決別と鎮魂歌
花の薫りは地に深く、鳥のさえずりは天高く。大地に降りそそぐ陽射しは透明で、頬をなでていく風はどこまでも優しかった。
長い風がふわりとなびいて、それを見た誰かが笑って、真似をするように微笑んでみせて。
なんて幸福なのだろう、なんて言葉が聞こえて、消えて。
あの日、空は見慣れない色をしていた。それは世界に光が満ちている証拠だと、誰かが言っていた。
覚えている。この尊大な魂の真ん中に、今も深く深く刻み込まれている。
瞳を閉じれば思い出す。青色の空の下に広がる物語。
いつだって清純に澄み渡っていた快晴の空。鮮やかな色彩に満ちた森の奥深く。
恵み。歓び。願いと祈り。奇跡をまとった神秘たちと生きた日々。
あの頃、深い深い泉の底から見上げたブルーサファイアの水面の外側には、全てがあった。
いつまでも慈しんでいたかった、愛すべきもの。
その全てが……あの時、世界の果てからやってきた、真っ黒な暗雲の向こう側へ流れ去ってしまった。
だから今は、奪われた分の空白だけがここにある。
代わりに手に入れたものは腹いせにしかならない怨恨とか、しがらみとか。
失ったままでいいのかと、生まれて始めて知った邪念が頭の中を渦巻いて、全てが、全てが、醜悪に創り変えられていった。
世界が変わる。変わる。変わっていく。
奪われたのならば奪い返しなさい。罵られたのならば罵り返しなさい。拒絶されたのならば拒絶し返しなさい。
壊れて、壊れて、壊れていく。
憤りならばいつも胸の中にあり続けた。こんな理不尽は間違っていると、天に向かって叫び続けた。
それがどれだけ不毛なことであろうと、他にすることなど少しも思いつかなかった。
けれどあなたは教えてくれた。
選ばないことだって愛なのだと。
世界が変わる。変わる。変わっていく。
誰かのために傷ついても構わないと思えるだけの感情が、この冷ややかな胸の中に芽生えていく。
これこそが救済であったと。
世界が変わる。変わる。変わっていく。
ぜんぶあなたのためだけに、死んでいく。生まれ変わっていく。
その先にある鮮烈な光に満ちた朝焼けの美しさを、受け入れずに生きていくことすらも、あなたは許してくれるのだ。
ああ、なんて慈悲深いことだろう。