表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述7 失われた栄光
43/212

決別と鎮魂歌

 花の薫りは地に深く、鳥のさえずりは天高く。大地に降りそそぐ陽射しは透明で、頬をなでていく風はどこまでも優しかった。

 長い風がふわりとなびいて、それを見た誰かが笑って、真似をするように微笑んでみせて。

 なんて幸福なのだろう、なんて言葉が聞こえて、消えて。

 

 あの日、空は見慣れない色をしていた。それは世界に光が満ちている証拠だと、誰かが言っていた。

 

 覚えている。この尊大な魂の真ん中に、今も深く深く刻み込まれている。

 瞳を閉じれば思い出す。青色の空の下に広がる物語。

 いつだって清純に澄み渡っていた快晴の空。鮮やかな色彩に満ちた森の奥深く。

 恵み。歓び。願いと祈り。奇跡をまとった神秘たちと生きた日々。

 

 あの頃、深い深い泉の底から見上げたブルーサファイアの水面の外側には、全てがあった。

 いつまでも慈しんでいたかった、愛すべきもの。

 その全てが……あの時、世界の果てからやってきた、真っ黒な暗雲の向こう側へ流れ去ってしまった。

 

 だから今は、奪われた分の空白だけがここにある。

 代わりに手に入れたものは腹いせにしかならない怨恨とか、しがらみとか。 

 失ったままでいいのかと、生まれて始めて知った邪念が頭の中を渦巻いて、全てが、全てが、醜悪に創り変えられていった。

 

 世界が変わる。変わる。変わっていく。

 奪われたのならば奪い返しなさい。罵られたのならば罵り返しなさい。拒絶されたのならば拒絶し返しなさい。

 壊れて、壊れて、壊れていく。

 憤りならばいつも胸の中にあり続けた。こんな理不尽は間違っていると、天に向かって叫び続けた。

 それがどれだけ不毛なことであろうと、他にすることなど少しも思いつかなかった。

 

 けれどあなたは教えてくれた。

 選ばないことだって愛なのだと。

 

 世界が変わる。変わる。変わっていく。

 

 誰かのために傷ついても構わないと思えるだけの感情が、この冷ややかな胸の中に芽生えていく。

 これこそが救済であったと。

 

 世界が変わる。変わる。変わっていく。

 ぜんぶあなたのためだけに、死んでいく。生まれ変わっていく。

 

 その先にある鮮烈な光に満ちた朝焼けの美しさを、受け入れずに生きていくことすらも、あなたは許してくれるのだ。

 

 

 ああ、なんて慈悲深いことだろう。

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ