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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述6 取りのこされた君たちは
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記述6 取りのこされた君たちは 第8節

『それでどうだ。俺の最愛の息子は、もっともっと愛されるべきだと思わないか?』

 

 

 

 

 

 今、俺は誰の声を聞いたんだ?

 

 星空またたく世界が反転。

 辺り一面に真っ白な銀世界の静寂が舞い戻る。

 

 次に暗転。

 何にも見えない、真っ黒な暗闇の中。

 

 ここはどこ?

 俺は確か、ついさっきまで星空と花畑の間に座り込んで昔話を聞いていたはずだった。

 それがどうしてか、いつの間にか、見知らぬ真っ暗な空間の中をふわふわと浮かんでいる。

 ふわふわと、ふわふわと……なぜか体全体に、不可解な浮遊感がある。

 周囲の空気は異常なまでに重苦しい圧力に支配されていた。時たま視界の奥で稲光のようなものがパッと瞬き、遠くの方から雷鳴の音が轟いて聞こえる。ここはまるで積乱雲の中みたいなところだ。

 ふわふわ、ふわふわ……ふわふわと、暗闇の渦中に身を任せて漂いながら考える。すると頭の中に一筋の閃きが降ってきた。

 これは夢なのだろう。それ以外に、どんな真実があるというのだ?

 夢。それは人なら誰しも持っている、非現実を泡沫の中へ喚び寄せる幻想の力。

 なんだそれ? 聞いたこともない知識が頭の中に勝手に浮かび上がり、思考を支配していく。なるほどこれは確かに夢の中の話なのだろう。それも、自分以外の誰かが見ている夢の中。

 だとすれば、夢の主がどこかにいるのだろう。改めて周囲の様子を窺ってみれば、見渡す限りの視界全てには、相変わらず正体不明の真っ黒な流動体がゆっくりと渦巻いている。始めは暗雲のようなものに見えていたが、どうやら違うものらしい。霧のようにも、煙のようにも、闇そのもののようにも見える、漆黒の粒子の集合体。

 その真ん中に『何か』がいると気付いた。

 

『オイオイ、ビビってるのか?』 

 

 『何か』はあろうことか俺に向けて、人間の言葉で話しかけてきた。

 

『この俺様がわざわざ声をかけてやってるのに返事の一つもしないなんざ、大層な態度じゃねぇか』

 

 声。それは若い男の声だった。

 この声ならば……そういえば、さっきも聞こえていた。あれは幻聴ではなかったらしい。

 初対面なのに大層な態度を見せてくれているのは、そちらも同じではないだろうか? などと率直な口答えを頭の中に浮かべはしても、口にはできない。彼は見るからに、尊大な在り方を許容されてしまう類の存在だ。

 何もかもわからない状況にあっても、これだけは漠然と理解できる。

 今、俺は人間ではない『何か』と意思疎通をしている。

 返事をするべきなのだろうか、と思って口を開こうとしたら、口が無い。口がある感覚が無い。手も、耳も、鼓動も脈動も感じない。何もない。そもそも自分の体がこの空間の中に存在していない。幽体離脱みたいなものだろうか。意識だけが真っ暗な空間の中にあって、目に見えない狭苦しい檻の中に閉じ込められているようだった。

 

『あぁ、そうか。お前たち人間の魂には、神に言葉を届けるほどの力など有りはしなかったか。それは悪いことを言った』

 

 神?

 この声の主は今、自分のことを神と称したのか?

 

『名前は……そうか、ディア・テラスというんだな。正直全く興味はないが、この際だから覚えておいてやろう。本来ならば今すぐにでもお前の魂を引き裂いて、何も無かったことにしてやりたいところだったのだが……生憎、俺の可愛いエッジがお前のことを気に入ってしまったみたいなんだ。命拾いしたと同時に、光栄に思うが良い』

 

 エッジ? そうだ、エッジ・シルヴァ!

 俺はさっきまで、あの神秘的な青年と、彼の過去についての話を……聞いていた? いや、本当に?

 あれは本当に、彼の口から聞かされた昔話だっただろうか? それにしては随分と俯瞰的で鮮明な語り口だった。自分が生まれる前の話までハッキリと、まるでその目で見てきたように話していた。

 

『混乱しているのか? 勘が良いのか悪いのか中途半端なヤツだな。つまるところ、お前が見ていたのは全部夢だったんだよって、すでに答えは出ているんじゃなかったのか?』

 

 自らを神と称した、この巨大な存在の発言が嘘であるはずがない。

 

『避けて通っていたはずの中央雪原が突然目の前に現れるはずがない。超自然的な猛吹雪に巻き込まれて、墜落して、五体満足の無事でいられるはずがない。廃棄物に汚染されたウィルダム大陸に緑豊かな樹海なんて存在するわけがないし、逆さ氷柱だってどうかしていると思わなかったか? そもそも、どうして大陸の真ん中にだけ雪が降ったりするんだろうなぁ? どういう気候状態だよソレ。そんなの絶対おかしいに決まっているじゃあないか』

 

 彼は一体、何をムチャクチャなことを言っているんだ?

 

『それでも、この世界は今、こういう風にできている。全部が全部、神の願望によって創造された都合の良い夢物語だ。被造物たるお前たちは創造主たる神に支配され、その命が続く限りの生を翻弄されるべき運命にある。本来であればな?』

「あなたの目的は何ですか?」

 声が出た。一体どうやって発言したかなど、仕組は全くわからなかったけれど、とにかく口ではないどこかから声が出た。

『なんだお前、ちゃんと喋れるじゃないか……いや、なるほど……通りでおかしいと思ったら、お前、龍の瞳を持ってやがるな? それも随分と強力な。するとどうだ、この前の嵐で上手いこと仕留めきれなかったのは、ソイツの加護があったおかげというわけか。偶然手に入れられたにしても、運の良いヤツだ』

 神は暗闇の向こう側で不敵な笑みを浮かべている。

『ふん。まぁいいさ。何にせよ、こんなチャンスは滅多にないものだ。答えてやろう。つい先ほど、お前は生意気にも俺に向けて神意を問うたな? 答えてやろう。そして、問い返そう』

 彼がそう告げた途端、空気が変わった。

 

『ディア・テラス。お前に神と契約する気概はあるか?』

 

 何もなかった空間の真ん中に突如としてヒビが入り、亀裂が走り、大地が真っ二つに裂けるほどの破壊音が轟いた。

 真っ暗な世界のさらに向こう、今まさに生まれたばかりの巨大な亀裂の向こう側には、ここよりなおも深い闇が蠢いている。

 闇の奥にはさらに暗く、暗く、目映く輝いている暗黒が、そのさらに奥の奥の奥の奥深くで、二つの眼球が俺を見降ろしているのが見えた!

 それはこの世の全てを見据える全知全能たる支配者の双眸に違いない。

 神秘なる双眸を持つ『何か』は、再び俺に語りかける。

 

『ディア・テラス。お前はアデルファ・クルトにも会っているな? 故に、この世界の結末についても聞かされている。あの預言者気取りな博物学者の言葉の通り、このウィルダム大陸には平穏な未来など少しもありなしない。この大地の上にある全ての生命は、廃れ、爛れ、悲劇の渦中でもがき苦しみながら滅びゆく運命にある。

 ディア・テラス。小賢しいフロムテラスの賢者どもが生み出した迷い子め。お前は自分が死ぬことを恐れている。何よりも恐れている。そうであろう。そうであろう。ならばこそ、この俺と契約しようじゃないか』

 

 契約とは何か?

 

『俺の願いを叶えてみせよ』

 

 神の願いを?

 

『お前が俺の願いを叶えるのだ。さすれば俺が、お前の願いをなんでも一つ叶えてやろう』

 

 俺の願い……神の願い…………それは一体、なんだろう。

 途方もないくらい非現実的で、実現不可能な話を持ち掛けられているような気がする。

 けれど俺には、神の意に背くだけの強さなどありはしない。

 だからこそ、この奇跡的と表現するより他にない星の巡りを、とても都合の良い邂逅だと思ってしまった。

 

「契約します! あなたの願いを、俺が叶えてみせましょう!!」

 暗雲渦巻く奈落の底に向かって、自分の魂が叫べる限り精一杯の力で誓いの声をあげる。その声は、確かに神に届いた。

 二つの眼球が、深紅の瞳孔が、こちらを凝視しながらニヤリと歪んだ。

 幻聴のような耳鳴りのような嗤い声が全ての暗闇の中を浸透するように響き渡っていった。

 身の毛がよだつほどの畏怖を感じていた。そのうえでさらに声をあげた。俺はどうしても、この契約を果たしてみせたかった。

「あなたの願いとは、何なんですか!?」

 

『それくらい自分で考えろ!! 簡単なことだ。俺がなぜこの時、この場所で、お前如きのように矮小な人間の前へわざわざ顕現してやったのか。考えろ。そして思い出せ。俺の名前が何であるか』

 

 視界がチカチカと瞬いている。意識が不意に遠のいて、貧血で気を喪う時のように魂の全てから力が抜けていく。

 この奇妙な空間から追い出されようとしているのか。

「あなたの……名前?」

 点滅する意識の中、わずかに呟いた言葉を送った先に、再び『何か』が立っているのが見えた。

 それは人間のカタチをしているように見えた。人間の男性の姿をしているように見えた

 そしてその男の瞳は、見覚えのある琥珀色をしていた。

 忘れようもないくらい綺麗な、綺麗な……神様の眼だ。

 

 

 

『俺は、神であるより以前に、良き父親でありたいのだ』

 

 

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