記述8 世迷い人と交差点 第7節
踏みしめた地面の感触が硬くなり、街中に戻ってきたことを実感した。だからといって安心できることなど一つも無く、追っ手は今もすぐそこまで迫ってきているに違いない。近くに何か使えるものはないだろうかと首を動かすけれど、右も左も大型の輸送車が駐まっているばかり。ここはラムボアードの郊外にある、キャラバン隊専用の駐車場であるらしかった。
亀裂だらけのアスファルトで固められた駐車場の敷地内には、人の姿がほとんど見当たらない。先に起きたビートロマジロ災害の時に避難した人たちがまだ戻ってきていないのだろう。
「チャリンチョチョリーロ、チョリチョンチョチョチョー」
辺りの様子を見回していると、少し離れたところに駐まっている車の裏からヘンテコな歌が聞こえてきた。なんだなんだと不審に思って回り込んでみると、そこには十数台の中古自転車の前で手作りの旗を振っている客引き少女の姿があった。
「チャリンチョチョリーロ、チャリチョリ工房、後輪二つのパワフル自転車、チャリチョリ工房! 悪路上等荒野の旅にも荷運びにも、幅広用途で素早く寄り添う安定走行、チャリチョリ工房!」
危険を察知した途端に避難する賢い商人がいれば、それらが避難した後にできたスペースに新しく風呂敷を広げるずる賢い商人もいるということ。彼らは有事の際にはありがたい存在ではあるが、がめつさに関してはやはり呆れられるべきだった。
「チャリチョリチャリチョリ、チャリチョリ工房のパワフル自転車! こちら本日の目玉はレンタル落ちのセール品、今ならたったの……」
どこからどう見ても不審な挙動をした人物であったが、それ以外に購入を躊躇したくなる理由は一つもない。俺は大急ぎで客引き少女の前まで駆け寄ると、彼女の前に紙幣を突き出した。
「一つください!!」
「毎度ありがとうございまぁーっす!!!!」
すごくデカい声で返事をされた。少女が満面の笑みで紙幣を素早く受け取ると、慣れた指さばきでパパパパッと枚数を数える。急いで財布から取り出したから、いくら払ったかは自分にもわからない。
少女がお金に気を取られている間に、俺は売り場に並んでいる自転車のうち一つに手を伸ばす。ハンドル部分に吊るされた大袈裟なサイズ感の値札を暖簾のようにめくりあげ、タイヤの調子を確かめる。あまり良いチューニングとは思えなかったけれど、乗れないこともないだろう。何はともあれ足で走るより遥かにマシだ。
「あっ、お客様ったら! そちらは試乗用のため保険とオマケと割引クーポンが……」
「過量販売の話はまた今度にしてくれ! それよりオマエたちも早く逃げた方がいい!」
「えぇーっ、逃げる? 今からですか?」
ドガアアアアーーーーーーーン!!!!!!
ボオオオオオオオオオーーーーーーーーーン!!!!
ガガガガァァアーーーーーンッドドーーーーーーン!!!!ボコンッ!
会話途中にドカンとはじける爆発音が一つ、二つ、三つ四つ五つ六つ。振り返ると駐車場の反対側が炎上している。
一体どこからそんな火力が出ているのかさっぱりわからない謎の攻撃。駐車場に並んでいた無辜の車たちが爆風に煽られて宙を飛ぶ。そして爆発四散。なんて暴虐非道なことだろう。
パーツやらタイヤやらの断片がポトポトと黒い地面の上に転がり落ちた、その上に、赤土色の硝煙が竜巻の如き威風をもって巻き上がる。
深い煙の中から現れたのは、あの忌々しいシルエット。丸い頭部。ちっちゃい耳。みじっかい手足。邪魔そうなサイズ感のアンテナ。コミカルでしかない登場ポーズ。ムカつく決め台詞。
『 カーーーバカバッカバーーーーーーーン!!!!!!!! 』
「その鳴き声やめろ!!」
「煽られている場合じゃないぞ、ソウド! 彼らは、もうすぐそこまで追いついてきてしまっているじゃないか!」
近くにいたエッジが急いでこちらに駆け寄ってきて、俺を諫めてくれた。ありがとう。我を失っていたかもしれない。
「自警団のヤツらは足止めにすらならなかったってことか!?」
「ボディがよほど屈強なのだろう。やはりこの乱世を生き残るなら防御力こそ至高!」
「そういう話こそ後にしとけよ!!」
「あの、お客様? お客様? これは一体、何が起きて……」
『 見つけたぞーーっ、全身青ずくめども!! 』
『 KABA砲、発射しまーーーすっ!! 』
「わざわざ宣言してから出すな!!!」
「だから相手をするなと言っているだろう!!」
しつこいことこのうえないカバロボどもめ。荒野でエンカウントしてからラムボアードへ戻ってきた後も、かれこれ一時間以上『おいかけっこ』を続けている。いい加減走り疲れたし怠いし、見た目も言動もとにかくムカつくし、もううんざりだ。
「これなら倒せる!」とでも言わんばかりの笑顔で殴りに行った自警団たちは相変わらず役に立たなかったようで、とにかくとにかく相手をするのが面倒くさい。なぜか付いてくる。しつこい。殴って黙らせるにはメタボリックデザインなはずの腹の装甲が硬すぎる。
さらにいえば、カバは走るのが異常に速かった。
「後ろに乗れ、エッジ!」
「わかった」
自転車の後輪部分についた荷物置きにエッジが座る。それを確認してから、俺はペダルをこぎ出した。
「あっ、お客様-! おつりおつりー!」
「チップにしておけーーっ!!」
「マジですかーっ!? やっ……わああああああああああっ!!!!!!!」
どかーーーーっん
背後からまた一つコミカルな破壊音が聞こえてきたけれど、とりあえず気にしないことにした。
無駄に俊敏なカバロボは、走り出した自転車の後ろをドッシンドッシンドッシンドッシン音をたてながら追いかけてくる。大迷惑。
自転車を手に入れたおかげで自分の足で走るより遥かに楽になったけれど、ヤツは足が短いくせに歩幅が大きい。障害物の上を小刻みにジャンプして一直線に迫ってくるところも厄介だった。たまにロケットエンジンも使う。原理不明。
全速力でペダルを漕いだところで、やはりカバはどんどんと距離を詰めてくる。
『 捕獲! 捕獲ーーーーっ!! 』
『 KABA-NET、発射しまーーーすっ!! 』
「またあの珍妙な兵器を使用するつもりなのか!?」
「アイツ等なんでもKABAって付ければいいと思っていやがる!」
「悪口はよくないぞソウド!」
ぴゅんっ ぴゅんぴゅんぴゅんっ!
後方から何かが射出される音が聞こえてきた。気になって思わず振り返りそうになってしまったが、そこは我慢だ。
「左!」
チャリ漕ぎに集中する俺の代わりに後ろを見ていてくれたエッジが声をかけ、それに従って左へ右へ大きく蛇行。
「ぅわっ! なんだこの網!?」
「ひゃあぅ!」
「動けないーっ!!」
攻撃に巻き込まれた人たちの悲痛な声が聞こえてきたが、まぁ網にかかったくらいなら命に別状はないだろう。無視だ!!
「って、わわわっ!! なんだよアレ!?」
自転車とロボとの理不尽なチェイスバトルの最中、急に目の前から大型の軍用車が突っ込んできた。大急ぎで道の端に避けようとしたら、急にハンドルを捻ったせいか知らないがタイヤが ぱんっ と可愛らしい音をたててはじけた。冗談じゃない。
安物の自転車はそのまま勢いよく転倒。俺とエッジは歩道の方へポポーンと放り出されてしまったが、戦車から飛び降りた時よりは痛くなかった。痛くはない。けれどあまりの格好悪さに心が痺れた。「ケガはないか」とすぐに駆け寄ってきてくれたエッジの優しさを背中に浴びて、さらに居た堪れない心地になった。
「エッジさん!?」
俺が地面に顔を突っ伏していたところへ、誰かがエッジの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。「え?」と思って顔をあげてみれば、エッジの目の前にいつの間にか見知らぬ女子が立っている。
「ライフじゃないか! こんなところで見つけられるとは……」
「こっちだってずっとあなたのことを探していたのよ。でも今はぜんっぜん、そんなこと話してる場合じゃないじゃない。早くその大きいのを起こしなさい!」
そちらの方こそ植林したばかりの若木程度の身長しかないくせに態度ばかりが大きいようだな。起き上がりながら改めて顔を見ると、そういえばアゼロに渡された写真の中にこんな感じの外見をした子供が映り込んでいたような気がしてきた。頼りにならない記憶の詳細はどうであれ、エッジが仲間だと言ったのならば彼女は仲間か。
チュチュチュチュチュチュチュッ
ぴぴーーーーーーーっ!
シュシュシュシュシュ……シュッポーーーーン、ばばーーーーんっ!
『 撤退、撤退ーーーーーっ!!! 』
後ろで鳴っていたヘンテコな戦闘音が鳴り止んでしまい、いよいよ追い詰められてしまった俺とエッジの前に、タマス式ロボトニクス・KABA-next-MarkⅠ&Ⅱがにじり寄る。いや、記憶力良いな俺。
カバロボの太い腕と指が無言の迫力とともに眼前に迫る。
それを許さなかったのは、今さっき合流したばかりのライフだった。
ライフは腰のバックルから見たことが無いデザインのハンドガンを取り出すと、その銃口を容赦なくロボの手の平に突き付ける。
出力最大。
音の無い暴力が光線とともに凄まじい勢いで放たれ、次の瞬間に、カバロボの腕が指の先から肘関節まで派手に爆発した。
『 ウォオオオオオオオオンッ!!! 』
『 なんてひどいことを!!! 』
ロボの中からカバたちの悲鳴が聞こえてきた。そこへすかさず、ライフは同出力の光線を追い打ちで撃ち込んだ。撃ち込んだというか、連射した。
『 待って! 待って!? 』
『 え!? それどういう威力!? どこの武器!? 』
『 一般人が持っていいヤツじゃないよ!? 』
カバどもの言い分は全くもってその通りであった。
すっかり怯え始めてしまったカバを後目に、当人のライフはトリガーを引いても反応しなくなったハンドガンを手で叩きながら「ちょっと、これもうエネルギー切れ!?」とどこかへ向かって文句を言っている。エッジが「壊したら流石に叱られるぞ」と言ってライフからハンドガンをやんわりと取り上げたあたりからして、どうやら借り物であったらしい。
「彼らは今の攻撃で深手を負ったようだ。今のうちにここを離れ……」
「おーい、キミたちそこで何してるんだーい?」
また誰か現れた。今度はロボの巨体を挟んだ大通りの反対側。少し離れた場所からこちらに向けて、「おーい」と声をかける誰かさんの暢気な姿が目に入った。
いや、待て。あれってまさか。
「どう見ても危ない状況なのに声をかけてるんじゃないわよ!!」
「え? でも今の全然、危機感が無さそうだったよ? ロボットをいじめるのはちょっとどうかと……」
『 そこのピカピカした男ッ!! さてはコイツ等の仲間だな!? 』
今まさに対峙していたハンドガン女より遥かに弱そうなターゲットを新しく発見したカバロボは、すぐさまそちらへ狙いを定め、体全身でとびかかる。
「あぶないっ!!」
エッジが声を上げたところで、窮鼠と化したカバの攻撃を避ける余裕など無い。誰もが「これは終わった」と確信した、そのタイミングで、
「あっ」
天上から突如超スピードで急降下してきた何かが、カバロボの頭部を吹っ飛ばした。
一瞬で吹っ飛ばした。あの防御力だけがウリみたいなメタリックボディを、一発で。
大砲か、ミサイルか、隕石か。いいや、あれはまさか。
「ディアーーーーーっ!! もー、大丈夫だった? また危ないことばっかりしてー!」
「ウルドじゃないか! 君もラムボアードに着いていたんだね!」
「そうなんだ! 待ち合わせ場所とかちゃんと決めとけばよかったね。探すのちょっとだけ大変だったよ」
「急いでいたとはいえ、ちょっと無茶な感じはあったかな。次から気を付けようか」
なんだあの暢気さは。
「ちょっとディア! 今までどこに行ってたのよ! エッジさんもう見つかったわよ!!」
「えっ、本当かいライフ。それは良かった……って、なんでソイツがいるの!?」
「ん?」
合流を喜び合う仲間たちのやり取りを遠目に眺めていたら、突然そのうちの一人の注目がこちらに向かって来た。問い詰められたエッジはコロリと首を傾げる。
「知り合いだったのか?」
「知り合いじゃない!!」
じゃあなんで急に人の顔を見るなり指を差して文句を言ったりするのか。
「彼はソウドだ。俺がディアたちとはぐれてしまった後に、マーケットで出会ってから一緒に行動していた。俺のことを助けてくれたし、親切で、マジロ想いの良い男だよ」
「マジロ想い?」
エッジよりも深めに首を傾げ返すディア。
「……納得いかないけど、何はともあれ、これでエッジともウルドとも合流できて一件落着ってわけだね?」
傍らでは頭部を吹っ飛ばされたカバの残骸がぐったりと大通りを塞いでいる。しかしながら彼らにとっては一件落着であるらしかった。
「…………ねぇ、ディア。マジロで思い出したけれど」
「なんだい、ライフ」
「マグナくん、どこ?」
「あっ」
それから数十分後。彼らの最後の仲間であったマグナ・デルメテという少年が、タマス式ロボトニクス・KABA-next-MarkⅠ&Ⅱが発射した謎の秘密兵器「KABA-NET」の網の中から発見、救出された。