表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述8 世迷い人と交差点
53/212

記述8 世迷い人と交差点 第8節

 次の日の朝、ホテルを出てすぐのところにアゼロが立っているのを見つけた。

「イモリでももうちょっと良い寝床で眠ってると思うよ」

「オマエどうせ水槽の中にいるところしか見たことないだろ」

 昨晩、心身共にあまりに疲れすぎていた俺は、フライギアに戻るまでの距離を歩くことすら億劫に思って、たまたま見つけたカプセルホテルの一室で眠りについた。紙幣一枚を自販機に通すだけで屋根の下で眠れる便利さはありがたかったけれど、その分与えられたスペースはシングルベッド一つ分より狭かった。ゴワゴワとした毛布一枚を体に巻き付けながら眠った時の体験は、棺桶の中に入った時の感覚ともまた違う、喩えるならば蛹にでもなったような気分を味わえるタイプのものだった。

「それで、アゼロはどうしてこんな朝早くから俺の前に現れたりするんだ? 俺がオマエのパシリになってやると言った期間は、お目当てのディア・テラスさんとやらに再会できたところまでだからなって、最初に言っていたはずだと思うが……これ以上、俺に何の用があるっていうんだ」

「そのアゼロって呼び方、やめてくれない?」

「はぁ? なんで今更?」

「理由なんて聞かなくていいでしょ。とにかくもう、これからは使わないで」

「別にいいけどさ」

 随分と自己中心的な気の変わり方をするものだ。出会い頭に「僕の名前はアゼロ・ウルド!」と聞いてもいないのに名乗ってきたのはそちらじゃないか。別にいいけど。こだわりとかないし。

「それで、要件ね。昨日の夜にディアが泊まっていたホテルに大陸商会からの使いが来たんだ」

「ついに逮捕でもされたのか?」

「用があったのは僕でもディアでもなかったよ。だから今、僕がわざわざ、アンタを呼びに来ているわけ」

「なんで俺なんかに……」

 と、疑問を口にしてみたところで、昨日起きた出来事の数々が頭の中を鮮明な調子でフラッシュバックしていった。呼び出されるだけのことをしたという心当たりなら、山ほどあるな。

「商会の連中が何を考えてるかなんて僕が知るわけないけどさ。このまま無職で路上に放り出されるより、豚箱の中にいる方がまだ気が楽なんじゃないかなと思ってね。だからわざわざこうして、ソウドを探してるよって、教えに来てやったわけ」

「そいつはどうも、お世話おかけいたします」

 皮肉をたっぷりと込めた感謝の言葉をぶつけてやったら、ウルドはツンと唇を尖らせてそっぽを向いた。つくづく他人への好意を表現するのが苦手な性分をしているらしい。照れ隠しをするのもお節介をするのも下手で、そういうところが妙に俺と似ている。

「地図を渡しておくから、さっさと行ってきな」

 そう言うとウルドは最後に俺に一枚の紙切れを投げつけてから、ぴょんっと建物の壁をジャンプで飛び越えて、どこかへ行ってしまった。普通の人間は気軽にそういう運動をしないんだけどなぁ、と思いながら、去りゆく同胞の後ろ姿を見送った。

 

 

 渡された紙切れには大陸商会側が指定した建物の住所が書かれていた。そこはラムボアードに滞在している者ならば誰もが知っているほど有名な娯楽施設がある場所だ。背の高い塀と柵に囲われた広大な敷地面積の内側にはレストランやら賭博場やらがたくさんあって、俺がこれから行くのはその中の一つである富裕者向けの貸別荘だった。

 訪問する時間帯などについての指定はされていない。ならば今すぐに行かなくてもいいんじゃないかと考えはしたけれど……生憎、俺は暇人だ。現在進行形で記憶喪失真っ最中な俺には、自分でも引いてしまうほど「やるべきこと」も「したいこと」も存在しない。だから今回のような「これでもしとけば?」の誘いは、どんなに内容が胡散臭かろうと、俺にとってはありがたいものだった。

 良い暇つぶしになるといいんだけどな。

 暢気なことを考えながら目的地に到着すると、指定された建物の門をくぐる直前で、見知らぬ女性に声をかけられた。

「ソウド・ゼウセウト様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」

 灰色のスーツをキッチリと着込んだ、いかにも礼儀正しそうな雰囲気をまとう女性であった。彼女はどうやら俺をこの場所へ呼びつけた人物の秘書らしく、手短な挨拶と説明をサラリと済ませた後に「こちらへどうぞ」と案内を始める。手際が良いというよりも、忙しそうだと形容する方が良さそうな仕事ぶりだ。

 これから一体何をさせられるのだろう……と、最近起きたあらゆるハプニングのことを思い出しながら、秘書の後を付いていく。けれどこの警戒は今のところ杞憂だったようで、彼女に通された部屋は想像より二回りは『普通』な内装をした応接室であった。物珍しげな調度品がいたるところに飾られている点さえ除けば。

 部屋の真ん中にはいかにも応接室らしいシンプルなデザインのソファが設置してある。そしてそこには、大きな真珠のネックレスを首にぶら下げた、ややふくよかな体形の女性が一人座り込んでいた。

「マダム・ミラジェスタ。お客様がお越しくださいました」

「ご苦労様。あとのことは私がしておくから、あなたはもう下がっても良いわよ」

「ですがマダム……」

「私だってお茶くらい入れられますのよ」

 マダムに不機嫌な態度をとられた秘書は「失礼いたしました」と一言だけそっけない返事をした後に、黙って部屋を出て行ってしまった。彼女たちはあまり良好な関係を築けていないのだろうか。

 秘書が部屋の扉を閉める小さな音が、パタリと鳴った。その様子を振り返らずに見送ったマダム・ミラジェスタが、今度は俺に向けて「そちらへお座りなさいな」と声をかけてきた。

 俺は不審に思いつつも、彼女に言われた通りの席についた。

 

「私の名前はモンロ・ミラジェスタ。この大陸最大の商業都市ラムボアードを支配させていただいている組織のトップ、大陸商会のギルドマスターことマダム・ミラジェスタとは、外でもなく私のことよ!」

 なんて自慢げな自己紹介から始まった知らない女との会話。俺からしてみれば「ふーん」という反応しか返すことができないため、とりあえず何の言葉も返さずに黙っておくことにした。すると思ったより冷めきった態度をされてしまったマダムは「そうでなくちゃ」となぜか満足気な表情で笑い出した。

「噂はかねがね。評判通りのクールで素敵な殿方なのね。とっても嬉しいわ」

 素敵な殿方であることを否定はしないが、クールであるかどうかは自己分析のうえでも微妙であった。

 このマダムはとにかくおしゃべりが大好きな人だったようで、その後もしばらく、話し相手を見つけて喜ぶ孤独な老人さながらの世間話や雑談をペラペラペラペラと話し続けた。

 

「この季節は谷底に流れる水の量が減るけれど、代わりに純度が高くて美味しい水もたくさん手に入るようになるのよ。あなたは口にしたことがあるかしら」

「グルメって大切よ。最近は大陸の南東部からとっても美味しい香辛料が届くようになったばかりで、シェフのみなさんは誰が一番見事な腕をふるえるかの競争ばかりしているの」 

「最近はアルレスキューレとペルデンテの仲がいっそう険悪になってしまったでしょう? 私たちはこの通り、商売と流通を生業にしているからどちらの味方にもなれませんのよ。この街の住民たちもみんな同じ。心の中では受けた恩や仇について、あれやこれやと思いを巡らせているけれど、言葉にはできないの。態度には出しちゃっているかもしれないけれど。だって私たち、お金が大好きなんだもの」

 

 コミュニケーションと呼ぶにはあまりに一方的すぎる会話がしばし続く。その間俺は気の利いた相槌なんて少しも返してやっていなかったけれど、それでもマダムが機嫌を損ねるようなことはなかった。

 彼女が本当に大陸商会のギルドマスターであるというならば、それはこのウィルダム大陸の中でも指折りの権力者であるわけだ。けれどマダムは身分のわりに気さくで平凡な印象を受ける人柄をしていた。それに加え、自分から好んで口にしている話題のほとんどがラムボアードで暮らす人々の生活に関する者ばかり。悪い人ではないのかと、警戒していた俺の方が拍子抜けしてしまうくらいの普通ぶりだった。

 そんなマダム・ミラジェスタとの会話が、不意にこちらへの質問に切り替わった。

「ところでここからが本題なのだけれど、ソウド・ゼウセウト様。あなた、昨日のビートロマジロの件について、何か知っていらっしゃるでしょう?」

 ギクリと肩が跳ねた。

「いえ、何も言わずとも結構。そして怯えなくても良いのよ。むしろ私たちは、あなたと……それともう一人の勇敢で優しいお仲間さんに感謝しているの。今回あなたをここへ呼び出した理由は外でもなく、感謝がしたかったからに。あんなにどうしようもなかった事件を二つも解決してくださるなんて、とってもマーベラスよ」

 小さいビートロマジロと大きなビートロマジロの丸っこい容姿、それと間抜け極まりない二匹の着ぐるみとポンコツロボットの残骸が、順々に頭の中に浮かんでくる。俺ははたして次の記憶喪失で、この濃厚すぎる記憶を忘れられるのだろうか。甚だに疑問である。

「大陸商会のボスがわざわざ謝礼するようなことだったのか?」

「ビートロマジロについては討伐のためにアルレス軍に協力を要請するべきか迷ってしまうところまで行ってしまっていたのよ。それに加えて、今回の一件では動物たちと人間との間に不和を呼び込んでいた密猟組織のしっぽまで掴むことができた。本当に大助かり。大変にエクセレント」

「えくせれんとって……どうなんだ。流石に少々大袈裟すぎて信用できないぞ」

「いいえ、いいえ。どうぞ感謝させてくださいまし。私はあなたに感謝して、あなたはそれを受け入れる。それだけでいいの」

 そこまで聞いたところで、「あぁなるほど、俺たちに感謝することで得られる利益があるんだな」と察することができた。だったら大人しく感謝されてやってもいいのかもな。

「それでね、ゼウセウト様。他のお仲間さんたちはどちらにいらっしゃるのかしら?」

「俺には仲間なんていなかったはずなんだが」

「あらま。じゃあ昨日一緒に三輪車に乗っていたお方とはどのような関係で? とっても仲睦まじくお見えになったけれど」

「オマエ一体どこまで見物してたんだよ」

「支配者はいついかなる時も『全て』を見守っていないといけませんのよ。ねぇ、それよりほら、あの方々はいつこちらへ?」

「知っているわけがないだろ。俺とアイツは赤の他人だ」

 でも、俺と同じ理由でエッジの方にもマダム・ミラジェスタからの呼び出しが来ていたとするなら、あのお人好しが誘いを無視してどこかへ行ってしまうことはないだろう。

 憶測ではあるけれど、このまま待っていれば今日中にはこの部屋を訪ねに来ると思う。そう説明してやると、マダムは相変わらず人懐こそうな顔でニコニコと笑ってみせた。

「でしたら、ゼウセウト様はお仲間さんがいらっしゃるまでお待ちになっていてくださらないかしら。是非ともお食事をご一緒したいと思っていたところなのよ。私たちに御馳走をたーくさん振舞わせてほしいわ」

「勝手にしてくれ」

「まぁ、ありがとう。ボスはとっても嬉しいわよ。それじゃあまた今晩、お食事の準備ができたらお呼びするわね。待ち時間には、そうね……施設内のスイートルームをいくつか用意してあるから、お好きなものを選んで使ってくださいまし」

 相も変わらず胡乱なほどの歓迎ぶり。さらに言えばこのマダム、会話の最後になってもお茶出しのことを忘れていた。

 だから秘書に心配されていたんだろうなぁ。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ