魔導実習(1)
※前話読んだ方は読まなくていいです
主人公の名前はセドリック・ルイ・ヴィゼーロイン、王子ですが継承権はかなり下。魔法属性は植物。ひたすら目立ちにくい少年です。
国一番の学校、魔法学園に通って貴族教育を受けています。
時系列としては、彼が魔法学園高等部入学から少し経ったあたりです。
「___というわけで、来週からは魔導実習が入ります」
教師のそんな声に、危うく居眠りをしかけていた俺ははっとして目を瞬いた。
慌てて教壇の方に目をやると、教師の制服である深い色のローブをした魔術師が、チョークを手に淡々と実習の説明をしているのが見える。
「(やっべ、聞き逃すとこだった)」
教師は一度教室を見渡してから口を開いた。
「先程も軽く触れましたが、もう一度説明しましょう。皆さんには3人から6人ほどで固まり、グループを組んでいただきます」
そう言いながら教師が丸を四つ書く。生徒に見立てて、ということなのだろうか。
「組むグループに制限はありません。好きな生徒と組んでください。ただし……今から言う実習内容が達成できない場合は放課後居残り補習になりますので、そのつもりで」
好きに組んでいいという言葉に、教室内がざわりとどよめく。
みんな楽しそうだなぁと他人事のように考えていると、教師が「安全面を考慮し、よほどの事情がない限り一人での実習は不可能とします」と付け加える声が耳に入ってきた。
「(…………ん?俺ぼっち……)」
「肝心の実習の内容ですが、とある薬草の採集の組んだグループで簡易的な討伐が目標です」
そう言って教師は、「リーノックの森」という文字を書き、生徒に見立てた丸をぐるりと囲んでそこへと矢印を引いた。
「実習場所はこのリーノックの森、この森なのですが……そうですね、リスタリアさん。この森について知っている知識は何かありますか?」
唐突な指名に、数個前の席に座った女子生徒がびくりと肩を揺らしたのが目に入る。
その女子は「ええと……」と不安気に声を上げた。
「小さい頃に絵本で読んだことですが、魔物がたくさんいる森だった、ような。あ、あと古い王家が遺した遺産が眠るという伝承も聞いたことがあります」
へぇ、そんな絵本があったのか。俺は知らないけれども、なんとも冒険心を擽られそうな内容な気がする。
「なるほど、有名な絵本の内容ですね。現時点での認識としては上々です、同じ絵本を知る人はおそらく似たようなものだと思いますが……」
そうして一呼吸置いてから教師はぐるりと教室を見渡し、「皆さんの反応を見る限り、大体の人は知っていそうですね」と頷いた。
俺知らないけども……と内心思ったが、ここまではいい。ここまでは。
問題は教師が発した次の一言になった。
「知っているなら話が早いです。皆さんの課題ははその絵本にも出てくる『琥珀樹』の採集と、低階位……そうですね、大型蟲くらいの魔物を討伐でしょうか。まぁ分かるとは思いますが、万が一詳細が分からなければ知っている人に聞いておいてください」
……………は?
唐突に意味のわからない言葉がつらつらと言われ、俺がポカンと目を見開いた瞬間、教室に定刻のチャイムが鳴り響く。
教師はそっけなく一礼するとさっさと教室を出ていってしまい、後には興奮したような雰囲気でざわめく学生たちと、ただ一人途方に暮れる俺だけが残された。
「絵本の再現みたい」やら「楽しそう」やら「頑張ろうね」やらが抑えたようなテンションで漏れ聞こえる中、俺はというと。
「(いやあの、え?本気でカケラもわからないんだけど、みんな知って……そうだな、反応的に。俺急に何が何だかわからなくなったんだけど……)」
そこまで考えて、さっと血の気が引く感覚がした。
「(え、待って?友達一人もいないこの状態から、絵本の内容を聞き出し、グループを組み、尚且つ実習の課題を達成しろって?)」
ちなみに言い忘れていたが、俺は一年生だ。中等部には通っていない編入組だから、俺の学園生活のスタートはこれが切ることになる。
この、実習以前に前提が無理ゲーな魔導実習から。
「(終わった…………)」
呆然と自席で座り込んだままの俺を、誰も省みることはない。
静かに絶望する俺に、一歩近づいた生徒がいたことには気が付かず。
「……あの」
唐突にかけられた声に、のろのろと視線を上げると、そこには長い三つ編みの女子生徒が、そわそわと落ち着かない様子で立っていた。
……誰だろう。話したことはない気がするが。
「……あー、ごめん。クラスメイトの名前まだ覚えてなくて、ええと……どちら様?」
俺が恐々とそう問いかけると、その女子生徒はにこっと笑みを浮かべて愛想よく答えた。
「あ、ごめんごめん。私リスタリア、ユリアーネ・リスタリアだよ」
なるほど、ユリアーネ・リスタリアさん。なんだか聞いたことがあるような……
「(あ、確かさっき教師に刺されてた女子だ)」
「えっと、何の用?未提出のレポートとかはない筈だけど……」
「え、違う違う!そんな用事じゃないよ!」
ぶんぶんと長い三つ編みごと被りを振る彼女に、じゃあなんだろうと俺は疑問を抱いた。
そんな俺の訝し気な表情を悟ったのか、はっとしたようにリスタリアさんは直ると、俺のことを真っ直ぐに見つめながら背を伸ばした。
その様子に、俺は思わずおおっと感嘆の息を呑んでしまう。
「(……なんか、女子とこんな風に相対すんの初めてかも)」
そんな他人事じみた感想を抱いていると、意を決したかのように彼女がそっと口を開いた。
「私、レポート書くの嫌だから魔導実習やろう。あぶれ者同士で」
「いやなんとなくそこに行き着くとは思ってたけどそんなに明け透けに言う?!?」
…………思わず口に出てしまったその言葉に神妙に頷いた彼女、リスタリアさんことユリアーネとの縁はここから始まったのだった。
どうでもいい情報ここに置いておくことがあるかもしれません。