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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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3.密約(3)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

 以前、一度訊いたことがあった。「リリ」とは一体何なのかと。

 答えは――特に意味はない、とのことだった。だがルキシスとは呼びたくないらしい。どうでもいいが。


「あだ名で呼ぶなんて、お兄さんとは仲がいいのね。でも、あの、決闘をしていたのはどうして? 意に染まない結婚って」


 矢継ぎ早の質問にルキシスは閉口した。そもそも、あの男と仲がよいなどと言われるのは心の底から心外だった。


「ああー、ユシュリー。ひとつずつ答えよう」

「分かったわ。一つ答えてくれたら、お姉さんもわたしに一つ質問して。それでおあいこね」


 少女らしい無邪気な思い付きだ。でも彼女が公平な態度でルキシスに臨もうとしているのは伝わった。そのことには素直に好感を持った。


「まず、あれとは仲は良くはない。ただ顔馴染みではある」


 城壁から蹴り落されたこともあったが、背中を預けたこともあった。

 ただ傭兵というのは皆儲け話が大好きだ。戦争は大きいものから小さいものまで大陸中いたるところで毎日のように繰り広げられているが、やはり人は金払いの良いところに集まる。あの男もそうだ。金のためなら危険を顧みない。ルキシスだってできれば一度の戦争でまとまった金を稼ぎたい。それで同じ戦場に顔を出すことが重なり、自然と顔馴染みのようになってしまっただけだ。

 そうなのね、と少女は呟いた。いまいち納得していない顔だったが。


「じゃあ次はわたしの番だな。年はいくつだ」

「十三歳よ」


 十三歳の女相続人か。

 大体、聞かなくとも揉めごとの輪郭がつかめてくる気がした。


「ええと次は、決闘をしていた理由だったか?」


 別に決闘というわけではないのだが、いずれにせよユシュリーはそう思い込んでいる。


「決闘というか、どう説明したらいいか。あの男のご主人様が、わたしと結婚したいらしくて、捕まえてきたら褒賞が出るんだとか何とか」


 ヴェーヌ伯が何をとち狂って報酬を削減する代わりに伯妃にしてやるなどと言い出したのかはルキシスの理解の範疇外である。そんなことで誰が喜ぶものか。完全に頭がいかれている。伯の部屋に呼ばれて、手当に色でも付けてもらえるのかと思ったら、椅子から立ち上がった伯は下腹部を露出していたのだ。部屋に入った時には書き物机のかげになっていて分からなかった。あの野郎。もっと殴ってやればよかった。返す返すも腹が立つ。去勢されなかっただけありがたく思ってもらいたい。


「ええっ? じゃあお兄さんは人買いってこと? それなら今すぐ屋敷を出ていってもらうわ!」


 ユシュリーが気色ばんだ。


「あれにも利用価値はある」


 彼女を宥めるつもりでルキシスは軽く両手を広げて見せる。


「利用価値……」

「牽制と戦力になる」


 金が期待できるうちは、だが。


「それってどういうこと?」

「ユシュリー」


 改まった口調で名前を呼ぶと、少女も居住まいを整えた。


「話したくなければ話さなくていい。わたしも、話したくないことは話さない」

「お姉さん」

「あの兄弟はおまえの親族か」


 森の中で出くわした兄弟のことだ。大柄な兄の方は女相手にやたらと凄んで張りぼての強さを見せつけたがる痴れ者で、弟の方はそんな兄の腰巾着といった印象だった。


「……母方の又従兄弟なの」

「おまえの財産を狙っているのか」


 針を刺すユシュリーの手元が狂った。妙な位置に針先が突き出し、やり直しになる。


「もしあの兄弟がおまえに無体なことを働こうとするなら、ギルウィルドを上手く使え」

「……ギルウィルドってお兄さんのことね?」

「わたしほどではないにせよ腕は立つ。用心棒がいればおまえの又従兄弟たちも手が出しにくいだろ。それに万が一手を出そうとしたところで、あの男の相手じゃない」


 でも、とルキシスは続けた。


「信用はするな」


 声は思ったよりも厳然と響いたようだった。ユシュリーの手はいつの間にか完全に止まっている。


「わたしのことも」

「お姉さん?」

「出会ったばかりの人間を信用するな。そんな人間とこんなふうにふたりきりになるなんてもってのほかだ。分かったな」


 ユシュリーは茫然とルキシスを見つめた。その黒目がちの瞳に浮かんだ動揺が涙に成り代わりそうになる。

 しかしその寸前で少女は目を伏せ、静かに首を振った。


「ありがとう。でも信用するかどうかはわたしが決める」


 それでいいとルキシスも頷いた。

 再び、扉が開かれた。相変わらずノックのひとつもない。


「お客人はこちらか」


 兄弟たちのうち、兄の方だった。肩も腰まわりもがっしりと頑丈そうで、何度見ても猪を思わせる風貌だった。年の頃は三十くらいか。ここにはいない弟の方は二十五、六くらいに見えた。

 ルキシスは隠し持った小刀を後ろ手に探った。いったい何の用なのか。


「いやあ、先ほどは失礼した」


 男は何故か、妙に愛想のよい笑いを浮かべていた。胡散臭い。害意がないことを示すように両手を広げて勝手にこちらに歩み寄って来るが、部屋の主は入室を許してもいないものを。

 男の姿を目にした途端、傍らのユシュリーが身を縮めたのが分かった。森の中で出会った時の彼女の長胴衣の裾は土で汚れていた。フリルの胸元は乱れていた。こんな稚い小娘に何をしようとしたのか。


 沸き立つような怒りが脳を揺らした。それは自分自身ではどうにもならない昂ぶりだった。

 ――いや、でもジャデム家の事情など自分には関係がない。これ以上立ち入るつもりはない。

 小刀を手に立ち上がる寸前でようやくそのことを思い出す。深く呼吸を繰り返すうち、表情にも取り繕う余裕ができた。


「賊に襲われたとは災難だったな」


 我がジャデム家の領内にそのような不届きな者はいないとか何とか言っていたが、母方の又従兄弟ということならばこの者たちにはジャデム家との血縁関係はないのではないか。


(早くもジャデム家の当主気取りか)


 ――なるほど。

 ルキシスはひとまず座ったまま無言で男を見た。


「お連れ殿の手当ては終わった。出血は多かったがそう大事にはならないだろう」


 あの手応えではそうだろう。戦闘が続くならば出血量も増え、それに伴い危険は増すが、そうでなければあれだけでは致命傷にはなるまい。それを思えばギルウィルドはユシュリーのおかげで命拾いをしたということにもなるか。


(悪運の強い野郎だ)

 金に目が眩んでヴェーヌ伯の手先になどなるからこんな目に遭うのだ。馬鹿め。

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