7.秘密(4)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話くらい更新します。
「きみは女物の服を着るべきじゃなかった」
「またその話か。どうして」
「男装で通すべきだったんだ」」
「だからなんで」
「ブリャックがわりあい早い段階から、きみに不埒な感情を抱いていたのは明らかだった」
「あ?」
「怒るなって」
別に怒ってはいない。だがギルウィルドにはそうは見えないらしい。
「少なくともおれには分かったよ。ただ、きみがそれに気付いているかどうかはおれには分からなかった。ただいずれにせよ、ブリャックの思惑がどうであれ、きみはそのことを全く気にしていなかった」
「あいつらが狙っていたのはユシュリーだろ。ユシュリーのことは、わたしなりに気にかけてあいつらに接触させないようにしていたが」
「ユシュリーのことじゃなくてきみの話だ」
「癇に障る奴だとは思っていた」
「でもそれだけだったね。その理由をおれなりに推測すると、つまりきみは連中を侮っていた。いつでも殺せるから」
そう言われると、それは確かにそうなのだ。
「殺して片を付けることを否定しないよ。おれもきみもそれが稼業だ」
神官がそれを言うのはおかしな気がする。そう思ったのが伝わったのかもしれない。神官は開店休業中だから、とギルウィルドは言った。
「でも素人はさ、素人だけにめちゃくちゃでおれたちには想像もつかないことをしでかす時だってある」
油断は禁物ということだ。それもまた確かに正論か。
「――それで、それが服装の話とどうつながる」
「あんまりこういうこと、言うのはおれも嫌なんだけど」
自分から言い出しておきながら、ギルウィルドは気が進まない様子である。
「早く言え」
「あくまでこれは一般論なんだけど、男の恰好をした女より、女の恰好をした女に男は情欲を募らせるものでさ」
「――」
ルキシスの表情をどう解釈したのか、ギルウィルドは一歩距離を取った。
「――おまえも?」
「いや、一般論だってば」
「つまりおまえは、わたしが迂闊に女の恰好などしたからブリャックの劣情を煽った。わたしのせいと言いたいわけだ」
「それは違う」
「そう聞こえた」
「きみのせいだときみを責めたいわけじゃない」
その言葉は空々しく聞こえた。結局何だって、女のせいか。
おまえが美しいから。
おまえが抗わないから。
おまえが誘うような目で見た。
おまえが。おまえが。おまえが。
「神官様のご忠告は肝に銘じておきましょう」
「リリ」
誰にどんな目で見られたっていつだって殺せる。
それの何が悪い。悪いのは、弱いがゆえに奪われるままの存在だ。
「きみが悪いって言いたいわけじゃない。そうじゃなくて、たかだかこの程度のことでも、色欲を募らせて、不埒な真似に出る輩もいるってことを――」
「ご忠告、ありがたく」
「リリ」
「わたしは別に怒ってはいない。おまえがわたしに何かしたわけじゃないから」
彼の言うことは一般論でもあるし、ある種の正論でもある。それはルキシスとて認めてもいい。
「誤解だよ」
「誤解していない」
「……きみはいつだって、大抵の人間を殺せる。だけど危険なことがないってわけじゃないだろ。些細なことでも、何がきっかけで危ないことがあるか分からないから、その危険を――」
「はい、はい。ご高説賜りまして」
「リリ、真面目に聞いてくれよ」
「聞いています」
ギルウィルドは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「おれは神殿にいたこともあるし、そうじゃなくても、男のせいで不幸になる女のひとを見ることも多かった」
一体何を言いたいのだろう。これ以上会話を続ける意味などあるだろうか。いい加減嫌気も差してくる。
「きみのことだから心配はいらないとは思う。でもきみをここに留めたのはおれだし、そのせいできみがもしそういう目に遭ったらと思うとやりきれない。だから言っただけなんだ。きみが悪いとは思っていない」
そういえばユシュリーと初めて会った夜、「ああいうのは嫌だ」と言っていた。それがこの男の本心であろうことも察していた。
今こうしてくどいほどに言葉を尽くすのも、「そういうの」が「嫌」だからなのだろう。くわえて、別にルキシスが彼のことをどう受け止めようがどうでもよいだろうに、「そういうの」を「是」とする人間だとは思われたくないという思いもあるのかもしれない。
ギルウィルドの物言いにはどことなくそうした気配が滲んでいた。一体何を考えているのやら。
「ギルウィルド」
おまえの言いたいことは分かった、と静かに続ける。
ルキシスの気持ちが沈静化したのを察したのか、彼の方も幾分表情を和らげた。とはいえそれも一瞬のことだった。
「でもおまえ、わたしをヴェーヌ伯に売り飛ばそうとしただろうが」
「それは……ごめんって」
愛想笑いがギルウィルドの顔面を彩る。隠しきれないぎこちなさはうしろめたさに由来するものか。
「まあいい。傭兵は何に替えても金が一番。一にも二にも金金金。お前の目が眩むのも当然の大金だったもんなあ?」
「お、お金は大事だけど責任取るよ」
「おまえに何の責任が取れるって言うんだ」
ヴィング金貨百枚という大金が動く話を見過ごせないのは傭兵の性である。これほどの儲け話に飛びつかない方が不自然なので、そのこと自体に驚きはしない。
でもこの男の場合、再びヴェーヌ伯をぶちのめして有り金を奪って、褒賞金と合わせて山分けしようなどとろくでもないことを企むくらいだからある意味でもっとたちが悪いかもしれない。
(ずる賢いのも傭兵としては生き残るための術だ)
その点はルキシスにも理解できる。自分も同じだからだ。
結局のところ、最も優先されるのは自己の利益だ。誰も彼も。誰かを助けられるのは、それに反しない範囲においてのみ。
(それだって、助けなければならない理由はない)
弱い方が悪い。
だからユシュリーが凌辱され、財産を奪われたところでそれは彼女が悪いのだし、ルキシスが助けなかったとしても誰かにそれを咎められる謂れはない。
そう思っているのに、その一方で今もここにいる。目の前で行われようとするならやはり、見過ごすのは――自分がつらくなる。だからつい。
神官だからかどうか知らないが、目の前の男はやはり甘いと思う。そして結局、似たような甘さは自分にも流れている。
そのことを認めざるを得なかった。深い深いため息が、無意識のうちに口からもれていった。
「リリ、怒ってる?」
「自分自身に」
自分はこんなところにいるべきではない。それが分かっているのに長逗留になっている。
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