記述14 硬く冷たい壁の中で 第2節
機械の山の前で座り込んでいたフレアがおもむろに立ち上がり「こっちへ来てみろよ」と手招きをする。誘われるがままに近寄ってみると、彼女は山の中から何か小さなものを一つ手に取って、こちらへ投げて寄こしてきた。両手の平の中にすっぽり収まるかたちでキャッチしたそれは、球体状の金属の塊。手に取った時の感覚は鉛みたいに重たく、中に何かがぎっしりと詰まっていることが伝わってくる。
「昼にアルレスの戦闘機が落っことしていったロボットの……たぶん核の部分だな。中に脳味噌的なものが詰まってるって、眼鏡の人たちが言ってたぜ」
ロボットだと言われ、改めて彼女の正面に鎮座する機械の山を仰ぎ見る。機械といってもほとんどがバラバラに解体されてしまった後で、まともに組み上がった状態のものは見当たらない。それどころかどれもこれもいたるところが破損していて、焦げ目のような痕もちらほら見える。
壊れたアームや割れた外殻、千切れたコード、剥き出しになった緑色の基板。その中に混ざる鋭利な刃物と、本体から分離した重火器の銃頭部分。
パッと見てすぐにわかった。これはソウドから届いたメッセージに書かれていた『殺戮兵器』だ。
そう思ってから、俺はフレアに自分たちの旅仲間がアルレスの赤軍隊長と接触したことを話すべきか、少しだけ思案した。けれどすぐに「話すべきではない」という結論に至ってしまい、口を閉じる。なんといっても自分はまだ、このフレア・ケベスという女性の素性をまるで知らないのだ。
「近場に転がっていた分はあらかたぶっ壊して回ったから、この辺りで突然襲われる危険は抑えられたんじゃないかな……とはいえ、首都の方はどうなっていることやら」
フレアは以前にもこの兵器を別の場所で見たことがあると言う。実際に起動しているところも、用途通りに人を殺害しているところもだ。その度になんとか抗戦して破壊するに至っているが、大抵は派手に爆砕してしまうから、こうして比較的マシな状態で本体を確保できたのは今回が初めてらしい。
確保したからには解析に出して何かしらの情報を引き出したいというのがペルデンテ側の思惑であるが……それがどうにも上手くいっていない。
「うちのやつらは揃いも揃って脳筋ばっかりだからさー。こういう頭使う作業はぜんっぜんダメ! キャラバンの中には機械が使える凄いヤツらもいるにはいるけど、それだって技術者ってわけじゃないから専門的なところはサッパリなんだぜ。実践級の軍事技術が相手となると、まぁ、お手上げさ!」
そういうわけで、これらの『サンプル』は明日の朝早くにでもキャラバン隊の荷車に積み込んで、首都近辺の軍事基地まで輸送することになった。今は残骸の中に危険物が残っていないかどうかの最終チェックを徹夜でしているところだったそうだ。
「爆発とかしない?」
「そういうのは真っ先に取り除いてから持ってきたからな。たぶん、大丈夫っしょ」
「じゃあ、ちょっと見てみてもいい?」
「手を切ったりするなよー?」
山の中から手頃な大きさのパーツを一つ手に取り、少し焦げた痕が残る表面を見つめる。重厚そうな外見のわりに案外軽くて、金属部分の中身はスカスカ。ひっくり返してみると、裏面には真っ黒に焦げた電子基板が張り付いている。割れたパーツの隙間からはみ出したコードの種類なども見るに、この機械はそれほど高額な費用をかけて製造されたものではないことが、すぐにわかった。恐らくは投下後に破壊されることを想定して、使い捨てできるようコストを下げているのだろう。
「解析しても、あんまり参考にはならなそうだけどなぁ」
別の機械パーツもいくつか手に取って物色していると、ふと、真横から強い視線を感じて振り返る。俺の顔を真っ直ぐに凝視していたフレアと目が合った。
「ディアテラくん、もしかしてメカとかわかる系?」
「わかる系なんだなぁ、これが」
機械のゆりかごから機械の墓場まで、生まれて死ぬまでメカとメカとメカに囲まれて過ごすフロムテラスの出身だ。機械いじりは義務教育やライフワークの類いだったし……なにより、機械の扱いが得意な人間は男女問わず異性にモテる。そういう文化圏で育ってきた自分に、メカニックやプログラミングの技術が備わっていないわけがない。
なんといっても好奇心旺盛なこの俺だ。教材が手頃に手に入るタイプの学問や技術にはすぐに手を出していたし、フライギアの免許をとったのだって十四才と異常に早い。今の旅をつつがなく行えているのだって、自分にエンジニアの知識が十分に備わっていて、機材のメンテナンスやトラブルに対応できる能力があるからこそだ。
少年時代にはヤンチャなハッカー集団とつるんで遊びまわっていた時代もあった。今となっては懐かしい話である。ハッカーはとてもモテた。
「すげぇーっ! えっ!? ていうかディアテラ、アンタその技術を売り込めば今のペルデンテの首都にだって簡単に入れるぜ!」
「そうなのかい?」
「さっきも言った通り、ペルデンテ人は馬鹿ばっかだからな。とくに機会技師ってヤツがとにかく足りなくて、頻繁に助っ人募集の告知を出してるくらいだ。よかったらアタシが推薦状を書いてやるから、それを持ってもう一回国境砦に行ってみるといい。きっと歓迎されるに決まってらぁ!」
昼間の開戦の影響でペルデンテ入国の予定が白紙に戻ってしまったばかりの自分たちにとって、彼女の言葉はまさしく朗報であった。
「他の旅仲間たちはちょっと難しいままだけど、少なくともディアだけなら簡単に許可が降りるはず。アタシからも是非お願いしたいところだな。なんといっても今回の戦争、負けたらもうペルデンテには後が無いんだ」
「えっ、あぁそっか、その方法だと俺だけになっちゃうのか」
黒軍からフライギアを引き取るために砦前に戻る必要もある。引き取った後にフライギアを操縦できるのは自分だけになってしまうし、俺だけペルデンテに行くなんてことになってしまったら、残った人たちはどこにもいけず困ってしまう。それに心配性なウルドは、俺が一人だけで行動することをよく思わないはずだ。これはちょっと、仲間うちでしっかり話し合ってから決めなくてはならない。
「また明日、仲間たちと相談してみるよ」
「良い返事を待ってるぜ」
そう言ってこの話に一旦の区切りをつけて、それからはフレアと二人でペルデンテについての他愛のない雑談を交わし合った。話のネタが無くなるころにはすっかり真夜中になってしまっていて、流石に寝なければと思い、俺は一人で暗闇の中を引き返し、竜車へと帰っていった。