記述11 望むがままに巡れ、世界 第2節
目映い光の中で意識を失った後、次に目を覚まして最初に見たものは、草木を積み重ねてできた自然物の天井だった。周囲は薄暗く、空気はとても湿っている。トンネルのような空間の外からはザァザァと雨の降る音がする。
ここは、あの黒い生物と初めに出会った穴の中に違いないと、すぐに気付いた。
「あ、目が覚めたの?」
「よかったぁ、ディア! 心配したんだよーっ!!」
天井を見上げたまま静止していた視界の端から、ウルドとマグナが顔を出して覗き込む。どちらも心配そうに俺の顔を見下ろしているが、心配せずにいられないのはこちらも同じであった。
体を起き上がらせて、改めて二人の顔を、体を、交互に見る。怪我をしている様子は……少しも無い。あれほど悲惨なめに遭ったのに、どうして? 出血の様子はない。不調の様子もない。それどころか、自分たちが危険なめに遭ったという覚えすら無いように見えた。
明らかにおかしい。俺はついさっきまで、確かに赤い水晶石に囲まれた湖のほとりに座り込んでいたはずなのに。周りには銃に撃たれた仲間たちが倒れていて、大量の鮮血が俺の服を真っ赤に染め上げていた。それが今は、まるで何もなかったかのように、何もかもが平然としている。
すぐには信じられない状況に戸惑いを感じていた。けれど、こういうことが起きたのは今回が初めてというわけでもない。そう、逆さ氷柱の時と同じだ。突然、夢幻の中のような、全てが曖昧な認識しかもてない不思議な空間に取り込まれて、目覚めた時には知らない場所にいる。
懐から通信端末を取り出し、日時を確認する。日付けは変わっていない。しかし、時刻はなんと、ほんの少しだけだが遡っている。夕方にはまだ早く、外はまだほんのりと明るい。詳しくは把握していなかったが、これはおそらく俺たちがフライギアを出てから黒い生物を最初に発見した辺りの頃合いに近い。
「覚えてる? ディアってば、森の中で急に気を失って、倒れちゃったんだよ」
俺が戸惑いがちに周りを見回していると、まだ調子が悪いのかと心配したウルドが声をかけてきた。けれどその言葉も、まったく身に覚えのない内容だった。
「……うまく、思い出せない。どういう風だったんだい?」
「えっと……実はワタシたち二人も、ディアさんが倒れた瞬間は見ていないんだよ」
「ほんのちょっとの間、変なところだねって言い合いながら森の中を見渡してたの。それでディアの方を見てみたら、突然地面の上にうつ伏せになってて……」
「あぁ、だからこんなに服が真っ白なのか。この森はぬかるみの泥まで白いから」
「暢気に言ってる場合じゃないよ。本当に心配したんだからね!」
「うん。ほんと、次からは気を付けるよ」
言いながら、元気そうに会話を続けてくれるウルドとマグナの顔を見つめる。時間が巻き戻されたなんて信じられない事態が起きたとはいえ、先の記憶で見たものが現実ではなかったとまでは言い切れない。だとすれば、あの時の自分の行動はあまりにも迂闊なものばかりで、ほんの少し省みただけでも弁解のしようがなかった。本当に、深く反省しなくてはいけない。
凄惨な有り様だったろう。寝食をともにし、ここまで一緒に旅をしてきた仲間たちが、一瞬で、銃器なんていう簡単な造りの小型兵器によって皆殺しにされた。
突然の敵意は集団でもって俺たちの周りを取り囲み、まるで優位性を見せつけるかのように少ない弾数で、なおかつ的確に急所だけを射抜いていった。使用する銃器や弾丸の種類も必要に応じて使い分けていたように見えたし、そのうえで、初弾の距離はウルドでも気付かないほど遠く離れていた。
用意周到かつ、確固たる殺意をもった蹂躙。生物の命を『処理』することに、何のためらいもない冷徹さ。あれはJUNKが所有する戦闘機械兵に違いなかっただろう。問題なのは、なぜ俺たちなんかを標的にしてきたかだ。
そしてなぜ、俺だけは殺されなかったのか。心当たりなら、あるけれど。
「ディア、まだ顔色が悪いよ。それに難しそうな顔してる」
「悪い夢を見たんだ…………人が死ぬ夢だった。それから……」
空に向かって真っ直ぐに伸びる光の柱。こちらもまた気掛かりな現象であった。あの光は、勘違いでなかったとしたら、ソウドの死体から発生していたように見えていたのだが。
「そうだ、アイツは……ソウドは今、どこに?」
「突然どうしたのさ。ソウドなら森には一緒に来ないで、フライギアで留守番してるって話だったじゃない。エッジとライフと一緒にね」
この場にはいないと、ウルドは言う。確かにそうだ。あの時はウルドにフライギアまで連絡をとってもらって、それで初めて森の中まで出てきてくれていた。ならば今はどうだろう。
急に不安になって、俺は手の中に握りしめたままでいた通信端末の画面に触れる。そしてフライギアで今も待っているはずのライフへ連絡をとった。
しかし、通信機越しに聞いたライフの言葉に絶句させられた。
『そうよ。たった今なの。たった今、どこにもいないじゃないって気付いて。それからエッジさんまで、あの人を探しに行くって言って一人で外へ出て行ってしまったの』
フライギアの内部から、ソウドの姿が消えてしまったという。ライフもエッジも「外へ出てくる」などの声をかけられた覚えは無く、部屋の中に書置きを残したりなどしているわけでもない。それに艦内に残っている二人には、ソウドがいつどのタイミングでいなくなってしまったのか覚えがないのだという。ふと気づいたら、いなくなっていた。その前に顔を合わせたのはどのタイミングだったかも、うまく思い出せなくなっているらしい。
『ちょっと用事があって外へ出ただけかもって思いもしたのだけれど、エッジさんがとても深刻そうな顔をしているから、なんだか私まで不安になってきちゃって。あの人、クールぶってるわりに律儀なところがあるから、勝手に一人で森の中に入るなんてありえないと思うの。しかもエッジさんにすら無言でよ? ちょっとありえないじゃない。とにかく彼がそっちの方へ行ってないかとか、良かったら確認しておいてほしいの』
「わかった。こっちでも探してみるよ」
『よろしく頼むわね。でも、すぐに帰ってくるかもしれないから。その時は私の方から連絡するわ』
「ありがとう。もうしばらくだけ、留守を任せたよ」
通信を切り、ソウドの行方についてしばしの間一人で考え込む。心当たりがあるとしたら、気を失う前に見たあの目映い光景だ。眉間を撃ち抜かれて倒れたソウドと、同じ場所から発生した光の柱。今、あの光の柱があった場所がどうなっているか確かめる必要があるんじゃないだろうか。
俺はウルドとマグナにも事情を話し、それから「湖に行ってみようと思う」と提案してみる。二人はこの白い森の中に湖があることすら知らないようであったが、「ディアがそう言うなら」と受け入れてくれた。