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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵の結婚狂想曲
145/166

4.女傭兵の秘密の趣味(5) 忠実なお小姓殿の語るところ

大☆怪談大会です。ホラーが苦手な方はスキップしてください(そんなに怖くはありません)。

 フリーデヒルトが頬を膨らませて天幕の中に足を踏み入れてくる。彼女の背後で垂れ布を下ろしつつ、ギルウィルドは自分が元いた場所ではなくルキシスの隣に移動した。元の場所に戻ればフリーデヒルトの隣になってしまう。それは憚られた。


「リュド、新しい温石を」


 主人に命じられて小姓はいそいそと立ち働き出した。元より準備はしていたのだろう、すぐに新しいものが運び込まれてくる。リュドはそれをまたルキシスの周りに敷き詰めようとしたが、彼女は胡乱な目つきになって小姓をたしなめた。


「わたしじゃない。それはフリーダのために。わたしの分はそっちにあるやつでいい」


 そっちにあるやつ、というのは今はフリーダの席となったルキシスの元の席の周りにある分だ。暖めてから少し時間が経っている。


 リュドは困惑したようにジャンを見た。ジャンは顔をしかめたまま、またため息をつきつつ頷いた。言うとおりにしなければルキシスが冷ややかな態度になるのは目に見えていたので彼としては従わざるを得ないのだろう。まるっきり、彼女の言いなりだ。帝国の大立者が。


 フリーデヒルトは目の前に食べきれないほど並べられた菓子をいくつか取って早速頬張っていた。嬉しそうな顔をしている。そうしていると本当に無邪気な少女にしか見えなかった。間もなく他国の王族に嫁す高貴な婦人という重々しさは皆無に等しかった。

 この少女にそのような重責が担えるのか。自分には政治のことは分からないし、そもそも自分が心配することではまったくないが、それでも不穏な感慨が胸をざわつかせる。


「フリーダ」


 自分のゴブレットを手元に引き戻しながらルキシスが口を開く。


「この会は怪談を語る会なんだが」

「怪談?」


 少女の声は甲高く尾を引く。


「そう。ジャンも話したし、そいつも話したし、わたしも話した。次はリュドの番だ。その次はおまえの番」

「怪談って、何よそれ。馬鹿じゃないの」

「馬鹿でも何でも、それを語る会だ」


 馬っ鹿みたい、と少女が吐き捨てる。


「リュドが話しているうちに自分が話す話を考えておくんだな。怖くなくても、不思議な話でもいいぞ。さて、リュド。おまえが蒐集したという話を紹介してくれ」


 ここに座れ、と彼女はリュドを手招きした。小姓は主人の様子を窺い、彼が頷いたので安心した様子でルキシスの傍らに腰を下ろす。そして懐からごく小さな帳面を取り出した。


「おまえのノートか?」


 ルキシスが嬉しそうな声で言った。リュドは照れたように頷く。彼はルキシスを見習って自分なりのノートを作っていたらしい。


「わたしの聞き集めてきた話も、恐ろしいというよりは不思議な話というのが多いです。短いものが多いですからいくつかお聞かせしたいと存じますが、いかがでしょうか」

「もちろん」


 時によりけりだが、ルキシスはおおむね、子どもや馬には愛想がよい。今もそうだった。優しげな笑顔で少年を見つめている。


 そういう顔を見ていると、やはり――誰かの妻になって、子どもを産み育てる暮らしが、この女にはそれはそれで向いているのではないかという気がしてくる。

 戦場で剣を振るってほかの誰かの命を吸い上げて生きるよりも。

 彼女が望むと望むまいと。

 リュドが帳面をめくる。


◆◆◆


 ええと、ではまず、不思議な黄色い土の話をしたいと思います。黄色い土といっても、そういう土は皆さまご覧になったことがありますよね? でも普通に想像するようなちょっと黄色っぽい土というのでなく、かといって黄金というのとも違って、上質のクチナシで染めた絹のような色合いを想像してください。鮮やかで艶やかで色濃く、美しいでしょう。まさにそのような、まっ黄色の土が産出する場所があったそうです。そしてその土は、食べることができたのだそうです。その上その土は、どれだけ採っても一晩明けるとまた元通りの量が畑に満ちていて、周囲の村々がどれだけ飢饉に襲われてもその土の産する村だけは皆飢えることがなかったと言います。それだけでなくその村の者たちは皆健康で、長寿であったとも。


 不思議な土です。でも、美味しいのでしょうかね? わたしは土など食べたいとは思いませんし、どうやって食べるのかもわかりませんが、もし美味しいのならちょっと試してみたいという気もいたします。


 さて、時の王がその不思議な土の話を聞き付けて、兵隊を送って土を王宮に納めるよう命じたそうです。ところが村人たちは何を思ったのかその命令に従うのを拒否したのだとか。それで兵隊たちは怒って村を焼き払ってしまったそうです。そして焼き払われた後の村ではもう二度と、その不思議な黄色の土は採れなかったということです。ですから黄色の土の秘密は焼き払われた村人たちと共に、永遠に秘密のままになってしまった――と、これが不思議な黄色い土の話です。


 それにしてもその土はどういう土だったのでしょうか。それに、どれだけ採ってもなくならないのなら、なぜ村人たちはそれを王に献じるのを拒んだのでしょうか。その謎も炎とともに葬り去られてしまいました。


 ルキシス様はそんな不思議な土があったら召し上がってみますか? 美味しければ? 恐れながら、ご一緒ですね。どんな味がしたのか少し気になりますね。うまく生地などに練り込めば食感などもあまり気にならないでしょうか。


 次は少し不気味な話など、いかがでしょうか。これはディーレンヌのとある神殿の話だそうです。ディーレンヌへは行かれたことはありますか? え? ああ、お友達さんはおありなんですね。はあ、ルキシス様は? ない、と。旦那様やわたしもございません。ですがディーレンヌはとても大きな街だと聞きます。その大神殿も壮麗で、街全体を睥睨する高台に、天まで聳え立たんばかり、威容を放っているとか。さて、その大神殿には小神殿や礼拝堂があまた付属しており、それは必ずしも大神殿の敷地内にあるとは限らず、街の至るところに数えきれないほど存在しているとか。


 そんな付属の小神殿が街の西端の方にもひとつあって、周囲の民衆が日々の礼拝や祭礼のためにひっきりなしに訪れていたそうです。

 その小神殿には墓地がありました。地域の有力者は神殿内の霊廟に葬られますが、そうでない一般の民衆は露天の墓地の方へ葬られます。そしてその墓地は、恒常的に墓穴不足に陥っていたとか。民衆の数に比して墓地の数が少ないというのは、わりあいどこでも聞く都市問題ではございますね。


 それでディーレンヌのその小神殿では思い切った解決策を考案しました。それは埋葬から時間の経った墓穴を掘り起こし、中の遺骸の上に新たな遺体を葬るという力業でした。


 それでまずは、墓地の中でも特に古い一画を掘り起こしたそうです。ところがそこには何もなかった。厳密には、副葬品は見つかったそうです。でも、遺体のかけらや骸骨のようなものは全く見当たらなかった。古い時代だったので棺はなく、直接遺骸を土に埋めていたらしいのですが、それで全て土に還ってしまったのか? だとしても骨の一片もなしというのは……、と、ひとびとは困惑したそうです。しかしどれだけ掘り起こしても古い遺骸は見つからない。ならばもういいかと、新たな死者たちをそこに葬っておしまいにしたそうです。


 ところが話はそれで終わりませんでした。

 その夜、墓地に墓泥棒が忍び込みました。なにせ昼間、掘り起こしたところに古い副葬品が見つかった。それに新たな死者たちを葬るにあたっても同様に副葬品が、死出の道行きのための遺族たちの心づくしの品物が、これも新たに葬られているわけですから。


 泥棒たちはそれを狙って、まだ新しい盛り土を掘り起こし始めました。ところが! 掘り進めるにあたって、道具が棺の蓋に当たって、泥棒たちが浮き立ちながらその蓋を持ち上げたところ――なんとそこには、遺体はなかったのです。ただ遺族たちからの最後の贈り物、副葬品や、死者が身にまとっていた死出の衣、そういったものだけが棺の中にひっそりと納まっていたそうです。


 泥棒たちは震えあがり、その足で小神殿に駆け込んで懺悔したとか何とか。しかし神殿の神官たちにとっても思いがけぬこと。翌日地域の民たちを集めて、前日に葬った死者たちの棺を残らず確かめることになりました。

 それで土を掘り起こして棺の蓋を開けたところ――やはりひとつも、遺体は見つかりませんでした。前日、確かに皆で棺に納め、最後の別れをし、土に埋めたものを。

 ただ遺体以外の全ての副葬品、死出の衣、そういったものだけはそっくり棺の中に残されていたとか。


 ひとびとは皆恐れおののき、これは何の神罰かとうろたえたそうです。無理もありません。小神殿付きの神官たちもどうしてよいか分からず、結局ディーレンヌの大神殿に指示を仰いだそうです。

 それで今度は大神殿の大神官自らが指揮を執り、その小神殿の墓地の全域を掘り起こして遺体を確かめることとなったそうです。


 大がかりなこととなりました。街の人々が大勢詰めかけ、その調査の様子を見守ったということです。

 そして調査の結果は、想像がつきますでしょう? 遺体はたったのひとつも、骨片や髪の一筋さえも、見つかりませんでした。ただかつてひとの肉体であったもの以外のもの、つまり副葬品の類いは大いに発掘されて、そこが墓地として長年使われてきたことはやはり間違いはないと。


 その恐ろしい事態は、ディーレンヌの大神殿から大陸全土の神殿の頂点に座す神皇庁へと知らされたとのことですが、その先のことは伝わっていません。神皇庁は果たしてその小神殿にどのような沙汰を下したのか。

 ただ今ではその小神殿は廃墟となり、ディーレンヌの市民たちは誰ひとりとして周辺には近付かないそうですよ。

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