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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述7 失われた栄光
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記述7 失われた栄光 第3節

 遠い遠い昔のこと、まだこの大陸に国というものが芽吹いていなかった頃のこと。空はくすみ、大地は痩せ、流れる水すら清純を忘れ果てたばかりの頃のこと。

 長く続いた戦争より生き残ったものたちは、この荒れ果てた大地のうえで、僅かな資源のためだけにつまらない争いばかりを繰り返していたという。

 同胞同士で殺し合う虚しさ。身内同士で奪い合う愚かさ。未来永劫に思える悲劇の連鎖を憂うものはあれども、その未来に光を届けようと立ち上がるものはいなかった。

 そんな時代の、ある日、ある時のことである。枯れ果てた世界の真ん中に、一人の英雄が降り立ったという。

 

 それは小さき体に純潔の心と博愛の眼差しを宿した神秘であった。

 それは暁色の輝きを身にまとい、迷える民の行く末を導く賢者であった。

 それは朝霜と銀雪を紡いで梳いた薄氷の髪に、白雪の肌、まだ見ぬ気高き蒼穹と同じ色の双眸を持つ救世主であった。

 それは清廉であった。

 それは救済であった。

 それは、この愚かな世界にたった一滴だけ取り残された、最後の慈悲であった。

 かつてこの世に確かに存在していた、神聖なるものの残滓であった。


 そして、まだ恋の一つも成就させたことがない、夢見る乙女でもあった。

 今を生きるアルレスキューレの民たちは、この幼い少女のことを、救国の聖女と呼び讃える。

 

 乱暴で嫌われものな父と、下劣で狡猾な母の間から命を芽生えさせた少女は、物心ついた頃から孤独とより沿いながら、ささやかな生の歓びと共に暮らしていた。

 他のものたちのそれと変わらず少女の世界も過酷なものであった。しかし少女には他のものにはない、一つの楽しみがあった。それは自分だけが姿を見て、言葉を交わせる神霊と、心を通わせ合うことであった。

 少女は確かに孤独であった。しかしこの神霊もまた孤独であった。だからこそ少女は神霊を愛した。神霊もまた彼女を愛した。

 彼女が生きる世界を愛した。恵みあれと、空に祈りを捧げた。

 その時はじめて、鉛色に沈んだ空に蒼き光が差し込んだ。

 光り輝く空を見た人々は争いの手を止め、あの光の下に何があるのか確かめるべく駆け出した。

 そして蒼き光の下に佇む一人のうら若き少女の中に神聖を見出し、彼女を聖女と崇め奉った。

 

 彼女の世界には光があった。少女の周りには愛があった。聖女の周りには恵みがあった。

 

 だから人々はその足元にひれ伏し、今までの行いを悔い改めると誓いをたてた。

 実に愚かな行いであったが、聖女はその清純なる心でもって彼らの罪を赦したもうた。

 こうして人々の心もまた聖女を中心として一つになり、聖女の導きのままに幸福を分け合う約束を交わした。

 世界には平穏が訪れ、光が満ち、長き繁栄の世が拓かれた。

 聖女を慕うものたちは、その世界の真ん中に一つの国を創った。

 それこそ聖女アルレスキュリアの名を冠した、最初で最後の偉大なる楽園、王制国家アルレスキューレであった。

 

 

 

 

 

 というのが、アルレスキューレに遥か昔から言い伝えられている建国神話であると、ラングヴァイレは熱弁する。

 その胡散臭い作り話のどこが、この寂びれた墓場と関係あるというのか。

 「むかしむかし~」と声を張り始めたあたりから「手身近にしてくれ」とあれほど頼んだのに、ちっとも聞き入れてくれないし、結局さほど関係ない内容のまま勝手に語り終わってしまったラングヴァイレは、何を満足したのかそのまま奥にある墓の方まで風のような速さで走り去って行ってしまった。

 俺が知りたかったのは、どうしてその『偉大なる聖女の血筋』が途絶えてしまったか、という箇所だったはずなのに、彼はその部分のことをちっとも説明してくれやしなかった。

「ラングヴァイレ卿と親しくなんてなってみれば、耳にタコができるくらい聞かされる話だぜ」

 ディノは横で楽しげに眺めていただけで、彼の熱暴走を止める気など最初から最後までなかったように見えた。二人揃って実に迷惑な性格をしているものである。

「それで結局、皆殺しうんぬんってのは何だったんだよ」

 文句を言ってやったところで、ディノは肩をすくめるポーズまでしてすっとぼけるだけだ。一発殴ってやろうかとついに拳が胸のあたりまで持ち上がったところで、ディノは「おっと、あの子の後を追いかけないとね!」とわざとらしくのたまうやいなや、逃げるように走り出してしまった。

 その去り際に、こちらを一度だけ振り返ったディノは、捨て台詞みたいな助言を一つだけ残していった。

「詳しくは隊長がくれたデータの中に入ってるぜ!」

 狐につままれたような気持ちになる一言だ。

 彼らの姿が壁の向こうに消えるのを見届けた後、俺は手元の端末の画面をのぞき込んだ。すると案の定、新規受信のメッセージが一件だけ増えていた。メッセージの差出人は相変わらず不明で、しかし誰が送って来たのかは、火を見るよりも明らかであった。


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