7.秘密(5)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話くらい更新します。
「……手紙は読まなくていいのか?」
話題を変えたくて、ダーリヤが持ってきた書簡のことを訊いた。手紙は薄茶色のざらざらとした状袋に入れられ、赤い蝋で封をされている。
「ああ」
ルキシスが話題を変えたがっていることに気付いているのだろうか。ギルウィルドは状袋を掲げ、目を細めた。
「さて、いい返事かどうか」
小刀で状袋の上部を切り、中から紙を取り出す。状袋にせよ中の書状にせよ、紙は貴重品だ。いったいどういう手紙なのか。
ギルウィルドはしばらく無言で書面に目を落とした後、それをルキシスに差し出した。
「なに?」
「まあ悪くない返事かな」
ひとまず書簡を受け取る。古クヴェリ語だ。何やら長ったらしい挨拶が書かれていてよく分からない。親愛なる兄弟へ。アトゥール会派がどうの、オフリド会派がどうの。宗教の話か。ルキシスは完全に門外漢だが。
「どの辺を読めばいい?」
「挨拶の次」
「挨拶が長すぎてどこまでが挨拶だか……」
文句を言いながら目を落としていく。
ジャデム家、という言葉が出てきたのでそこで初めて真面目に読む気になった。
――さて、貴殿のご要望については理解いたしました。しかしながら貴殿のご要望をジャデム家にお伝えするにあたり、愚僧といたしましては当家の事情を鑑みますに現在極めて難しい状況にあると判断せざるを得ません。当家では現在一族会議とも呼ぶべき伝統集会が開催されております。これは各地から一族の代表者が本家へ集合して行われる一大行事でありまして、定例的に行われるものではありません。つまりは一族の中に何らかの問題が生じた際、不定期に行われるものですが、そういった特性上、我々神殿側も非常に慎重な対応を要することを何卒ご賢察ください。つまりその開催中、いかに聖職者といえど他会派の者がジャデム家の専用礼拝神殿へ立ち入ることを許容するのは非常に難しい状況かと――。
「うん? なに?」
聖職者の文章だからか。それとも年配者の文章なのだろうか。文章自体は読むことができるが、意味が取りづらい。
「どういうことだ?」
「ジャデム家の家内の問題っていうのは、このヴィユ=ジャデム家のことだろ」
「そうなのか?」
「それ以外に一族会議を要するような揉めごとを起こしてたらそれこそジャデム家もおしまいだな」
もう少し読み進めることにする。
――このような状況ですから、貴殿のご要望をお伝えするのは一族会議が終わってからの方がよろしいものと愚考いたします。そう長くお待たせするものではないと確信しておりますが、今ひとたびの猶予を賜りたく。アトゥール会派への帰向を歓迎いたします――。
「……よく分からないが、改宗するのか?」
「しません。あと会派を変わるのは厳密には改宗とは言わないんだけど……、まあいいです。アトゥール会派って、他会派の人間が転向するのを帰向って表現するの初めて知ったよ」
「これは何の手紙だ?」
「つまり、ジャデム家の様子をちょっと探りたくて。でも自分で行ってくるにもおれは別にジャデム家に伝手があるわけじゃないから人に頼んだんだよ」
「分かるように説明を」
段々苛々してきた。それが伝わったのか、ギルウィルドは先ほどまで自分が座っていた椅子を指し示した。
「座ったら?」
「怪我人が座れば」
「じゃあ座るけど」
その言葉どおり、ルキシスから距離を取ってギルウィルドは窓際の椅子に楽な姿勢で腰掛ける。
「まあ裏技だよね。神殿を使うことにした」
「神殿を使う?」
「この辺はどうせアトゥール会派だろ。ヴィユ=ジャデム家も家の造りにアトゥール会派の蔓草のモチーフを取り入れているし」
そうだったのか。全然気が付かなかった。宗教については疎い。
「だからさ、ジャデム家の教区の大神殿に手紙を届けてもらった。オフリド会派からアトゥール会派への転向を考えて勉強のために地域のアトゥール会派の神殿を回っている。今度そちらにも行く。ジャデム家は一族専用の礼拝神殿を持っているはずだから参拝させてもらいたい。その仲介の労を取ってほしいって」
「転向するのか?」
「しないってば」
つまり嘘をついたわけか。罰当たりである。
「返事が来るかどうかは分からなかったけどね。いきなり他会派の得体の知れない神官がそんなことを言ってよこしたからって真面目に取り合わないといけない理由はないし、神殿って結構忙しいし。まあでも、一応籍を置いてる神殿は明かしてたから向こうが照会しようと思えばできるようにはしてたんだけどさ。それで無理なら無理で理由だけでも返してほしいって頼んでたからこういう返事が来たわけ」
なるほど。ギルウィルドからの嘘の要望を受け取った大神殿の神官はそれをまともに受け取り、アトゥール会派の布教の機会を逃すまいとジャデム家との仲介を請け負おうとした。しかし今はどうにも時機が悪い。それでこのような返事が届いたわけか。
「この手紙に書かれている一族会議がヴィユ=ジャデム家の問題を討議するためなら、つまり侍女頭は無事本家へ辿り着いて助けを求めることができたってことだな」
随分と時間がかかっているとは思っていたが、このような大々的な一族会議など行っているから時間も要するのだろう。そんな悠長な事態だろうかと呆れる思いもあるが、貴族など往々にしてこんなものかもしれない。
「そういうこと。それから『そう長く時間はかからない』って書いてあるから、多分何らかの結論は出ているか、少なくとも出かかってはいるんだろう」
待っていればそう遠くない未来にジャデム本家からの使いが戻って来る。
それがどのような結果をもたらすかは分からない。だが少なくともエメ家の介入を排除するくらいのことはできるだろう。そうなれば幼い少女が無残に蹂躙される姿を見なくて済む。ルキシスも後味の悪い思いをすることなく、この家を後にすることができる。その先はユシュリーとジャデム家の話だ。
それまでの我慢。
――あと少し。
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