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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述12 狼煙を上げよ古戦場
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記述12 狼煙を上げよ古戦場 第1節

 1810、2240、3020、3360……

 渡された書類に表示された数字を頭の中で足し算する。二回、三回と暇つぶしがてら計算してみても結果は変わらない。向かい側の席では今も大柄な体をした鑑定士の男が計算機のキーをカタカタと忙しなく鳴らしている。こちらの数字はどうかと思って少しだけ首を伸ばして画面をのぞき込むが、やはり大したことはない。俺はげんなりとした気分で「この店もダメそうだ」と心の中で溜息をついた。

 路銀の足しになるかと思いフロムテラスから持ち出してきた宝石を換金しようと思い立ち、買い手を求めて停泊させたフライギアから市場へ出たのが五時間前のこと。無数に建ち並ぶ仮設テントの海を練り歩き、見つけた両替商のもとで査定を頼むこと、三件目。すでに時刻は正午を遥かに通り過ぎ、「終わったらお昼ご飯に行こうか」と待ってもらっていたマグナは待合室で居眠りを始める始末。

 これで満足いく買い取り金額になればよかったものの、そうはいかず。貴重な日中の活動時間をすっかり無駄にしてしまったなと、今朝の自分の思いつきを後悔している始末だ。

「終わったぜ、お兄さん」

 鑑定士が計算機に表示された数字を俺に見せる。結果はまぁ、最初からわかっていたことだが、話にならないくらい安い。故郷では高額であった純度の高い一級品もあったはずなのに、これでは大人一人が一月暮らすのがやっとという総額で、まったく話にならない。

「モノはいいんだが、このご時世じゃあどこ行っても同じだろうよ。金持ちが集まるラムボアードなんかなら多少は値打ちがついただろうが、それだって需要の問題で安く買いたたかれるのがオチだしなぁ」

 二件目に立ち寄った店の旦那にも同じようなことを言われた。俺は脱力して椅子の背もたれに体を預け、無意味に天井を仰ぎ見る。

「そんなしかめっつらなさんな、男前が台無しだぜ。売らずに持ってりゃ十年、二十年先には相場が上がる時もあるだろうさ!!」

 鑑定士は無精髭が盛んに生えた口元を大きく開けて、景気の良い大声で笑う。一件目に立ち寄った店も、二件目に立ち寄った店も、同じように大きな体をした豪快な男性が店番をしていたっけ。前向きというか、きさくというか、見ていて気持ちのいいところではあるが、ちょっとテンションが低い時に会話をするには少し疲れるタイプである。しかし、おそらくこれが大陸の西部に領土を持つペルデンテ共和国に住む国民の、民族的な気質というヤツなのだろう。

 汗と砂にまみれてゴワゴワした衣服に、泥まみれのツナギ、素肌の上に直接着ているつぎはぎだらけな薄手のシャツ。首に布を巻いているのは民族衣装のようなものだろうか? 刈り上げられた四角い頭の上にほわほわ浮かぶ白い汗の湯気は、はたして気温が高いせいか、体温が高いのか、心の熱量によるものか、いずれにしろ計り知れないものを感じる。

 情熱的かつ豪快、爽快、嫌なことがあったら笑って済ませる。それが彼らペルデンテ人の生き様である……と、到着初日に道端で酒を飲んでいたおじさんが騒いでいるのを小耳に聞いた。まさしくその通りなのだろう。

 同じ大陸に住んでいるもの同士なのに、王制国家アルレスキューレの国民とは全く違う。どちらも貧しく、毎日を精一杯生きていることには変わりないのだけれど。

 そこまで観察したところで、俺は受け取った宝石ケースの中身を確かめからて、席を立つ。

「それじゃあまた、相場が変わった時にでも顔を出すことにするよ。ありがとうございました」

「おう! 達者でいやがれよ、イケメンの兄さん!」

 店を出る前に待合席でスヤスヤ寝息をたてていたマグナを迎えに行く。「随分待たせてしまってゴメンネ」と謝ってみると、逆に向こうの方も「寝ちゃってすみません!」と恥ずかしそうに頭を下げてきた。そんなことで謝る必要なんて全くないのになと思いながら、俺はマグナの手を引いて両替屋の仮設テントの中から外へ出た。

 

 『龍探し』という不思議な目的を掲げた世界探索は、蛇行運転と各駅停車によるのんびりとしたペースで進行していった。道中では気になるところがあれば着陸し、人が集まる場所を見つければ寄り道し、情報収集という名目さえあればどんな遅延行為も許容される、柔軟かつ自由な旅路であった。

 まぁそんなことばっかりしているおかげで、当初の目的地であったこのペルデンテ共和国にやってくるまでには随分と日数がかかってしまった。急ぐ旅でもないし良いだろうと思うには思うが、あまりにもスケジュールの変更がありすぎたことに関しては、ライフやソウドから逐一小言をいわれたもので、少しばかりは反省している。たぶん。なにせみんなして、ペルデンテに来た理由を直前まですっかり忘れている始末であった。

『神女の天翔』

 以前にラムボアードの街で立ち寄った美術館に展示されているのを見た、龍と思しき不思議な巨大生物の姿が描かれた一枚の絵画。その作者であるアーツ画伯のアトリエがあると聞いた場所が、このペルデンテ共和国の首都である。

 本人がそのアトリエに滞在しているかどうかはまだわからないが、会って話を聞くことができれば、現状で手がかりがまるでない龍探しの旅にも進展が見えることだろう。

 ところが国境砦前にやってきた俺たちの眼前に真っ先に飛び込んできたものは、巨大な石積み城塞の前にずらりと建ち並ぶ仮設テントの群れ、群れ、群れ。それと砦の門前から伸びる、途方もないくらい長い旅人たちの大行列。これが全て、ペルデンテ共和国への入国希望者の集まりだというのだから驚きだ。

 なんとか見つけた小さなスペースにフライギアを停泊させ、外へ出て先人から話を聞いてみると、どうやら原因は砦内で行われている入国審査の予期せぬ厳重強化にあると判明した。これも全てはペルデンテ共和国と王制国家アルレスキューレの関係悪化から生じたもの。まだ戦争こそ起きていないものの、十年続く冷戦の中で対立の火種は刻一刻とその温度を増していき、いつ開戦してもおかしくない状態にあると、待機列に並ぶ旅人たちは口々に不安がっていた。

 とはいえさすがは過酷な環境で生き抜くウィルダム大陸の住民たち。検問が厳しくなったうえに審査を受けるだけでも週単位で待たなければならないことを知るや否や、砦の前のそこら中にテントを張り巡らせて居座り始める。一つ二つ、十や二十ならまだ良いものの、それが三桁をゆうに超えると辺り一帯は賑やかな市場の景色に一変した。検問が強化されてまだそれほど日は経っていないという話なのに、少し外れにある小さな平地を耕して作物を育て始めるものまで現れる次第であった。

 そんなこんなで他の旅人たちの例に漏れず砦前で立ち往生をくらってしまった俺たちは、しばらくの間この真新しいテント村に滞在して、ペルデンテに入る方法を探すための情報収集をすることになった。入国許可証を得るために審査待ちの列に並ぶという選択肢は、まず無い。なぜなら俺たちがここへ来るまでに乗って来た旅の足は、元アルレスキューレ国軍所有の軍用機だ。怪しまれるどころか真っ黒な目で見られて即刻どこかしらに連行されるに決まっている。そうでなくてもこの国の人間は人種問題に厳しいのだから、アルレスキュリア人が一緒だと聞けばまるでいい顔をしないのだ。何の問題も無く審査をパスできる可能性など無に等しい。

 フライギアを使って空から入国するなんてしたら、それこそ犯罪者だもんなぁ……

 気疲れからか少しばかりぼんやりとした頭で空を見上げる。炎天下の陽射しが照り返す岩山の上。薄い空気と乾いた風が忙しなく吹き荒れる風景の中、ふと、どこかから食欲を誘う香ばしい匂いが漂ってくることに気付いた。

 視線を降ろし匂いの出処を探るべく左右を見回すと、建ち並ぶテントとテントの間に一軒の屋台を見つける。

『ペルデンテ自慢の郷土料理 ハプノエ』

 鉄製の立て看板にペンキで書かれた文字を見て、がぜん興味が湧いた。一緒に歩いていたマグナもこの屋台の存在に気付いたようで、さっきから物欲しそうな顔で「じっ……」と屋台の中にある何かを見つめている。

 時計を見て、値段を見て、俺は財布から一枚の貨幣を取り出すと、屋台の店主に手渡した。

「ひき肉、きざんだ根菜、少しの香辛料を手ごねで混ぜて丸めた肉団子をね、このふっくらとした小麦生地で包んで蒸し焼きにしたものさ。こうやって……ほら、当店特製のソースをかければ、すぐにおなかが空いてくるだろう?」

 こちらが旅人だと察した屋台の店主は、嬉しそうな顔で自慢の『ハプノエ』について説明を始める。耳で聞いているだけでもお腹が空いて仕方なくなる内容であったが、残念ながら俺自身は成分表の判明していないものを易々と口に入れることができない体質だ。買うのは一つだけ。これは、後ろでソワソワしながら待っているマグナくんに食べさせる分になる。

「はい、どうぞ」

 厚紙に包まれたハプノエを手渡すと、マグナくんは嬉しそうなはにかみ笑いを浮かべながら「ありがとうございます」と、やけに丁寧な言い方でお礼を述べた。よほど嬉しかったのだろう。

 大きなこげ茶色の瞳がパチパチと瞬き、厚紙の中から顔を出したハプノエの表面をじっと見つめる。それからカプリと音を立てるようにかぶりつき……

「ぁついっ!!」

 と悲鳴みたいな声をあげて驚いた。

「おいおい、火傷しないよう気を付けなよ?」

 顔を急激に真っ赤に染めて慌てるマグナを見て、屋台の店主も微笑まし気な笑みをこちらへ向ける。

 そこでふと、視界の上の方に何か変なものが映り込む。黒い影。あれはなんだ? 逆光でよく見えないけれど、よく目を凝らしてみると、これは……人影か。なんと、目の前の屋台の上に、誰かが立っている。

 というか、仁王立ちをしている。脚を開いて、腕を腰に当て、真っ直ぐに顔を向けたその先にあるものが、自分たちであると気付いて、嫌な予感がした。

「そこの仲睦まじげな兄ちゃん、チビちゃん、ちょい待ちなっ!!」

 やだ。話しかけられちゃった。

「な、なんですかー?」

 あーぁ、マグナくんったら、返事をしちゃった。

「おーおー、そうだよそうだよ、そこのチビちゃん! そう、特にそっちのチビちゃんの方だ!! アンタひょっとしてもしかすると、グラントール人のチビちゃんかい!?」

「えっ! グラントール人!?」

 謎の人物の声に反応した店主が、屋台から身を乗り出してマグナの顔を凝視する。それから数秒後に「わ、本当だ!」と感動したような声をあげた。

「だったら話は早いよな!! ……とうっ!!!」

 眩しい太陽を背に掲げた黒いシルエットが、何を思ったか唐突に飛び上がり、俺とマグナの目の前で着地する。

 溶けるように消えた逆光の影の下から姿を現わしたものは、なんと俺よりも背が高い筋肉質な体格をした成人女性。ペルデンテ人特有の豪快、爽快、嫌なことがあったら笑って済ませる心の熱さをこれ以上ないくらい感じる暑苦しいオーラを身に纏ったその人は、地に華麗に降り立つとともに、意気揚々と名乗りをあげた。

 

「このペルデンテの大番犬ことフレア・ケベス様が、アンタたちに親切にしてやろう!!!!!」

 

 正直、反応に困るよ。

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