記述12 狼煙を上げよ古戦場 第3節
フレアが約束してくれた「ペルデンテ入りの手配」を仲間たちに相談した、次の日の朝、俺たちはフライギアの前で待っていた彼女に案内されて、砦の近くに集まっているというキャラバン隊の一団のもとへ向かうことになった。その出発の手前、フレアは改めてフライギアの方を振り返り、溜め息のようなものを吐きながらこう言った。
「なんとかするって言った手前だけど、流石にあんな危険物を今のペルデンテの中に持ち込むわけにはいかねぇからなぁ……あれはここに置いていくとして、中には何人か乗組員が残ってるのかい?」
非武装とはいえ、あのいかつい外観をした元アルレス国軍所有の軍用艦だ。俺の目から見ても警戒されるのは当然だし、今もああやってそっとしておいてくれているだけでも、相当に寛大な対応だと思える。これがペルデンテではなくアルレスだったらどうだろう。あっという間に取り締まられて、中にあるものなんかを全て取り上げられてしまうのがオチだろう。
「旅仲間を二人ね。だからペルデンテではなるべく早めに用事を済ませて帰らないといけない」
無論、その二人とはソウドとエッジのことだ。フライギアの管理スキルがあるソウドが残るのは至極当然なことであるが、何分、先の一件であのようなことがあった彼を一人にするのはあまりに心配である。だからエッジも一緒に残って、ソウドのサポートもとい話し相手として付き添ってもらうことになった。
そのため、今回フレアの手配でペルデンテの国境砦をくぐるのは、俺とウルド、ライフ、マグナの四人だけということになる。
「何かあったら通信端末で連絡し合うように話はしてあるから、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「そりゃあ良かった」
キャラバン隊の一団と合流すると、フレアは連絡のために近くにいた隊員の一人に話しかけ、一台の荷車の中へ入っていった。その間に他の隊員たちが俺たちの元へ近付いてきて、「ようこそ、我々のキャラバンに」「よろしくな」などの挨拶をしてくれた。
キャラバン隊の人たちは他のペルデンテ人同様に陽気で気の良い性格をしていて、俺やマグナに対してはとても親切に接してくれる。しかしこれは、事前にフレアの口から俺がアルレスキュリア人ではないことを説明してくれていたためだ。『非アルレスキュリア人』とはすなわち『アブロード』であり、『アブロード』とは『ペルデンテ人の仲間』であるというのが、彼らにとっての当たり前。
ならば仲間ではない者が輪の中に加わったらどうなるかというと、それはもちろん良い結果にはならない。実際に顔を合わせてみて分かったけれど、ペルデンテ人である彼らは、生まれも育ちも生粋のアルレスキューレであるライフのことを、快く思ってくれはしなかった。俺やマグナに明るい声色で挨拶してくれた隊員の女性も、その後ろで外套のフードを深く被ったライフの姿を見た途端に眉根を寄せた。フレアが言っていた「臭いでわかる」というのは、他のペルデンテ人も同じであるようだった。
一方でウルドの方はというと……これがどうやらフレアの鑑識をもってしても出身や人種がまるでわからなかったらしい。彼女にウルドはどうだとたずねた時に、フレアから返ってきたのは「血の臭いが強すぎる」という言葉だけだった。
俺はその一言だけの感想を聞いて、心の中で「あぁ、やっぱり」とだけ呟いた。
それからキャラバン隊の一団は正午になるとともに荷車に乗って砦を出発する。荷車の台数は全部で十二台ほどで、キャラバン隊としては中規模なものであった。乗組員の多くはペルデンテが直々に運営する商業ギルドに所属しているらしく、今までに出会ってきた商人たちと比べるといくらか違ったスタイルを持っている。
中でも最も特徴的なのは、貨物をたっぷりと積んだ荷車を引く生物が『恐竜』と呼ばれる大型爬虫類であった点だ。『竜車』と呼ばれるこのような乗り物は大陸の西部では多く利用されるものらしい。
おとぎ話や歴史の本において車を引く動物は『馬』や『駱駝』が一般的であるとされていたけれど、話を聞いてみるとそういった哺乳類と呼ばれる動物の多くはウィルダム大陸の環境に適応しきれず、大概が絶滅危惧種になってしまっているのだとか。今の時代、馬などと言ったら金持ちの象徴のような生き物で、滅多にお目にかかれることはない。駱駝も同じくである。
一方で大陸西部の砂漠や高原地帯に多く棲息する大型爬虫類たちは環境汚染への耐性が高く、生命力も強い。種類も豊富で、四足歩行の力強い体躯で荷車を引くのに適した種類もいれば、身軽で足の速い一人乗り用にちょうど良い小型種もいる。飼育に関してはそれなりに多くのノウハウが確立しているようで、人にも慣れるのも早くて育てやすい。しかしながらそこは野生動物らしく、遭遇するだけで危険な肉食種もいるから注意すべきだとも説明された。
ペルデンテの人々はウィルダム大陸に移住した当初からこの恐竜たちと共存し、時に助け合いながら生活してきた。今も竜車の運転席に座っている御者の男性だって、目の前で一生懸命に車を引いてくれている二頭の草食恐竜に慈しみのこもった眼差しを向けている。彼らにとっては家族の一員なのだろう。
しかしそのような生物が存在するという中で、真っ先に気になったのは『恐竜』という名前と、大型爬虫類という種族についてだ。俺は御者の男性に声をかけて、一つ質問をしてみることにした。
「城くらい大きな体をした恐竜って、いると思いますか?」
「いたらよほどの大食らいだろうな」
御者の男性は気の良い笑顔で笑いとばすだけで、まるで本気の質問だとは受け取ってもらえていないようだった。それほどあの絵画に登場する『龍』という存在は、彼らにとっても非現実的なものなのだろうか。あるいは言葉だけではイマイチ想像がしきれないのか。そこで俺は荷物の中からアデルファが書いた本を取り出して、御者の男性に見せてみた。
しかし御者は困り顔。そんなやり取りを後ろから見ていたライフも苦い顔をして俺に声をかける。
「お爺様は……絵が、ちょっと……」
指摘されてから、改めて自分も本に書かれた手書きの挿絵をまじまじと見つめる。なんというか、エキセントリックな筆圧ながら、全体的にひょろひょろしているなぁということしかわからない。
「うん……一応聞いてみたけど、これじゃあ余計わからなくなるばかりだね」
「けど……えーと、これ、この部分は……たぶん羽根かなんかに見えないこともないかなぁ」
御者が指をさしてくれた辺りをもう一度注意深く見ると、確かにひょろりとした蛇っぽい体の背中らしき部位から、鳥の翼か昆虫の羽根のようなものが生えている……ように、見えなくもない。
「たぶんそうです! 確かこの本を書いた人も、背中に翼がある生物を見たと言っていました」
「だったらかなり特徴的だろうね。前足が翼みたいになっている種類ならたまにいるけれど、背中からっていうのは珍しいよ。それに加えて、ここの尖ってるヤツはたぶん角だろうな。哺乳類みたいな角が頭の天辺から生えてる大型恐竜ってなると、ますますおとぎ話みたいなものになってくる。本当にそんな生き物がいるとは、簡単には想像できないねぇ」
そのうえで、人と同じ言葉まで不自由なく操る、生物の上位存在っぽいなにかだ、というところまでは、さすがに話す気にはなれなかった。自分が実際に遭遇しているなんていう経験さえなければ、俺だって信じていなかっただろう。
「ビートロマジロだって十分不思議だったと思うのだけれど」
ライフがボソリと小声で呟いたのを聞いてしまい、ちょっと笑ってしまった。
「なんだなんだ、面白そうな話してるのか?」
そこへ後ろの車両から飛び移ってきたフレアが会話に加わってくる。「恐竜の話をしていたんだ」と言うと、「なるほど~、恐竜はいいぞぉ、でかいし! つよいし!!」と自慢げな顔をする。それから彼女は竜車内の空いているスペースに座り込むと、手に持っていた紙の大陸地図を宙で広げて俺たちに見せてくれた。
砦の大門をくぐり抜けてから西へ向けて走り続けること半刻と少々。もうすぐこの国の名前の由来になっている『ペルデンテ高原』に出る頃合いだと、フレアは話す。そこからさらに西へ真っ直ぐ進んだ先に、ペルデンテの経済の要である首都に到着する。
そして今俺たちが乗る竜車が走っているのは、巨大なトンネルの中であると聞く。言われてから荷車の天幕を少し開いて外を見てみると、周囲は夜のように真っ暗だった。
御者の男性が自慢げな顔でトンネルの説明を始める。
「このトンネルは大陸北部と西部を繋ぐ交易の大動脈なのさ。ペルデンテがまだ建国されるより前の時代にできたもので、海を越えて移住してきた先人のアブロードたちが一番始めに行った偉業だと記憶されている」
標高の高い山脈地帯のただ中に、岩をくり抜くようにして築かれた国が、ペルデンテ共和国だ。当時は険しい山道しかなかった大陸の北西部に生存のための活路を見いだした先住民たちは、故郷から持ち出してきた炭鉱技術を活用して、この長距離移動用のトンネルを作り上げた。
トンネルの先にはペルデンテ高原と呼ばれる、国内で唯一の平らな土地が広がっていて、ペルデンテの経済活動のほとんどはこの高原の上で行われている。そのためこのトンネルが出来て以来、ペルデンテの経済は急速に発展していったのだという。
そこまで話を聞いていたところで、今度は真っ暗だったトンネルの奥が眩しく光り始めた。それは暗闇に慣れた目にはとびきり眩しい、太陽の陽射しだった。
「出口が見えたぞ」
御者の男性が教えてくれた言葉の通り、まもなくして俺たちが乗った竜車は長い長いトンネルを抜けて、背の低い植物が一面に敷き詰められた『ペルデンテ高原』の一角に飛び出していった。
背の低い高山植物が一面に敷き詰められた緑色の大地。吹き抜ける爽やかな風。いつもよりずっと近く感じる空と雲と、眩しい太陽。その景色の奥にそびえる山脈の雄大な連なりを前に、俺たちは思わず感嘆の声を上げた。
「ここがペルデンテ高原……!」
「空気が随分と爽やかなのね」
「標高が高い場所だから、環境汚染の度合いが他の土地より低いんだよ。おかげでしっかり世話をすれば作物は育つし、放牧もできる。ペルデンテはウィルダム大陸で唯一、酪農で生活できる場所だと言われてるんだ。草や岩の影を見れば野生動物だってそれなりに見つかるから、狩猟も盛んなんだ」
そう言われてからゴーグルの機能で空気中の汚染度を確認してみる。確かに、逆さ氷柱ほどではないが低い数値が表示されている。
「だからこそ、アルレスキュリア人はペルデンテ人がこの土地に暮らしていることを妬んでいる」
先に発した祖国愛がこもった台詞の後に、フレアは一言だけ添えるように、そう言い残した。声はいつもより低く、重く、少しばかり真剣で、それを発した彼女の横顔からは怒りの感情を仄かに感じ取れた。
そのすぐ後のことだ。突然、竜車に取り付けられていた大型の通信機から爆発的な音量の警報音が鳴り始めた。驚いた恐竜たちが動きを止めたとともに、竜車が大きく揺れ傾き、唐突に停止する。その間も通信機のスピーカーはビービーと鼓膜をつんざく音を鳴らし続けている。
一体何が起きたのか。通信機のすぐ側にいた隊員が急いで対応しようとしたが、通信が来たわけではないため、音は簡単に鳴り止まない。痺れを切らしたフレアが割って入って通信機の画面を確認する。
「緊急事態発生……!?」
鳴り響く警報音の中、驚きの感情が滲んだ声が俺の耳に混ざって届く。
そのすぐ後のことだ。高原の大地の上を、何か大きな鳥のような形をした影がいくつも通り過ぎていく様を見た。
あれは一体何なのか。急いで真っ白な空を見上げてみた俺たちの目に飛び込んできたものは、西の空へ向かって真っ直ぐに飛行する、戦闘機の一団だった。