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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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3.密約(6)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

「却下だ」

 ルキシスは嘆息した。胸の上下に合わせて手燭の炎も少し揺れた。


「わたしは明日にはここを出る。おまえ、ユシュリー……、あの娘の用心棒になってやれ」

「ここを出る? どうして?」

「ここにいるわけにはいかない」

「困ったな」


 ギルウィルドは幾分顔を斜めに傾け、横目でルキシスを見やった。


「なんでだか知らないが、彼女はきみに懐いている。おれは残念ながら彼女の信頼は得られていないようだ」

「女に乱暴するからだろ」

「どう見ても乱暴されてたのはおれだよね?」


 そうかもしれない。結果を見れば。だがユシュリーからすれば、彼女が見たのは喉元に長剣を突き付けられたルキシスの姿だ。


「先に手を出したのはおまえだろ」

「リリ、取り引きをしよう」


 一瞬、ギルウィルドは腰を浮かしかけたようだった。だがそれを止めたのは、距離を詰めてルキシスの反感を買いたくなかったからだろう。もっと言えば、もう一度刺されたくなかったのだろう。ルキシスが長胴衣の中に刃物を隠し持っているのは彼にも当然分かっているはずだ。


「取り引き?」

「きみがここを去るんなら、おれもここには残らない」

「なんでだよ」

「女相続人に信用されていない。つまり、稼げそうにない」

「……」


 稼げないのならここにいる必要はない。確かに傭兵の理屈としてはそうだ。


「女相続人の信頼を得られるよう努めれば」

「きみがもう彼女の信頼を得ているっていうのに?」


 それを活用しない手はない、というのもまた傭兵の理屈としては納得できる。時は金なり。最小限の労で最大限の利益を。


「もちろん、永遠にここに残れってわけじゃない」

「あたりまえだ」

「本家から使いがやって来るまででいい」


 ルキシスは口元を引き締めた。三白眼気味の目を細めてギルウィルドを睨むように見つめる。


「何の話だ?」

「情報交換といこう」


 彼は両手を広げた。


「おまえがさっきの女から仕入れた情報か」

「きみだって女相続人から少しは情報を仕入れてるんじゃないのか」

「いや」


 情報と言えるほどのものはさほどない。それに、情報を持っていたとしてもこの男にくれてやる必要はない。


「まあいいさ。とりあえず聞いてくれ」


 ルキシスの表情から何を読み取ったのか知れないが、ギルウィルドは声の調子を高くした。努めて明るさを装うように。


「この家はジャデム家の分家筋ということだ。で、十二、三年くらい前に本家の跡取り息子――若様とでも呼んでおくか。その若様が不審死を遂げたという話は聞いたことがあるか?」

「若様ね、若様……」

「この家のご令嬢はその若様の落とし胤だそうだ」

「何だと」


 ルキシスは眉根を寄せた。手燭を持つ手に勝手に力が入った。


「若様の子どもは彼女ひとりだそうだ」

「……そう」

「若様は結婚しないまま死んだ。それで本家の方は弟の次男が継ぐことになったがそれはさておき、若様は自分の子を産ませた妾に大層ご執心だったんだとか」


 結婚しなかったのはたまたまよい政略相手を見つけられなかったからか。それとも妾を寵愛していたからか。

 そんなことは今更分からないし、自分にも関係のないことだが。

 でも、お気に入りの妾がいたのなら。


(どうして)


 ため息が出そうになる。


「若様は生前、お父様にお願いして分家して、愛妾が生んだ娘にこのあたりの土地を与えた。それがこのヴィユ=ジャデム家だ」


 妾にうつつを抜かす馬鹿な跡取り息子に甘い父親か。ジャデム家の没落の理由の一端が伺い知れるようだ。


「若様は残念ながら早くに亡くなったが、ご令嬢の母親、つまりご愛妾本人がきっちり領地を管理してこれまで問題なくやってきたんだそうだ」

「ふうん」


 貴族の妾になるような娘だから、野心もあれば頭も回ったのかもしれない。領地経営というものはそのあたりの田舎娘にはそうそうこなせるものではないだろう。

 ――いや、その評価もどうか。


「上手くやってきたというのは収入だけの話か?」

「ま、少なくとも収入については十分すぎるほどのものを得ていたようだけどね」


 中央の古参貴族たちの居城にはさすがに規模も贅もまるで及ばないものの、こんな片田舎の地主にしては目をみはるばかりの豪奢な屋敷だった。しつらえのひとつひとつにまで相当な費用が注ぎ込まれているのが一目瞭然だった。悪く言えば分不相応とも言える。


「そのわりに荒んでいる」


 それが率直な感想だった。使用人たちは主人であるユシュリーを軽んじ、平然と仕事を放棄する。母方の親族だとかいう兄弟たちが我が物顔で主人然としてふるまっている。


「ご愛妾が亡くなるまでは少し雰囲気も違ったようだ」

「ああ……そう」


 ユシュリーの両親について、彼女から何か話を聞くということはしていなかった。彼女が自身を「女相続人」と名乗ったことでおのずから、彼女の父母がもうこの世に亡いことは知れていた。


「猪と鷺の兄弟、あいつらが堂々と乗り込んできたのもご愛妾が病に倒れた頃だってさ」

「母方の親族だとかいう話だが」

「そう。それまではご愛妾本人が多少の便宜をはかる代わりにがっつりと実家を抑えて差し出た真似は許さなかったという話だ」


 父親を早くに亡くして、そうでなくとも妾の子という立場で、ユシュリーの立場は盤石というわけではなかっただろう。それをしっかりと後見し続けた母親はやはり切れ者だったのかもしれない。それに実家の差し出口を許さなかったとなると、野心だけで貴族の妾になったのではなく――愛情で結ばれたという面もあったのかもしれない。


(どうでもいいことだ)


 自分には関係ない。

 野心も愛情も。ジャデム家の事情にも。


「そう言えばあのエメラルドの飾り帯。あれは若様からご愛妾への贈り物だそうだ」


 それはそれは。いくら執心の愛妾とはいえ、あれは一族の家宝として代々崇め奉る次元の宝石だろうに。


「さすがにあの飾り帯はさ、不釣り合いだよね。この屋敷もご令嬢の衣裳も相当な金がかかってるとは思ったけど、そんな程度の話じゃない。度合いが違い過ぎて比べものにもならない」

「そうだな」


 ユシュリーは森の中で飾り帯を必死に握りしめていた。父親が母親に贈った、ふたりの大切な形見。宝飾品としての価値だの家宝としての意義だのとは無関係に、彼女にとっては他の何にも代えられない宝ものだろう。

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