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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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3.密約(8)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

「侍女頭が無事辿り着きさえすれば、どういう内容であれいずれにせよ本家から何らかの沙汰はあるだろう。ジャデム家は若様の不審死からこっち、どうにも振るわない。権勢を取り戻したいはずだ。こんな辺境の分家のつまらないお家騒動で足をすくわれたくないだろう」


 本家から使いがやって来るまででいい。

 ギルウィルドはそう言っていた。本家からの何らかの沙汰というのは、つまりはそれを指しているわけである。


「……いつ、使いとやらは来るんだ」

「さあ?」


 睨みつけても素知らぬ顔をする。とはいえギルウィルドにも答えがないのは無理もないことだった。


「いいじゃん。どうせ急いでないでしょ。ひと月でもふた月でも滞在すれば」

「わたしはここに長居するつもりはない」

「ただ飯にありつけるのに」


 それは確かに傭兵のような流れ者には魅力的な話ではあるが。


「リリ」


 少しギルウィルドの声の調子が下がった気がした。改めて見やれば、彼は顎先に手をやり幾分目元を伏せがちにしていた。


「ここにいてやれ」

「おまえに指図される話じゃない」

「彼女はきみを頼りにしている」

「知ったことか」


 頼んだわけではない。望んだわけでも。小娘が勝手に何か取り違えているだけだ。


「気付いてるんだろう」

「なにに」

「森の中で彼女の服が乱れていたこと」


 思わず言葉に窮した。もちろん、気付いていた。汚れた裾。乱れた胸元。押さえつけて、むりやりに衣服を引きはがして、肌をさらけ出させようとしたのだ。そうでなければああはならない。

 兄弟たちのうちのどちらなのか。どちらでも同じ。あるいはふたりがかりでか。その方が自然だ。だがいずれにせよ果たせず、ユシュリーは隙をついて男たちの腕から逃げ出した。大切な帯を握りしめて、走って、走って、その足元にルキシスの愛剣が突き刺さったのだ。


「おれさ、ああいうの、結構、嫌で」


 いつもどこか煙に巻いたようなところのあるこの男にしては珍しく、それは本心そのままに聞こえた。


「傭兵がよくも言えたものだ。そういう場面に出くわすことも多いくせに」

「それはそうだけど、だからって今助け舟を出せるのを見捨てる理由にはならないだろ」

「ならおまえはそうしろ。わたしには関係ない」

「きみだって理由を探してる」

「黙れ」


 反射的にそう言ってしまったことでこちらも本心があらわになった。そのことに気付き、忌々しく奥歯を噛み締める。

 見捨てる理由。いや、ここに残る理由か。

 こんなところ、本当は一秒だっている義理はない。ユシュリーが男に犯されて、家を乗っ取られたところで知ったことではない。弱いものが奪われるのは当然のことだ。弱いのが悪い。抗うことができないのが。それだって本心だ。

 ――でも助け舟を出せるのを見捨てる理由にはならない。


「だからせめて本家から使いが来るまででいいって言ってるんだ」


 来るかどうかなんて分からない。侍女頭が無事本家に辿り着けたのかさえ。

 女相続人は男を信用しないだろう、とギルウィルドは呟いた。

 一度、ユシュリーは男たちの手から逃れた。ならば男たちは、次はもっと用心して事にあたるだろう。そうなればもう逃れられないかもしれない。犯された女がその後どういった人生を送るか。特にユシュリーのような、分家筋とはいえ名家の血を引く女は家名の汚れを恐れて自分を犯した男と結婚させられるのが関の山だ。

 事が起こってしまった後なら本家とやらだってそう命令するだろう。それによって名誉は守られる――ということになる。少なくとも世間に対しては。でもそれは誰の名誉なのか。


 忌々しい。冷たい炎が内側で揺らめいて冷ややかにからだを灼く。

 だが逆に、本家が介入するまで彼女を守りとおすことができればそのようなことにはなるまい。その場合は素行の悪い親族などと結婚する方が外聞が悪いし、そもそもそんな輩と結婚する理由もないからだ。

 白が黒に、黒が白にひっくり返る。

 こんなことくらいで。


「ギルウィルド」


 名前を呼ぶと、彼は緩慢な動きでルキシスに目をやった。


「おまえは勘違いをしている」

「何を?」

「女だって女を傷つけられる」


 だからユシュリーは誰も信頼するべきではない。そう忠告してやった。


「肝に銘じておこう」


 話は終わりだった。扉の前で何者かの気配がしている。


「長くてもひと月だ」

「分かった」


 小さな気配。まだ大人になっていない、少女の気配だ。

 こんこん、と控えめに扉が叩かれた。

 ギルウィルドが立ち上がる。彼に場所を譲り、ルキシスは数歩部屋の奥に下がった。戸口のすぐ近くにいたのでそうしなければ扉を開けることができない。

 重厚な木製の扉を内側に引くと、予想にたがわずそこにはこの屋敷の女相続人がいた。


「夜分遅くにごめんなさい。あのう、お姉さんがどこにもいなくて――」

「ここに」


 ギルウィルドの背後から歩み寄って顔を見せると、ユシュリーは見るからに安堵して全身の力を抜いた。相当な勇気を振り絞ってここまでやって来たのだろう。常識的には、未婚の娘が男を訪ねて来るべき時刻ではない。いや、そもそも訪ねるべきではない。いかに客人であったとしても。


「どうしてこんな所まで来たんだ。部屋にいるようにと言っただろう」


 正確には、部屋にこもって扉にはつっかえ棒をしておけと言ってあった。


「ごめんなさい。ただ、その……、お姉さん、ブリャックとニドに苛々していたでしょう。それで怒ってここを出ていっちゃったんじゃないかって心配になって……、お姉さんのお部屋に行ってもいないし」


 晩餐の席での苛立ちを、隠していたつもりで全く隠せていなかったらしい。ルキシスは思わず苦笑いをした。


「うちの親族たちが無礼でごめんなさい。あの……」


 この少女にはしばしば言いよどむ癖がある。それが元からのものなのか、それとも近年の不遇からのものなのかは分からなかった。森の中では気丈に声を張り上げていたが、恐らくは多少の無理を押していたのだろう。

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