記述8 世迷い人と交差点 第1節
ギャグ回です。
「ディアを探してきて!!」
という一言とともに押し付けられた一枚のプリント写真には、金色の髪に金色の眼をした派手な見た目の若者の姿が映っていた。いかにも盗撮らしい構図に怪しさを感じて「本当に知り合いなのか?」と思わず心配してみたら「当たり前でしょ!」と怒られてしまった。
俺にはどうしてもアゼロみたいな真性の悪逆非道に友好的な交流相手がいるなんて想像できなくて、写真を持ってラムボアードの街に降りた今でも信じ切れていない。あんな、人間のことなんて全て同等に下等生物扱いしているようなヤツなんだ。信じられるか?
アゼロと出会ってからの三日間、本当にロクなことが起こらなかった。目覚めたら知らない大型フライギアの中にいて、正面には「うわ、まだ死なない!」とぼやいている全身黒ずくめの不審者が一人。いわくアンタは慢性的な記憶障害を患っていて、定期的に過去のできごとや自分の出自などの記憶を忘れてしまうのだとか。冗談みたいな話だったけれど、実際に何も思い出せないのだから、こんな危険人物の証言でも信用するしかない。
所持品の中に混じっていた通信端末や手帳の中に残っていた情報から、自分の名前がソウド・ゼウセウトであることはかろうじて把握できた。記憶を失う直前までの職業が傭兵であること。とある事情があってアルレスキューレから逃走してきたこと。アゼロが国の格納庫から盗んできた高級フライギアの運転手として半強制的に選ばれ、大陸の北部にある商業都市ラムボアードへ向かっていること。それ以外はさっぱりだった。ちなみに長すぎる髪は邪魔だったから切り落としてゴミ箱に捨てた。
幸いにも「技術」や「知識」といった能力は忘れずに残っているようで、日常生活を送る分には意外と不自由がない。フライギアの操縦はまだいいとして、機械修理や料理の腕なんてどこで習得したというのだろう。部屋の隅に溜まった埃の効率的な掃除の仕方だってしっかりと覚えている。便利だけど、かなり気味が悪くないか。
そんなこんなで苦労しながら過ごした三日間……アゼロときたら、年がら年中昼夜問わずワガママ放題好き放題。ちょっと顔を合わせればアレやれコレやれ、思いつきだけであっち行くこっち行く休憩する、おやつ食べる、うるさいから横で掃除しないで、ちょっとそこどいてよ。少しでも口答えすれば「拾ってやった恩を返すつもりはないの?」とか「殺すよ!」とかなんとか、ストレートな脅迫をもちかけてくる。完全に俺のことを舐めている。
傍若無人なふるまいは際限なく、一体どんな環境で育ったらこんな恥知らずな大人に育つんだと何度となく思わされた。どうせ金持ちの家で何の不自由もせず甘やかされながら育ったのだろう。食べ物の好き嫌いも多いし。
さらに言えば、隙あらばディア・テラスとかいう知らない男とのノロケ話や自慢話をしはじめる。上司や実家の愚痴も混ぜつつ。
「いい加減にしてくれ!!」
思わず通行客で混雑した大通りの真ん中で人目を気にせず声をあげてしまった。すぐ近くで突然大声を出されて驚いた何人かがこっちを振り返り、一瞬だけ迷惑そうな視線を向けてくる。途端に居心地が悪くなった俺は「何見てんだよ」と睨みをきかせて誤魔化してから、そそくさとその場を後にした。
今いるここは、東西に分かれた商業都市ラムボアードの東側。巨大な立体道路の下にいくつもの露店を広げたマーケットの一角だ。右を見ても左を見ても、人、人、人、物、物、物。食品から雑貨、はては家畜や不動産まで、多種多様なものがいたるところで取り引きされている。すれ違う人間の顔ぶれは多国籍で、アルレスらしい澄まし顔の成金もいれば、石炭の入った大樽を抱えたペルデンテ人もいる。
ウィルダム大陸の物流の中心地と言われるだけのことはあるが、これで今日はまだ人が少ない方だというのだから末恐ろしい。以前に来た時のありもしない記憶を頼りにすれば、ここからもっと西の方へ行けば富裕者向けの観光地まであったような気がする。こんな荒野のド真ん中で人工オアシスを作って豪遊させようなんて、商魂たくましいことこのうえない。いっそ感嘆してしまう。
さて、どうしたものか……
比較的通行量の少ない通路の隅で立ち止まり、もう一度アゼロに押し付けられた写真を確認する。それなりに珍しい容姿をしているから、誰かが少しでも目撃していれば居場所を聞いて回れるのだが、いかんせん、この人の数だ。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中。この群衆の海からたった一人の人間を見つけ出すなんて、至難の業と言えるだろう。
始めからアゼロの要望が無茶苦茶だったからといって、このままさっさと諦めて帰るのもいいかもしれない。
「ちょっとちょっと、そこの色男のお兄さん! 良いモノ入ったんだよぉ、見てっておくれ!!」
考え事をしていたら、すぐ近くの露店から売り子女の客引き文句が聞こえてきた。色男と言っていたから俺のことかと思って振り返ってみたら、案の定俺の方を見て手を振っている。
別に商品を見てやろうという気はおきなかったが、せっかく友好的な雰囲気なんだから彼女に写真の金髪男について聞いてみるのもいいかなと思った。これでアゼロには「一応探してはみたんだけどな」と言い切れるようになる。
「ほらこれ、これ!」
売り子女が座り込んでいる露店の前まで近付いてみると、なぜか彼女は商品ではなく自分の腕に巻いている薄汚れたミサンガを指さして「これだこれだ」と繰り返す。
「……なんだそれ。ふざけてるのか?」
「見覚えないのかい?」
急に怪訝そうな顔でそんなこと言われたって、わけのわからないものはわけがわからない。もう一度改めて彼女の意外と筋肉がついていて逞しい手首を確認してみても、やはり巻き付いているのはただの青い紐きれにしか見えなかった。
「忘れんぼうで悪かったな」
「そりゃあ残念だ。せっかく久しぶりに会えたっていうのに」
「あぁ、オマエ知り合いだったのか。それは悪いことをした。人間の顔なんて全部一緒に見えるんだ」
「アタシみたいなガサツバカ相手にそんなこと言ってくれるのはソウドぐらいだねぇ」
「名前も知ってるんだな」
「ご本人さまよりは詳しいかもしれないさ。それで、今回は一体何日目なんだい?」
からかうような口調でたずねられたって、答えたいと思う気持ちなんて少しも湧いてこない。こっちは真剣に悩んでいるというのに、実に失礼な女だ。
「まぁいいさ! それよりアンタ、国王が暗殺されたって噂はもう知ってるかい?」
「国王って、アルレスキューレのか? 知ってはいるけど、なんでまたそんなことを聞くんだ」
「うわ、その調子じゃあマジな話だったんだ! しかしこれでまた情勢が動いちまったわけだから、まったく、いつまで経っても世の中はアブロードにとって住みにくいままだ」
アブロード。それは大陸の外からやってきた難民たちのことをまとめて差別するために作られた言葉だ。彼らはアルレス人でもペルデンテ人でも、グラントール人の生き残りでもない立場にあり、国籍を持たず、根無し草な流動民として大陸のいたるところを彷徨っている。
どうやら彼女も、その一人であるらしい。
「ドミニオン国王は悪評に事欠かない男だったけど、移民政策については良いセンスしてんなって思ってたんだ。でも結局、よわっちいヤツはすぐ負けちまうんだな。噂じゃあ城外をおさんぽ中に、この間の暴徒の生き残りに刺されて即死だったんだって。どこまで本当の話だかしらないけど、刺されたくらいで死んでるような雑魚がこんな世紀末に王様やってんじゃねぇよってカンジ」
「随分不敬な物言いだな、オマエ」
「敬ってないからな!」
頭が良いのか悪いのかイマイチ判別しかねる女だ。しかし情報通なことは確かなようで、この様子だと通行人の顔もよく見て回ってそうだからちょうどいい。声が無駄に大きくてうるさいところはかなり厄介だが、彼女にディア・テラスについて聞いてみることにしよう。
と、思ったところで。
「少しおはなしを聞いてもらうだけだから。ね? ね? 本当に、イィ商品なんですよぉ、ぜひみてってくださいな?」
「だが、することがあって……」
「いいからいいから! あ、風船いります? サービスしますよぉ、お嬢ちゃんカワイイから!」
「俺は男なんだが……」
正面の通路から、黄緑色の毛が生えたヒポポタマスみたいな生き物が、ノッシノッシと短い足で二足歩行しながら歩いてきた。