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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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7.秘密(2)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

「は……破戒僧」


 そうとしか言いようがなかった。


「誰にも言うなよ」


 窓辺に陣取って外を眺めながらギルウィルドが言った。

 ユシュリーの亡母の魂を天に送った後、三人は屋敷に戻って来ていた。ユシュリーは少し疲れたといって寝床に入って眠っている。彼女をひとりにしておくわけにもいかないので主人以外のふたりも彼女の部屋に残っていた。ギルウィルドは窓辺近くに椅子に勝手に腰掛けて、ルキシスは部屋の戸口を背に立っている。


「誰にも言ってないのか」

「言うわけないだろ」


 そう言った後で少しおいて、ギルウィルドは軽く吐息をついた。


「いや、戦場でさ、もう助からない奴で神官に送られたいっていうのがいれば送ってやったことはあるよ。だけど生きてる人間で知ってる同業者はきみだけだ」

「一応訊くが」

「なんだよ」

「本物?」


 ギルウィルドがカトラを投げてよこした。片手で受け止め、しげしげと見つめる。カトラの真贋を見極める知識はないので何とも言えないが、素人目に分かるような不審点はなさそうだった。

 投げて返すような罰当たりなことはさすがに憚られ、ルキシスはギルウィルドの元に歩み寄ってカトラを手渡した。

 彼はこちらを見ず、外に目を向けたままそれを受け取る。

 一体何を考えているのか、その横顔からは窺い知れなかった。

 神官の身分を明かしたことを後悔しているのだろうか。もちろん、ルキシスは知らなかった。たとえばトーギィや白蹄団の団長だって知らないだろう。あちこちの戦場で顔を合わせてきたとはいえ。


 しかしこれでこの男の不似合いにどこか品のある身のこなしの理由が分かった。貴公子然としていると評されることもあるが、それとは少し違った。神殿仕込みというわけだ。

 ついでに古クヴェリ語を話す時、どこか歌うように拍をとる節がある理由も分かった。神殿で唱えられる祝詞のようだとも思ったが「ようだ」も何もない。そのとおり、祝詞を上げて儀式を取り仕切る日々を送ってきた人間なのだ。

 もしかしたら神殿騎士団の出身なのかもしれない。彼の剣はルキシスのような我流とは違って、明らかに師について得たものだ。


「何故、さっきの彼女……オドリーが妊娠していると分かった? 知っていたのか?」


 まだ腹が目立つほどの時期ではなかった。衣服の上からではまるで分らなかった。


「いや。ただ、ああいうこと言うってことはそうなのかなって。結構神殿にはああいう女のひと来るからね。何となく」


 そういうものか、とひとまず納得しておく。神官ならば普通の人間が経験することのない特異な出来事を間近で見ることも多かっただろう。


「神官は妻帯……というか、女犯は」


 それももしかしたら神殿の定めではなく地域の風習だろうか。

 椅子の前に置かれた小卓に頬杖を突き、ギルウィルドはようやくルキシスを見た。


「だから属してた神殿は事実上、馘になっちゃって」


 地域の風習とやらではないらしい。

 呆れた。そう言いたいところだったがルキシスは黙っていた。

 こちらを見やるギルウィルドの両目にかすかに警戒の色があった。


「還俗しているのか?」


 少しためらいながらも訊ねる。


「ああ、それを心配してるわけ。いや、神殿に戻れないのは本当だけど神官の資格を剥奪されたわけじゃないから今も神官なのは本当だよ。もしさっきの儀式が正当か心配しているなら――」

「いや」


 神殿というのも男ばかりで血みどろの権力闘争を繰り広げる世界だと聞いている。陥れたり陥れられたり、買収したり買収されたり、毒殺したり撲殺したり。神殿を追い出されたのは、何かそういった抗争などが原因かもしれない。


「――心配しているなら、神殿に照会してもいいよ。でもオフリド会派にしてね」


 オフリド会派は北方諸王国を中心とした地域に特に栄えている宗派だ。このあたりではそこまで流行っているというわけではないが、れっきとした正統十七宗派のうちのひとつである。


「そんなことをするつもりはない」

「女犯なんてみんなやってるのにさ」


 何かをごまかすつもりで言ったのだろうか。その言葉は妙に浮き上がって聞こえた。

 そのとおり、神官の女犯などありふれた話だ。堂々と妾を囲う神職がどれだけいるか。この程度のことで神殿を追い出されることはまずあるまい。


「ギルウィルド」


 この男の身の上にも、都合にも、関心などない。どうだっていい。それをしつこく聞き出すつもりはなかった。

 でもひとつだけ訊いておきたいことがあった。


「なに」


 薄青い瞳が警戒を押し隠しながらルキシスを見つめる。


「何故わたしの前でその手札を切った」


 他の誰にも言っていないという。

 生きている者で知っている同業者はルキシスだけだと。

 つまりは、隠しておきたかったはずだ。その理由までは知らないが。いや、普通は隠しておきたいものか。わざわざ言う理由もあるまい。


「女相続人の信頼を得たかった」


 嘘だ。ユシュリーとの関係は既に改善していた。それに神官としての正義感からユシュリーの母を天に送ってやりたかったにしても、ルキシスに知られずユシュリーだけに身分を明かすこともできたはずだ。


「……おまえがそれでいいならいい」

「それでいいってなに」


 彼は口元にかすかな笑いを乗せた。


(嘘が下手だ)


 この男がこんなに嘘が下手だなんて知らなかった。ルキシスの方がよほど上手なくらいだ。


(――意志を持たないお人形)


 聞かれることを望んでいなかった言葉を聞いてしまったことへの贖罪。あるいは代償としてか。それで彼はわざわざ秘密をひとつ、ルキシスに差し出した。

 あまり人の心の機微に敏感な方ではないが、それでも分かった。果たしてこれが、対等な交換と言えるかどうかは定かでないが。


「誰にも言わない。約束しよう。だがもしわたしが戦場で死ぬことがあったら送ってくれ」

「リリ」

「陣営が同じだったらでいいから」

「いや」


 ギルウィルドの顔の上に薄く浮かんでいた笑いが引っ込んだ。


「そんなことはしたくない」

「そこは神官としては分かったって言うところじゃないのか」

「戦場を去るつもりはないのか」


 思わず唇を引き結ぶ。顎を上げ、座ったままのギルウィルドを睨みつける。彼は相変わらず笑っていない。初めて見る顔をしていた。


「――おまえ、殺されたいみたいだな」

「真剣な話をしている」

「わたしもだ」

「抜くな」


 ギルウィルドが素早く腰を上げ、ルキシスの腕を掴んだ。懐の短剣を取り出そうとしたからだ。


「きみは……偽悪的だ。つまり」

「神官様は偉そうに説教か。同じ穴の狢のくせに」

「そう。同じ穴の狢だ。だから同じ地獄に落としたくない」

「知ったような口を」

「きみの事情は知らない」


 そうだろうとも。誰にも言っていない。言う必要などない。この男のように簡単に手札を切ったりしない。なんて詰めの甘い男か。愚か者か。

 勝手に口元が笑いの形を作った。本当は高笑いでもしたい気分だった。


「戦場はおまえにとって地獄か」


 ギルウィルドの顔にそうと分からぬ程度の苦々しさが差す。そうか。そんなふうに思っていたのか。ルキシスは違う。

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