4.田園生活(2)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話くらい更新します。
なるほど、好きこそものの上手なれということでユシュリーの髪結いと化粧の技術は昨日の侍女よりも上等だった。複雑に編み上げられ、造花のついた華やかな髪飾りで彩られた頭部は、ルキシス自身では可愛らしすぎる気がしてどうにも落ち着かなかったがユシュリーは満足そうだ。彼女が選んだ頬紅と口紅も元の顔色を引き立てるような繊細な色遣いで、肌への乗せ方も柔らかく洗練されていて、こだわる人間がこだわれば化粧ひとつで随分と変わるものだということはよく分かった。
朝食の席にはギルウィルドも姿を見せた。彼は何か言いたげな目でルキシスを見ていたが、それは女物の装束を身にまとっていることに対してか、それとも送り込んだ女のことに対してか。個人的な会話をする機会はなかったのでそれは分からなかった。
朝食は相変わらず白けた雰囲気だった。ブリャックは機嫌がよく、何やらしきりとルキシスの髪型を褒めていた。何を考えているのやら。弟のニドの方は兄よりは口数が少なく、どこか憂鬱そうにしていた。単に朝に弱いだけかもしれないが。
朝食をさっさと切り上げると、ルキシスはユシュリーと連れ立って屋敷の外に散歩に出た。少し村の中を見ておきたかった。傭兵の性とも言うべきもので、いつでもいざという時のための退路を確保しておきたかったからだ。
昨日もある程度は観察していたが、ヴィユ=ジャデム家の屋敷は、丘とまでは言わないものの少し高くなった場所に位置しており、ぐるりと木柵で囲われ、更にその外にささやかな水堀があった。正門は西向きで常に解放されていて、村の中央広場へとそのまま繋がっている。屋敷の建屋のうち、正門寄りの手前半分側はヴィユ=ジャデム家の私的空間というよりは事実上村役場のような公共施設となっており、不特定多数の村人たちが出入りして、村の運営にまつわる多種多様な作業に従事していた。彼らはユシュリーを見ると軽くお辞儀をしたり帽子を取ったりして挨拶こそするが、積極的に声を掛けてくる者は特にはいなかった。
村全体は、このような田舎にしては活気があった。多少こじんまりとはしているものの人々の身なりも悪くはないし、商店さえある。しけた村にありがちな崩れかけた廃屋なども見当たらない。ヴィユ=ジャデム家の羽振りの良さが還元された裕福な村と見てよいだろう。
(しかし暢気なものだ)
ここから馬を飛ばして半日少し行った先ではつい先日まで攻城戦が繰り広げられ、土埃と血が舞い上がり、剣戟の音が鳴り響いていたというのに。そんなことにももしかしたら気付いていないのではないかと思わせる牧歌的な村だった。
戦争が終われば傭兵たちは解雇される。その後に近隣の村々を襲うのは、更なる稼ぎを求める彼らの略奪の手というのがお決まりだ。傭兵たちばかりでなく正規の騎士団でさえ同じことをする。だから直接戦火に晒されることがなくとも、近くで戦争が起これば周囲の都市や村は情報を収集し、略奪に備えて防備を固めたり、自分たちも傭兵を雇ったりするものなのだがそういった気配も窺えない。
分家筋とはいえジャデム家の領内だから生半な傭兵団くらいでは手を出しづらいという面もあるだろうが、それにしたって万全の備えとは到底言えまい。
「ユシュリー」
あまりに気になったので、ルキシスは本人に訊くことにした。
屋敷の裏手には水堀から繋がるささやかな池があった。その畔、赤紫色の撫子の一種が群生するあたりにふたり並んで腰を下ろす。
「この村からそう遠くないところで戦争があったのは知っているか?」
戦闘自体は三日間だけのことだった。ヴェーヌ伯は田舎領主だが裕福で、傭兵としての稼ぎは悪くなかった。
「戦争?」
ユシュリーはきょとんとしている。
「ここからそう遠くないジードネ城が落城した。攻めたのはヴェーヌ伯で、ジードネの城主とヴェーヌ伯は以前から境界を巡って抗争を繰り返していたと聞いているが」
「あ、ああ。はい、聞いています。お隣さん同士仲良くすればいいのにってよく話していました」
実際に戦場に身を置く立場からすると、浮世離れした所感を聞いている気分だった。話が噛み合わない。
「ええと、ジードネ城が落ちたということは、ジードネの領地はヴェーヌ伯のものになったということだ。少なくともジードネ城の近隣の土地は。城主は捕虜になっている」
「まあ、大変」
驚いた様子でユシュリーが口元に手をやる。
「ええー、もしかしたらヴェーヌ伯はヴィユ=ジャデム家の領地にまで野心を持つかもしれないんだが、それは分かっているのか?」
「うちまで?」
ユシュリーが目を丸くした。
おいおいおい、とルキシスの方が呆気に取られそうになる。誰も、そんな心配をしたことがないのか? こんな近くで戦争が起こって?
「それに城が落ちたということは戦争は終わったということだ。そうなると集められた騎士や傭兵たちは仕事が終わって解散となって……つまり、その後略奪に走ることが往々にしてある。そういった対策は?」
「ああ、それでしたら」
退去料の蓄えはあります、と彼女は言った。
(退去料か)
略奪を免れるために、略奪されるよりも先に多額の金銭を差し出して見逃してもらうやり方だ。金額にもよるが、略奪の手間をかけるよりも退去料を受け取った方が手っ取り早いと考える兵団は少なくない。
だが血の気の多い連中ならば戦闘の昂ぶりのまま、退去料の交渉なしでいきなり襲い掛かってくることだってままある。それを思うとせめて最低限の防備は必要だと思うが。
「お母さんが」
亡くなった愛妾か。
「お金で解決しましょうって。いつも、そうしてきたの。領内に幾つか見張り台があって、兵団が見えたらこっちから行ってお金と食料を出すの。本当は何でそんなひとたちに、頑張って貯めたお金や食べ物を渡さなくちゃいけないのか納得できないけど、領内のひとの命には代えられないから」
一応、物見くらいはしているらしい。若干心許ない気もするが。
「今までそれで何とかなってきたのか?」
下手にこちらから下手に出れば、村には更なる蓄えがあると見込んで略奪に拍車がかかる可能性もあるが。
ユシュリーは静かに頷いた。
「わたしが生まれてから一度も略奪はないわ」
それで上手くいっていたのなら、それ以上は部外者であるルキシスが口を挟むことでもないか。まして自分は本来傭兵側の人間だ。
「でも今まではお母さんがいた……」
「ご母堂が自ら交渉を?」
再びユシュリーが頷く。何ということか。野卑な兵士たち相手に自ら交渉し、彼らを追い返すとは。きっちり領内を治めていたという話は聞いていたが、想像以上の女傑ぶりだ。
「これからはおまえがやらねばならない」
それができるくらいになれば、エメ家も跳ね返せる。村人たちもユシュリーを支持する。
できなければ奪われる。それだけのことだ。
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