1.女傭兵、逐電す(2)
今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
「それでリリ、きみ、どうした?」
「ギルウィルド」
ルキシスが男の名を呼んだ。彼らもまた戦場で時折顔を合わせることのある旧知の間柄と言えるのだった。敵か味方かは時によりけりだったが。
「ギイでいいって言ってるのに」
知らぬ仲でないし、と男が言う。ルキシスの眦がますます吊り上がった。
「え、えええと」
ふたりの向かいに座すトーギィとしては生きた心地がしない。腕の立つ者同士、下手に衝突すれば周囲にどれだけ犠牲が出ることか。そうでなくとも仲間内での刃傷沙汰はご法度だ。せっかくの功労も帳消しになりかねない。
今回、ルキシスは一小隊を率いて危険な囮役をつとめたし、ギルウィルドは西門を落としたと聞いている。
「姐さんと兄さんは結構長いの?」
言ってから、変な言い方をしてしまったと猛烈に悔やまれた。これではまるで男女の関係か何かのようではないか。
当然、そうではない。ギルウィルドはともかくとして、ルキシスが必要以上に他者を身辺近く置くことはまずない。あれは男嫌いなのだと、あまり好意的でない気配を含んでしばしばそう噂されている。
ガッ、と音を立ててルキシスがナイフを長机に突き立てた。木製の天板が、まるで柔らかいバターのようだった。
「トーギィ」
ルキシスがトーギィを見つめた。唇が歪んでいるが、目元だけは噓の微笑みを浮かべている。要するに全く笑っていないということだが。
「おまえとの方が長いよ」
トーギィがまだ十にも満たない頃から、この女傭兵は有名だった。そう、随分小さい時に戦場で知り合ったから、いかに獰猛な女傭兵と言えどトーギィには手心を加えてくれている。だからこの距離を許されているとも言える。
「それとはせいぜい知り合って二、三年だ」
それ、というのはギルウィルドのことだ。
「おまえもそんなところだろ」
言われてみれば、トーギィがギルウィルドと知り合ったのもそれくらいの時期だった。これだけ腕の立つ同業者なのだからそれ以前から名前くらいは聞いていてもおかしくないのに、彼が名を上げたのは確かにここ数年といった印象だ。もちろん、トーギィがたまたま知らなかっただけかもしれないが――。
「兄さん、北の方の出だろ?」
「そうだね」
戦場にいるような連中は多かれ少なかれ何かしら事情を抱えていることが多い。それを詮索するのは暗黙のうちに掟破りとされていた。だから今もそう探るようなつもりで言ったわけではなかった。ただ、だから名前を聞かなかっただけかもしれないと軽い気持ちで口にしただけだった。白蹄団は大陸の中部から南部辺りにかけて活動することが多い。
ギルウィルドは典型的な北国の出身といった容貌だ。銀にも近いような淡い金髪、湖水のような色の薄い水色の両眼、肌の色も日に焼けたところで南国の男のそれにはなりえない。ついでに、人好きがする――というよりは女性陣に人気の出やすい類の艶っぽさのようなものも、この男にはあった。白蹄団に所属する娼婦たちが何人も、きゃあきゃあ言っているのを見たことがある。ギイさんって王子さまみたいよねえ、あたしならお金いらないわ、とまで言っている娘もいた。トーギィは王子さまを見たことがないのでよく分からなかったが、要するに優男ということだろうか。確かに顔立ちは派手やかで端正で人目を引いた。大勢の中にいてもすぐに見つけ出すことができる。それに身のこなしがしなやかで、しぐさなどもどことなく品が良いというのは何となく感じていた。団長は、ああいう男は絶対にやめておけと娼婦たちに注意していたが。あちこちに馴染みのご婦人がいて、寝床には困っていないとか何とか。つい、羨ましいなあなどと漏らしたこともあったが、たまたまそれを聞いていたルキシスに真顔で「ああいう男になったらおしまいだぞ」と言われてしまった。
「北の男というのはもっと熊みたいななりかと思っていたが」
刺々しくルキシスが口を挟む。確かに北国の人間に対してはそうした典型的な印象を抱く者は少なくない。
「聞いてくれよ」
ギルウィルドが少し身を乗り出すようにする。
「家が貧乏でさ、食べるものがなくていつも腹を空かしてて」
「はあ」
「だから熊みたいに大きくなれなかった」
「はあ」
確かに彼は熊のような大男ではない。中肉中背といったところか。戦場では筋骨隆々たる大男も多いから、そういう連中と比べればいくらか小柄な方かもしれない。
「兄さん、熊みたいに大きくなりたかったの?」
「トーギィ、おまえ、年はいくつだ?」
「十五」
「そうか。おれはおまえの年の頃にはおまえよりずっとちびだったよ」
「えっ」
思わず身を乗り出す。実のところトーギィは、同じ年頃の少年たちの中でもかなり小柄な方だった。なかなか身長が伸びず、手足に筋肉もつかず、小さい時分から戦場で生きてきたので目端は利くが、どうにも非力な一面は拭えない。
「兄さん、でも今はちびってほどじゃないでしょ」
熊のような大男ではないにせよ。
しかしこの傭兵は普段長剣を使うことが多いが、以前に何度か、身の丈ほどの戦斧や大槍を平然と振り回しているところを見たことがあった。特に戦斧は北国が本場だから元々こちらの方が得意なのかもしれない。トーギィには到底無理な真似だ。でももしかしたら、いつかは同じことができるようになる――かも?
「十六、七くらいで急に背が伸びた」
「おれも来年になったら背が伸びるかな」
何か秘訣はと更に問うと、ギルウィルドは首をひねった。
「あまり食べていなかったし」
飢えることの多い人生だったようだ。
「本ばかり読んでたけど」
本? 傭兵が? 全く似合わない。彼が字を読めることは知っていたけれど。
「兄さんって」
何者、とつい興味本位の言葉が飛び出しかける。だがその直前で、ルキシスがいかにも嫌そうな顔でギルウィルドに向かって「おまえ」と言ったので慌てて口をつぐんだ。
「なに?」
「勘違いかもしれないが、あー……」
珍しく、女傭兵は口ごもった。口ごもるくらいなら初めから言わないというか、そもそも口数の多くない彼女にしては珍しいことだった。
「なに? なに?」
ギルウィルドもいかにも物珍しそうな顔で彼女を見ている。
「おまえ、まだ背が伸び続けていないか? 去年より、なんか、こう」
「……リリ、よく見てるね」
「その年で?」
得も言われぬ顔を、ルキシスはした。怪訝というか、うへえというか、とどのつまり得も言われぬ顔だった。
「その年って、成長はひとそれぞれだろ。それとリリ、多分おれはきみが思ってるより若いんじゃないかと思うんだけどね」
珍しくギルウィルドはむきになっているようだった。
「おまえの年齢にもそれ以外にも興味はないが、二十歳はとっくに越えているだろう」
「越えてるけどさ。でもとっくって言うほどじゃ」
「よかったなトーギィ、二十歳を越えても身長は伸びるって」
それはトーギィにとっては確かに朗報だが。いや、朗報なのか。
「……よく食えよ」
ギルウィルドは嘆息しながらそう言って、適当に取った肉をトーギィの前に出してくれた。ありがたく受け取り、まだ温かい豚肉にかぶりつく。
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