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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述5 愛しき人よ、誠実であれ
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記述5 愛しき人よ、誠実であれ RESULT②

「報酬を減らすとでも言いたいのか?」

『滅相もない。此度の一件について、私が貴方に依頼したのはグラントール人の暴動鎮圧のみです。関所で起きたテロ事件に対処しろとまでは誰も言っていませんよ。それとも貴方は、この事件の首謀者がグラントール人だとでも主張したいのでしょうか?』

「人をバカにするような質問はやめろ。金で傭った傭兵風情相手に、計画の邪魔をされたことの腹いせなんかしたって意味がない」

『はて、計画の邪魔ときましたか。心当たりがまるでありませんが、貴方が納得するというのなら、そういうことにしておきましょう』

「……やけに機嫌が良いな」

『おや、わかりますか? それはいけませんね。ご指摘を下さりありがとうございます』

 何を考えているのかわからない、気色の悪いヤツだ。

「詮索する気まではない。それより、このタイミングで連絡を取ってきたってことは、一部始終を見ていたんだろ。あの黒軍兵がどこへ逃げたかくらいはわかるんじゃないのか?」

『黒軍兵というと……あぁ、もしかしてウルドのことでしょうか?』

「それしかないだろ」

『昔からかくれんぼが得意な子でしたので、一度逃げたところを見つけ出すのは至難の業と言えます。ですが、ウルドはヘイトバーグと交戦する直前まで、とある一行と行動を共にしていました。あの一瞬を今生の別れにするつもりなどあるわけがなく、後々別の場所で合流する予定でも立てていることでしょう。捕まえて話を聞くならば、それからでも遅くはありません』

「逃走中に再犯におよぶ可能性は考慮しないのか?」

『もちろん、両者ともども監視体制は厳重に設けてあります。とはいえ、彼らに関しては我々が管轄すべきところ。自分の国籍すら提示できない貴方には、残念ながら情報を提供することができません』

「……そうだな。殺されたのだって、オマエから借りていた部下だ」

『貴方のことを随分と慕っていたようですね、ソウド・ゼウセウト。私からも称賛の言葉を贈りましょう。流石は国一番の傭兵と評されるだけのことはある』

「優秀なヤツらだった。天下のダムダ・トラストから捨て駒にさえ選ばれなければ、もう少し良い人生を歩めただろうな」

『なんと人聞きが悪い』

 通信端末の向こう側から、黒軍の隊長を任される男の愉快そうな笑い声が聞こえてくる。全く、この調子では何か重要な用事あって連絡をよこしてきたわけでもないのだろう。ただの嫌がらせだ。まだ出会ってひと月と経過していないはずだが、この男がそういうことをする種類の人間だということはよくわかっていた。

 これ以上会話を続けるのが億劫になってきたから、通信を切ってやろうと考えた。そこで不意に、隣に立っていた部下が俺の腕を意味ありげな調子でトントンと叩いた。「あちらを見て下さい」と、声に出さず示しているようだ。言われた通りに顔を向けた先には……顎から血を流しながら仁王立ちしているヘイトバーグの姿があった。じっとりと据わりきった目付きで、俺の方を見ている。

「……悪いが、オマエのせいでクレームが発生したみたいだ。面倒だから対応しろ」

 俺はヘイトバーグの方へ近付いて行き、無言で通信端末を手渡した。

 

「てめぇのところのガキだろ」

 

 開口一番、負の感情に煮え滾った言葉がトラストを糾弾する。

『おや、生きておりましたか、グロル・ヘイトバーグ殿。相変わらず頑丈で健康的な体躯をお持ちですね。今度解剖させてもらえませんか? 地下に住む者たちが喜びます』

「裏切りは悪だ。今隣にいるヤツが辛い目に遭っている時に目を逸らすことも悪だ。もらった恩を仇で返すことなんざ、あって良いわけがねぇ。てめぇは誰の味方でいるつもりなんだ、ダムダ・トラスト」

『そんなことをわざわざ貴方に教えるほど、私は不用心ではありませんよ』

「なんだと?」

『今回起きた騒ぎの中で、第四部隊の次に多くの裏切り者を輩出させたのは、ヘイトバーグ殿が隊長を務める第二部隊ではありませんか。一体明日からどんな顔をして「アルレスキュリア王家に忠誠を誓う衛兵部隊」を名乗っていくつもりなのか』

 ヘイトバーグは絶句した。

『私はこう見えて、ヘイトバーグ殿のことを高く評価していました。一体どうして冷戦国であるペルデンテ出身のアブロードが衛兵部隊の長など務めているのかと、連日連夜、悪意の言動の前に晒され続ける日々。よくもまぁ懲りずに務め続けられるものだな、と。その甲斐あってのことかは知りませんが、貴方の地道な努力と誠実な態度は身近な人間の心へきちんと届いているように見受けられました。同じ部隊に所属する金軍兵の皆さんは、グロル・ヘイトバーグ隊長のことを非常に良く信頼していらっしゃった。隊長を馬鹿にするアルレスキュリア人の高慢さを許してはいけない……と、口を揃えてのたまうくらいには』

「アイツらは……」

『広場にはまだたくさん寝転がっているのでしょう。所持品を漁ってみなさい。貴方の復讐心を満たしてくれる品が、見つかるやもしれませんよ』

 ヘイトバーグは一言も反論しないまま黙り込んでいた。返事が来なくなったことがつまらなかったのか、トラストは『それではまた、次はアルレスキュリア城でお会いしましょう』と言い捨てて通信を切ってしまった。

 実に憐れなものだ。ヘイトバーグは音が出なくなった端末を地面に叩きつけようと腕を上げた。けれども、この衝動を抑えてしまったようだ。端末を握りしめた拳はゆっくりと下ろされ、大男はそのまま膝から崩れ落ちた。

「……くそぉ……くそぉっ…………畜生っ!!」

 俺は地べたに座り込んでしまったヘイトバーグの手から、通信端末を取り上げた。このままではいつ手の平の中で握りつぶされるかわかったものではない。黒軍から借りてるだけの支給品とはいえ、これは今、俺の所持品なのだ。

「オマエ……まさかこの期に及んで、自分のことを責めているのか?」

「…………オレは……アイツらに、うまい飯を食わせてやりたかった……それだけは、せめて、それくらいは……」

 バカみたいに律儀なヤツだ。こういう人間を目の当たりにしていると、覚えていないはずだった過去の嫌な記憶が、蘇ってきそうになる。

 

『私の願いは、あの子の世界が美しくあり続けることだ』

 

 今となっては、誰が言った言葉なのかすらわからない。何もかも見失ってしまった。取り戻そうという気にもなれずにいる。なぜだろうか。諦めているからだろうか。それとも、失望しているからだろうか。

 顔を少し上げるだけで見えてくる光景。腐臭だらけの廃屋がいくつもいくつも立ち並ぶ、衰退した街並み。地平線の彼方まで続く、不毛の荒野。いつの頃からか色が消え失せてしまった灰色の空。

 体と共に痩せ細っていく生命たちの心は、日に日に醜悪な形へと衰弱していく。風呂の入り方すら知らない浮浪者の命を救う価値がどこにあるのかと、忌避の感情に満ちた表情で訴える隣人。「この世界には始めから、善良なるものなんて一つも転がっていなかったじゃないか!」と叫ぶ犯罪者たち。

 空気がまずければ、水もまずい。笑顔も無ければ自由もない。富などない。買うものもない。食糧が無いのだから。

 彼らの気持ちならば、いくらでも理解できた。

 それでも……


「なぁ、隊長。オマエは本気で、この世界に命に代えてでも守りたいと思うものがあると思っているのか?」

 愚かな問いかけをせずにはいられなかった。

「当たり前だ!! 無闇矢鱈に死んでいい人間なんているはずがない!!」

「さっきのバケモノが何かの間違いで理不尽に死んだとしたら、オマエは今と同じように怒るのか?」

「誰かが嘆いて欲しいと願ったなら、いくらでもそうしてやる!!」

 

 人間は、誠実であることを強いられ続けている。

 

「ご苦労なことだ」

 誰もがこの男のようであれば良かったのに。現実はそうではない。俺だって、こうはならない。

 傷付けられたくなんかない。

 

 いまだに石畳の上で地団太を踏んでいるヘイトバーグの様子を遠目に眺めながら、せめて彼が立ち上がるまでは側で見物でもしてやろうと思った。近くに転がっていた空っぽの酒樽の上に腰を降ろし、別の場所に散っていった部下たちに指示を送るために通信端末を再起動させた。

 すると急に、さっきからずっと真っ暗だった夜の世界に光が差し込んできた。

 朝だ。

 遠く東の空の果てに、白金色に輝く太陽が昇り始めた。

 通信端末の画面に『西の関所の消火作業が完了しました』という報告が届いたのは、そのすぐ後だった。

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