ。成功したら報酬上乗せってことにしておいたから、まあ何にせよ真面目にやってくれたらいいなって」


 そんなことまでしていたとは。確かにこの男と四六時中行動を共にしていたわけではないからその間に何をしていたとしても不思議はないのだが、それにしたって随分と暗躍していたものである。


「言ってくれればやったのに」


 弟を痛めつけたという件についてである。腹を刺された翌日の話だ。当然、本調子ではなかっただろう。


「きみにそんなことさせないよ」

「でも、ちょっと痛めつけられたくらいでその弟が改心するのか? おまえがくれてやった金を使い果たしたらまた暴れだすんじゃ」

「そういう気を起こさない程度に痛い思いをしてもらったけど、もしそうなったら神殿に助けを求めるよう彼女には言ってある」

「神官は信用できないんじゃないのか?」

「告発状を作る」


 そこでギルウィルドが持っていた布袋を掲げてルキシスに示した。


「それは?」

「これもお遣いの一環で頼んでたんだけど。神殿の正式文書を作るための専用の羊皮紙を分けてきてもらったんだ。告発文を書いておくから、いざとなったらそれを神殿に提出してもらう。神官が正式に作った告発状は公文書だから神殿は無視できない。まあ、あくまで建前上はね」


 細かいところまでよく気の回る男である。ルキシスは素直に感心した。


「普通は神官に告発状を作らせるには結構な額のお布施が必要だからさ。彼女には結構危ない橋を渡ってもらったと思ってるからせめてものお礼にね」


 布施の相場などルキシスは知らないが、恐らくごく普通の農民にはそうそう出せない金額なのだろう。


「というわけでおれは今晩告発状づくりを片付けちゃいたいんだけど、結構神経を使うんでひとりで集中してやりたい」

「分かった」


 この屋敷を去るつもりだったが、一旦その考えは取り下げておく。それによく考えたら、いくらギルウィルドとユシュリーの関係が改善しているとはいえ夜詰めまでは男にさせられない。それこそこちらの方が告発されそうだ。最初の晩以降ずっと、夜はルキシスが彼女のそばにいるようにしていた。

 あと少しということなので、それまでは粘ってみるか。

 明日、ブリャックに頭を下げて――、想像するだけではらわたが煮えくり返りそうだったが、それでも「突然のことでびっくりしちゃってつい」とか何とか言ってごまかして、もう少しここに置いてもらう。いや、そんなことが自分にできるだろうか。あんな男に媚びを売るなんて。甚だ疑問である。


「やってやれないことはない」


 自らを鼓舞するため敢えて口にした。

 不思議そうな目でギルウィルドがこちらを見た。

 だが結論から言えば――ルキシスの覚悟は無用に終わった。

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