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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述5 愛しき人よ、誠実であれ
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記述5 愛しき人よ、誠実であれ 第3節

「この臨時性の高いベースキャンプが、なぜ市街地の真ん中に設営されたのか。その理由がわかるか?」

 窮屈な仮設テントの中で、横になりながら体を休めること数時間。ようやくやってきた事情聴取の担当者は、開口一番にそんな質問を投げかけてきた。

 突拍子もない質問だ。そんなことをきかれたところで、俺に上手い回答なんてできるはずがない。素直に「わかりません!」と答えてしまいたいところだったのだが、面倒なことに、質問者は黒軍の精鋭兵だった。威圧的な語調に加え、無遠慮に押し付けられる視線からは、こちらの格を見定めているみたいな態度が感じられた。とても友好的とは言い難い。

 非協力的な発言をして機嫌を損ねてしまえば、どんな報復を受けるかわかったものではないと思った。ここはひとつ、毒にも薬にもならない平凡な考えを述べて受け流してしまおう。

「中央部の警備を厳重にするためですか?」

「国民の全てに売国奴の疑いがかけられているからだ」

 相手は想定よりもあっさりと正しい答えを突きつけてきた。遠慮や忖度の姿が欠片も見当たらない、清々しいまでに攻撃的な発言だった。

 そうか。疑われているのは俺たちだけではなかったのか。

 だからといって少しも安心できるような情報ではないのだが、一体どういう事情があるのかと、興味が湧いてきた。

「あの……とりあえず、中へどうぞ」

 テントの入口の幕を引き上げると、招き入れられた訪問者が中へ入ってくる。そのまま堂々とした足取りでテントの真ん中に設置されていた空き箱製のテーブルセットの方へ向かっていった。ところどころが凹んで不格好になった椅子に、黒軍兵は威風堂々とした態度を崩さないまま、どっしりと腰を下ろす。その行動を見て、俺とライフも倣うように席についた。

「貴殿らはこの国の現状のことをほとんど理解していないように窺えるが、間違いないか?」

 俺は何も言わず、こくりと頷く。

 目深に被った軍帽の鍔の下から、再びあのギラギラとした眼光がこちらを見据える。尊大な言動ばかりが目立つ人物であるが、体格自体は自分と変わらないくらいなのだ。それなのについ委縮してしまいそうになるほどの貫禄をまとっている。前後左右、あらゆる方向に隙というものを感じさせない、いかにも武人といった立ち振る舞い。

 こんなのが他にもたくさんいる。その脅威を頭の中で想像し、同時に少し前にライフにしてもらった忠告のことを思い出した。

 この国で最も敵に回してはいけない勢力。

 少し観察しただけでわかる。武力も、権力も、情報力も、あちらの方が遥かに上手なのだ。

 彼らに何か行動を起こされてしまえば、きっと勝ち目など少しも無いまま一方的に蹂躙されるだけになってしまうのだろう。できれば味方であってほしいものだけど、軽率に媚びの一つでも売ろうものならそのまま喉元に食いつかれて噛みつかれそうな予感がする。

 まるでナイフの刃先部分を握り持つような危うさだ……この気難しい猛獣のような相手を前にして、どんな対応をすべきか考える。その傍らで、俺は恐怖心とは別の奇妙な感覚を覚えていた。既視感だ。

 その既視感の正体が一体何なのかわからない。けれどもしかしたら……と、一つの推測が頭の中にうっすらと浮かび上がる。そのタイミングで、黒軍兵が次の言葉を口にし始めた。

「貴殿らを『保護』した金軍所属の下級兵から、事前にある程度の情報を提出してもらっている。聞けばそちらの方は、かの高名なクルト家の御令嬢だというではないか」

 ライフの眉間に皺が寄る。「高名な」という部分がひっかかったのだろう。

「その通りだけど。何か問題でもあったのかしら?」

「我々とて、いかにも無関係にしか見えない貴殿らのような民間人に、いちいち時間を浪費する暇などないのだ。しかし相手が階級持ちともなると、話が変わってくる。なぜこの非常時に、あのような場所を徘徊していたのかと」

「クルトが穏健寄りの護国派だという話は、有名だと思いますが」

「親国王派ではないということだろう? この期に及んで、そのように中途半端な立ち位置を取りたがる者たちを信用できるはずがない」

 ライフの表情がさらに曇る。反論を続けたいところではあったが、火の無いところに煙はたたない。俺たちは王立図書館がグラントール人の脱獄経路に組み込まれていたことを知ってしまっていた。黒軍兵の態度を見るに、クルト家には他にも様々な疑われるに足るだけの理由があるのだろう。城下街区画の外で聴いた噂話の中ですら、クルト家の評判はよくなかった。

 その責任がライフにあるかと問われれば、首を傾げてしまうのだが。

「貴殿らも知っての通り、当国では連日のように反王制派の勢力が増え続けている。そして絶対君主の威光を妬み、反感を持っているものは、一方的な搾取を受ける民草だけではない。むしろ最も疑わしく思うべきは、現国王陛下と近しい地位を持った特権階級の者たちだ。彼らは現国王陛下が崩御なさった後の権力を、好き放題にできるのだからな。あるいは、そういった権力者同士の内輪揉めを助長することで私腹を肥やしたい資産家や、武器や人材を売り歩いて金を儲けたがる戦争屋。そういった欲望に忠実な者たちが、国境の外側から虎視眈々と襲撃の機会を伺う冷戦国と手引きしている」

「冷戦国というと、ペルデンテですか」

「それ以外にあると思うか?」

「は、はい……ごもっともなお言葉です」

「グラントール人の暴動など、本来ならばとるに足らない些事のはずだった。コロッセウムの地下に収監されていたグラントール人に武装などできるはずがないのだからな。それがここまで大きな問題に発展してしまったのは、裏で手引きしている人間の数があまりに多かったからだ。しかもその大半が、敵国の工作員ではなく、自国の反乱勢力であるというのならば手に負えない」

 暴動を手引きしたアルレスキューレ側の勢力が存在している。つまり、暴動に参加したグラントール人は、彼らの陰謀のために利用されていたということか。少し手を貸しただけで都合よく暴れてくれるスケープゴートたちが騒ぎを起こしている裏側で、彼らは別の作戦を実行している。

 しかしその作戦に加担しているものが誰なのかわからない。あるいは、わかってはいても手が出せない。防衛する側である正規軍の対応は後手に回り続け、なんとか用意した対応策も懐に潜伏している間者の手によってあっさりと外部に流出してしまう。暴動の鎮圧に時間がかかっていたのはこのためだ。

「それでは、先ほどお訊ねになった、この市街キャンプを作った理由というのは……信頼できる者たちだけで安全に活動するための拠点が急遽必要になったから、ですか」

「貴殿は見かけ以上に聡明なようだ」

 敷地内で金軍と黒軍の兵の姿しか見かけない理由がわかってしまった。

「どこに裏切り者がいるかなど、誰にもわからない。しかし金軍は違う。連中は現国王陛下に弱味を握られているからな。どれだけ反感を抱いていようが、裏切るという行為自体に利点が無ければ裏切らない」

 言外から伝わってくる「黒軍は裏切らない」という、謎めいた自信。もしかしたらその信頼感の出所こそが、彼らの強さの源なのかもしれない。

「ところで、そちらの男性の方は個人情報の把握が完了していない。国外からの旅行客だとは聞いていたが、今手元に関所で発行した手形は持っているか?」

「持っています。すぐに取り出しますので、少々お待ちください」

 とは、言ったものの……しまった、あるのはカバンの底だ。取り出すためには中身を全部出さないといけない。さっきの待ち時間の間に用意しておけばよかったのに。

 カバンの口を開けて中身をぐちゃぐちゃと漁り始める俺に、黒軍兵とライフが怪訝そうな眼差しを向ける。「まさか大事な通行手形を失くしたりなんかしていないだろうな」とでも言いたげな目だ。失くしてない。ただちょっと、内蔵チップの扱いが面倒だから一番安心できる場所にしまい込んでしまっていただけだ。そんな言葉で反論してしまっては余計に怪しまれそうだから何も言えないのだが、失くしてない! ちょっと待って、もうすぐ出せる!

「リーダー!! 大変だ!!! リーダーッ!!!!!」

 俺が悪戦苦闘していたところへ、突然大きな男性の声がテントの外から響いてきた。それと同時にテントの入口の幕がバタリと勢いよく翻る。現れたのは黒色の軽鎧を身にまとった二人目の黒軍兵だった。

「リーダーーッ!! マジやべぇッスよ!!!」

「やかましいぞ貴様!! もっと品のある言葉でしゃべれんのか!?」

 場の空気があっという間に変わってしまった。

「説教なんてしてる場合じゃねぇッスよリーダー! 緊急事態なんだってばマジでマジで!!」

「マジマジ言ってるだけでは伝わらんだろうが! そんなに緊急であるというならさっさと報告しろ!! つまらん内容だったらひっぱたくぞ!!」

「金軍兵がウルドに喧嘩を売った!!」

「ハあッ!?!?!?」

「オレが見た時にはまだ手はあげてなかったんだよ! でもあんなの時間の問題だって!」

「被害はまだ無いということだな!? わかった、今すぐ我輩もそちらへ向かおう!」

「リーダーに止められるのか!?」

「無理に決まっているだろう!! しかし隊長が不在な以上、ヤツの暴走を止められるのは我々くらいなものだ! 死ぬ気でかかるぞビック!!」

「くそーっ! こんな時に後の二人はどこで何をしてんだよー!!」

「泣き言をいうな!!」

 話の展開についていけず、呆然と大騒ぎする二人の様子をすぐ近くから眺めていた。俺たちのことを蚊帳の外に放り捨てながら作戦会議を始める黒軍兵。その顔面は蒼白で、話の内容は混乱していて支離滅裂。しかし言動の節々から本当に焦っているようには見えていた。

 やがて二人の黒軍兵は、揃ってテントの中から飛び出していってしまった。

 リーダーと呼ばれていた方の黒軍兵が、後に残された俺とライフに向けて申し訳程度の声掛けをする。

「すまないが急用ができてしまったのでな! しばしの間ここで待機していてくれ!!」

 ちょっと待って……と、急いでテントの外へ俺も飛び出してみたが、その時にはもう二人の後ろ姿は小さくなっていた。先ほどまではしっかりあったはずの威厳はすっかり無くなってしまったけれど、それでも彼らはアルレスキューレ随一の精鋭部隊に所属する兵士だったのだ。足が速いところは尊敬できる。

「あの人たち、さっき「ウルド」って名前を口にしていたわよね?」

 少し遅れてテントの中から顔を出してきたライフが、独り言のような調子でつぶやいた。

「ウルドって、君の知っている人なのかい?」

「有名人よ。とはいえ名前まで知っている人は多くないかもしれないけれど……話題性には困らない、国一番の問題児だから」

「問題児?」

「人間とはとても思えない腕力を持っているらしいのよ。それなのにとにかく気性が荒くて、凶悪凶暴。傍若無人。我儘放題の問題児。だから有名なの」

 それって、もしかして。

「……その人、もの凄い美人だったり、する?」

「あら、あなたも知っていたのね。その通りよ。本人に会ったことはないけれど、噂では絶世の美人だなんて言われるくらい綺麗な顔をしているみたい」

 間違いない。あの時に出会った美人な暗殺者のことだ。

 想像が確信に変わった瞬間、俺はテントの前から一歩二歩跳ねるように飛び出し、そのまま二人の黒軍兵が向かっていった方向へ走り始めた。

 その後ろから、文句を言うライフの声が聞こえてくる。

「ちょっと! どこへ行く気なのよ!」

「ごめん! 俺も見てくる!!」

 振り返らずに答えると、「ちゃんと帰ってきなさいよ!」と叱りつける声が返って来た。その声もまた小さく遠ざかって、届かなくなっていった。

 もうすでに姿を見失ってしまっている黒軍兵の後を追うのは無理だけど、騒ぎが起こっている場所を突き止めることなら簡単だった。市街キャンプに駐在していた兵士たちは、すでに敷地内で何かが起きていることに気付いていて、「どうしたどうした」と口々に騒ぎ始めていたからだ。

 そんな彼らの様子をキョロキョロと見回しながら走っているうちに、すんなりと目的の場所に辿り着く。キャンプで使用する物資を大量に保管するための、大型のテント。その裏側に、誰かの大きな体が血を流しながら倒れている姿を見つけて、足を止めた。

「おいおい、誰か助けてやれよ」

「無茶いうな、相手が相手だ」

「黒の連中に任せるしかないだろ」

 騒ぎを聞きつけ、集まって来ていた先客たちが、地面に転がる同胞の痛ましい姿を遠巻きに見物していた。その野次馬の集団の中に紛れ込みながら、自分も彼らが見つめるのと同じ方向へ視線を送る。

 周囲は夜。軍事公園だったキャンプ場に始めから備え付けられていた、サーキュレータ付きの街路灯の光が、二つ、三つ。そのふもとに、あの日見たものと寸分違わない美しいシルエットを形作った『誰か』が立っていた。

 その細腕の先には大柄な体格をした金軍兵の男が、胸倉を掴み上げられながらぶらぶらとひっかかっている。

「だからさぁ、先に手を上げたのはあっちの方なんだってば」

「そんな言葉が言い訳になるはずがないだろう。先にも言った通り、今は黒軍と金軍は重大な任務のため協力体制にあってだな……」

「じゃあなんで向こうから喧嘩なんて売ってくるのさ。バカなの?」

「それは……」

 一足先に現場に到着していた黒軍兵が騒ぎの仲介に入り込んでいるようだが、あまり上手くいっているようには見えない。ウルドと呼ばれた黒軍所属の軽鎧を着た若い兵士は、どんな正論を言われても聞く耳をもつ様子がないのだ。それどころか全ての言葉を自分に向けたいちゃもんのようなものだとすら感じているみたい。こんな有り様ではきっも何か言えば言うほど、どんどん機嫌が悪くなっていく一方だろう。

 これはいけない。そう思ったところで、俺はウルドに向けて声をかけてみた。

「ねぇ、君!」

 人違いであるはずがない。ならばどんな反応が返ってくるだろうか。

 黒いフードを被ったウルドの頭がこちらを向いた。それを見て、野次馬の集団をかき分けながら、彼らの前へ躍り出た。

 一瞬の沈黙。

 ウルドは何も言わないまま、静かに動きを止める。何かに気付いたような、そうでもないような。思ったよりも反応が悪い。

 そこで俺は自分が大きなゴーグルとマスクで顔を隠していることを思い出した。急いでそれを外して、もう一度声をかけてみた。

「その……久しぶり?」

 ほんの少しのきまずさを感じたせいか、言葉選びが控えめな感じになってしまった。

 俺の控えめな再会の挨拶が届いたところで、ウルドの手に掴み上げられていた男の体が、どさり、と鈍い音をたてながら地べたに落ちた。「うーぐぐぐ……」と土の上を這うようなうめき声が聞こえてきたから、まだ生きている。

「ディアだーーっ!!」

 さっきまでいかにも最悪そうだったウルドの機嫌が、あっという間に喜びの感情一色に塗り替えられた。

 嬉しそうに俺の名前を呼んだウルドは、自分の足元に転がっていた男の体を片足で蹴りどかしながら、こちらの方へ駆け寄って来た。

 ぴょんっと大きく跳躍した体が、オモチャにじゃれつく猛獣のような勢いで俺の体に飛びついてきた。その勢いにあっさりと負けて、地面に押し倒されてしまった。ちょっと痛い。

「わぁっ、わあーっ! ホントにディアだ!」

 俺が地面に倒れてしまった後もウルドは抱き着くのをやめなかった。ぎっちりと密着した体勢のまま、嬉しそうに俺の顔を覗き込んでいる。

「僕、あれからずっと、君のことを探してたんだよ! また会えて嬉しい!」

「そうなのかい? きっと心配してくれたんだろうね、ありがとう」

「うん! 僕の知らないところでディアに何かあったりなんかしたら、どうしようかと思って。いっぱい心配したんだよ。酷い目になんかあったりしてないよね? 大丈夫?」

 あった……などと口にしてしまえば、何が起こるかわかったものではない。そんな予感がした。

「見ての通り、五体満足の健康体さ」

 そこまで言ってみて、ふと、この人にどこまで自分の状況を伝えていいのかわからなくなっていることに気付いた。

 あの時の暗殺者さんにまた会えるかもしれない。そんな一心のままにテントを飛び出してきてしまったけれど、再会できたところで何をするつもりだったかまでは考えていなかった。

 きっと再会することそのものが目的だったからだ。

「でも……どうしてこんな危ないところにディアがいるの? 何か悪いことに巻き込まれているんじゃないの?」

「それは……」

 正直に言ってもいいのだろうか。

 王立図書館を見物しに来たところで、暴動騒ぎのとばっちりを受けて密室に閉じ込められた。その後なんとか脱出できたと思ったら、街は戦地のど真ん中みたいに変わり果ててしまっていた。その真ん中にほとんど身一つで放り出され、途方に暮れていたところだった。途中で出会ったグラントール人の少年と交流を持ったことなど……話して良いことなのだろうか。

 ウルドは黒軍兵だった。ならばこの場合、ウルドは何を味方とし、何を敵と判断するのだろう。

 その敵味方を決める権限を持つ者は一体誰なのか。予感がする。悪い予感だ。しかしその予感は、とても抗いがたい、宿命的な凶運から齎されるものであった。

「ねぇ、ディア。教えてよ」

 きらきらと潤んだ金色の眼差しが二つ、俺の顔を真っ直ぐに見つめている。

「少し、面倒なことにはなってるかもしれない……」

 思わず言葉が漏れてしまった。僅かに開いた心の隙間に、ウルドの甘くて可愛らしい声がすかさず入り込んでくる。

「困ってることがあるの? だったら……僕だったら、いくらでも君の助けになるよ!」

 

 君のことが好きだ。

 

 数日前に聞かされた愛の告白を思い出した。だからといって、なんだというのか。

 俺と君は、たぶん、きっと、出会ったばかりのはずなのだ。

 それなのに「好き」だと言われてしまったことを、こんなにも、嬉しく思ってしまっているなんて、おかしな話じゃないか。

 忘れたわけじゃない。この人は俺の前で人を殺した。凶悪凶暴、傍若無人、我儘放題な問題児という評判は、決して誤解というわけではないのだろう。

 それになにより、この人自身のことを思うのであれば、俺の事情に巻き込むべきではない。そんなことわかってる。わかっているのに、わかっていたはずなのに、抗えなかった。

 そうか、おかしくなっているのは俺も同じなのか。


「君は、俺の力になってくれるのかい?」


 理性が働くよりも先に零れてしまった本音の要求が、ウルドの真っ白な耳に届く。

 俺はこの人の敵になりたくない。


「もちろんだよ! 僕はディアのためだったら、なーんだって、できるんだからね!!」


 そう言って屈託のない笑顔を見せてくれた、ウルドの金色の瞳は、もはや、俺のことしかみていなかった。

 俺とウルドの周囲では、今も、ずっと見物していた野次馬の大衆たちが、何か恐ろしいものでも目の当たりにしたかのようにどよめいているのに。


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