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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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3.密約(4)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

「ああー、お客人はその、お連れ殿とはご夫婦で?」

「あん?」


 おかしな言葉が聞こえた気がした。反射的に目つきが険しくなる。いつも険しい、とはよく言われるが。

 男はルキシスの表情を見て幾分怯んだようだった。愛想笑いがぎこちなさを帯びる。


「……あれとはただの仕事仲間だ。向こうもそうは言っていなかったか」


 いや、はは、そうはお聞きしたのですが、とか何とか男が答える。こんな情報の裏を取って何のつもりなのか。


「お客人、まだお名前を伺っていないが、お聞きしても?」


 それにしても男は不似合いに気取った口調で物を話した。森の中でルキシスに凄んできた時とは別人のようだ。ジャデム家の当主気取りということなのかもしれない。確かに地方の郷士くらいになれば、せめてこの程度の口のきき方はするものだろう。どう考えても森の中で凄んできたときの態度の方がこの男の本性だろうが。

 しかし一方でルキシスも、賊に襲われた哀れな被害者という口調をいつの間にか振り捨てていたのだった。そのことに今になって気が付いた。


「ルキシスと」


 せめて今からでもそれらしくするかと思い、努めて穏やかな声音を心掛ける。それでもそっけなくは聞こえるかもしれないが、それは元からだ。


「それは男名では」

 男は驚いたようだった。


「稼業の都合で男名を名乗っています」

「稼業?」

「商いです」


 売るのは武力だが。


「女の身で商いをするのは大変であろうに」

「世の中には女の商人もいるものです」


 正式な許可証は取得できないにせよ、抜け道はいくらでもある。

 ついでに、一昔前には女騎士も女傭兵ももっとずっと多かったと聞いている。昨今では珍しくなったが、それでも自分以外の女傭兵をルキシスも何人かは知っていた。


「結婚して男に守られるのが幸せでは?」

「そうですね」


 議論をするつもりはなかった。さっさと会話を切り上げ、部屋から追い出したい。それにしてもこの男は何をしに来たのか。


「いや、失礼。立ち入ったことを」


 男は姿勢を正し、まるで貴婦人を前にした騎士のような礼をした。その所作はルキシスの気に障った。今更何を取り繕ったところで、森の中でルキシスに凄んでみせた時の態度がこの男の本性だ。


「わたしはブリャックだ。そこのユシュリーの後見人をつとめている」

 後見人。聞こえのよい言葉だ。実態は違うだろう。


「今遣いに出していて不在だが、弟はニドという。晩餐には戻るだろう。晩餐にはルキシス殿も出ていただけるのだろうな?」


 ただ飯は欲しい。でもこの男たちと顔を突き合わせての食事は遠慮したい。料理がまずくなる。


「お姉さん」


 ユシュリーがルキシスの袖を引いた。

 ルキシスは嘆息した。

 間もなく日も傾きはじめるだろう。晩餐の時間は近いはずだ。


「ご招待にあずかりましょう」

「では」


 男が長櫃のひとつを指差した。そこにはルキシスが袖を通さなかった女物の装束が雑然と置かれたままだ。


「女人は女人の服装を。それが秩序というものだ。少なくとも我が領内では」


 おまえの領内じゃないだろ面倒くさいなと、つい口に出そうになったが寸前で飲み込んだ。



◆◆



 晩餐はつつがなく終わった。鷺に似た弟のニドも戻っていて、ユシュリーを一番の上座に、ブリャック、ニド、最後にルキシスが続いた。話題はもっぱらブリャックの自慢話だった。ワインでいっぱいの木樽をみっつも同時に持ち上げたとか、村の祭りで余興として行われる模擬試合では六年連続で優勝しているとか、でも武力方面ばかりでなく村人たちの諍いを見事な知恵で解決したとか、聞くだけ時間の無駄としか言いようのない話ばかりだった。この男に対して苛々していなければ舟を漕いでいたかもしれない。


 だがいずれにせよ、つつがなく終わったのだった。あたたかい食卓――とは言えないが、少なくとも表立って兄弟たちが無体を働くことも、小間使いたちが意地悪をすることもなかった。食事の量や質も極めて豪勢なものだった。さすがにジャデム家の分家筋といった献立だった。


 ギルウィルドは姿を見せなかった。もしかしたら招待されなかったのだろうかとも思ったがさすがにそうではなかったらしく、本人が辞したという。


(そんなに)


 傷が深かったのだろうか。よい気味ではあるが、あれが戦力になるかならないかでユシュリーの身の安全も変わってくる。正確な情報を抑えるため、晩餐の後でルキシスは仕方なく彼の部屋へと向かった。


 客室が並ぶのは屋敷の二階、北東の一角だった。本当はルキシスの部屋もその並びに用意されているらしいのだがまだ足を踏み入れてはいない。晩餐前まではずっとユシュリーの部屋にいた。彼女の部屋は三階の真東側一番奥だ。


 分家筋とはいえ一時は時流に乗って世を駆け上がろうとしたジャデム家の屋敷だけに豪壮なつくりだった。石造りの壁はどこも凝った図柄の分厚いタペストリーで覆われ、夜気の寒々しさを防いでいる。大きさにもよるが、タペストリー一枚でヴィング金貨三、四枚分くらいにはなるのではないか。それが数えきれないくらいたくさん、隙間なく壁を埋め尽くしている。窓枠や一部の柱などの木造部分も艶やかな飴色をしていて、庶民には到底手の届かない上等な木材が用いられているのは素人目にも明らかだった。独特な蔓草模様の浮き彫りも手が込んでいる。日没後だというのにそれらが鮮明に窺えるのも、屋敷中、昼かと見紛うほどにたくさんの明かりが焚かれて視界に不自由しないからだ。


 一応、手燭を持ってきてはいた。だが必要なかったかもしれない。

 そういえば晩餐の間には、こんな田舎には不釣り合いなほど贅を尽くしたシャンデリアもぶら下がっていた。目も眩むほどのまばゆさだった。


 そのことを思い起こしながら、このあたりだろうか、と見当をつけたあたりでルキシスは足を止めた。同時に奥から二つ目の扉が開いて中から誰かが姿を見せた。

 女だった。見覚えがある。刺繍の苦手な下仕えの女中。

 女は室内に気を取られている。というよりは、部屋の中が名残惜しいのか。今出てきたばかりなのに踵を返し、再び室内に戻ろうとしているようだ。


「……」


 ルキシスは唇を歪めた。呆れた。

 女の白い髪覆いは乱れ、髪が結われぬまま肩口に零れ落ちているのが見えた。傭兵や娼婦のような外れ者でもなければ妙齢を過ぎた女が放ち髪のまま人前に出ることなどまずない。女の頬は薔薇色に上気して、まるで夢見るような瞳をしている。すぐそばに立っているルキシスの存在にまるで気が付いていない。


 女の肩のあたりに男の手が添えられるのが見えた。見えているのはそこだけだ。それ以外は部屋の内側に隠れて視界に入らない。

 ――と思っているうちに、金髪の男の横顔が覗き、ふたりが口づけを交わすのが見えた。

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