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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述30 ただずっと、私の空は青かった
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記述30 ただずっと、私の空は青かった 第3節

 蹴破った大扉がひしゃげる音が大きく鳴った。むりやり開いた扉の先、高い天井に豪勢な照明が吊るされた大広間。何十年も前に一度壊れたはずの、玉座の間だ。豊かな時代であったあの時とは違う、質素で厳かな印象の内装になってはいるが、踏み込んだものに重たい緊張感を押し付けるような空気を感じるところは何時の時代も変わらないらしい。

 大理石の床に敷かれている縦に長い青絨毯の上に、一歩足を踏み込む。しんと静かな空間。しかし空気は張り詰めていて、無数の険しい気配が前方から俺を睨みつけている。

 頭上の高いところに描かれた聖女の天井画から視線を下ろす。長絨毯の先、広間の奥には多数の兵隊が集まり、静かに陣形を組んでいた。前衛には多種多様な近接武器を手にした金軍兵。後衛に銃火器を構えた黒軍兵。彼らは広間の中央を走る長絨毯を中心線として扇状に、左右均等に立ち並ぶ。そうやって交戦準備を万全にした陣形の向こう側、広間の一番深い場所に、玉座がある。王制国家アルレスキューレという、決して小さくはない存在感と支配力でもってこの大陸に君臨する国。その頂点に立つものこそが座することができる、王の玉座。そこに、イデアール・アルレスキュリアは腰を下ろしていた。その傍らには、金軍隊長グロル・ヘイトバーグの姿もある。

 大槍を片手に携え、青絨毯の上を数歩だけ踏み出し、前へ進む。金軍兵が武器に力を込めるガチャリとした音が静かな空間の中で必要以上に大きく聞こえた。歩を進め、進め、遠くに見えるイデアールの姿が徐々に大きくなっていく、距離が、近づいて行く。そうして玉座の間の中央あたりまで来たところで、俺は足を止めた。ガチャリ、ガチャリと鎧の音を鳴らして、陣形を組んでいた金軍兵たちが俺の周りを取り囲み、逃げ道を塞ぐ。そんな様子には構わず、俺は視線を玉座に座するイデアールの顔へ向ける。目線が重なり合い、彼の眼がゆっくりと細まる。 

「随分と待ちくたびれたぞ」

 国王陛下の、低く重みを感じる厳かな声が玉座の間を震わせた。これではまるで謁見のようではないか、と心の中で一笑しつつ、俺はその場で跪くでも頭を垂れるでもなく立ち尽くし、王の顔を見据え、口を開いた。

「俺が一人で来るとわかってて、この戦力を用意したのか? 大した自信じゃないか」

「見世物として楽しめるかと思ってな」

「だとよ。聞いたか兵隊ども。王様はここでオマエらを全員見殺しにするつもりらしいぞ」

 兵士たちからの言葉は返ってこない。

「調教がしっかりしてやがる」

 じっと己の周囲を取り囲む兵士たちの、強いては周囲全体の様子を見回す。玉座の間全体に異質で強大な何かの力が行き渡っている。人造白龍の神力だと、すぐにわかった。見たところ玉座の間には彼女はいないようだが、どこかから奇跡を使うようにイデアールが指示を出しているのだろう。全く、考えただけではらわたが煮えくり返るような心地になれる。

「彼女はどこにいる?」

 率直な問いをイデアールに投げ掛ける。イデアールは口元に不快な笑みを浮かべながら質問を返す。

「貴様がアレに会って何になる?」

「オマエだって全部知っているならわかるはずだ。しらばっくれるな」

「ソウドよ……貴様の方こそどこまで知っている?」

「オマエに何かを教えてやる筋合いなんて、もうない。ただ、ひどく腹立たしい心地でいるってことは見てわかるだろ」

 周囲をもう一度見回す。己を取り囲む金軍兵の顔を、一つ一つ見て回る。知っている顔も少なくない。それは後衛に控える黒軍兵の方だってそうだ。王様を警護するという建前のもとにこんなところに集められて、本当に、勇ましい限りだ。もしくは彼らは何も知らず、本当に、俺に少しでも勝てる気持ちでいるのだろうか。

「全員殺してもいいって王様が言うなら、俺もその通りにさせてもらうさ、スッキリする。もちろん、オマエの古ぼけた脳味噌が詰まった首も含めてな」

 ガシャン、と音がして、イデアールの横でずっと静止していたヘイトバーグが動き出し、イデアールの前に立ち塞がる。視線を向けると、鋭い眼光でもって睨み返された。重たく、熱い、敵意がこもった確かな眼をしていた。

 本気で俺と戦う気なのか? あぁ本当に、グラントールに魂を置いてきた英雄気取りの連中はバカばかりだ。そんな奴らの相手なんて真面目にしてやるのも面倒だと思う。

 もう一度周囲でこれから始まる「戦闘」のために律儀に身構える兵士たちの姿を流し見る。溜め息一つ。大槍を持っていない方の腕に力を込める。座するイデアールを一瞥する。それから目を閉じ、槍を持っていない方の腕に力を込める。バチバチと、閉じた瞼の向こう側で雷がはじける音が聞こえてくる。眼を開ける。片腕に充填させたエネルギーが目に見える形で青く発光し、周囲を淡く照らしている。それを、俺は前方へ突き出した。

 膨大な雷エネルギーの放出。それはこの玉座の間の全てを埋め尽くす広範囲に一瞬で拡散し、激しい音をたてて全てに襲い掛かる。雷鳴の轟く派手な音が高い天井に反響し、鼓膜を震わす。青き明滅。強すぎる閃光は周囲一帯の視界を青一色に染め上げた。

 開いた手の平を握りしめると、部屋中に満ち満ちたエネルギーが弾け、青一色に眩んでいた視界が電源をオフにしたみたいに元の姿を取り戻す。しかし、光が収まった後の玉座の間にあったものは、燃えて消し炭になった絨毯と、抉れた石材の床と、力なく倒れた兵士たちの死体。煤色の悪臭が鼻先をかすめ、宙に溶けて広がっていく。

「むごいことをする」

「オマエが先に寄こしてきた命だ」

 雷撃によって蹂躙された広間の中、生きていたのはイデアールとヘイトバーグだけ。イデアールが人造白龍の力によって守られたのは、見てわかる。一方で……ヘイトバーグ。こちらは単純に、今の出力の雷撃を耐えきっただけのようだった。

 イデアールの前に立ちふさがっていた大男の体中から、黒い煙が上がっている。肉が焼けたか? しかしそれも、表面だけか。

 ガシャリと、鎧が動く音が鳴り、ヘイトバーグは緩慢な動作で背中に携えていた大剣を引き抜き、その切っ先を俺の方へ向けた。「戦え」と、「武器を構えろ」と、暗に言っている。俺は大男の赤く燃える両眼を一瞥し、彼の意の通りに大槍を構えた。

 引き抜いた大剣、男が柄を握りしめる、その両手の拳に力が込められた。途端、刃の付け根から真っ赤に燃える火炎が噴き出した。神力による自然物質の操作だ。なるほど、ヘイトバーグは身体強化以外にも何か強力な加護を受けているようだ。噴き上がった火炎は刃全体を焼き尽くさんと燃え盛り、剣の形をした火炎の塊そのものとなる。それを、ヘイトバーグは振り下ろす。重量のある斬撃、その切っ先から炎が放出され、一直線に伸びてこちらへ向かってきた。俺は向かい来る炎を空間が空いている左手側に跳躍して避ける。炎が火柱を上げながら俺の横を通り過ぎていく。炎からは確かな熱を感じた。紛い物でもなんでもない、本物の炎だ。

 何やら嫌な予感が脳裏を過ぎった。だが、立ち塞がるならば相手をしてやろう。

 ヘイトバーグが二回目の攻撃をすべく大剣を斜めに振り上げ、さっきよりも広い範囲に炎の斬撃を飛ばす。今度は前方に飛ぶことでこれを避ける。背中の上を炎の波が通り過ぎていく熱い感覚がする中、着地とともに床に付けた足に力を入れ、一気に走り出し距離を詰める。動きは速くない相手だ。素早く仕留めてしまえばいいだけのこと。大槍を構え、接近するとともに突き出し、急所を狙う。大剣で防がれる。だが連撃だ。二つ、三つ、連続で別の場所を狙いながら刺突を繰り出す。大振りで幅の広い大剣はガードをすることに向いている。ヘイトバーグはそれほど速さは感じない緩慢な動作ながら、次にどの位置に突きが来るかを予測し最低限の動きだけでこれらの攻撃を防ぎきる。流石、フィジカルには自信がある金軍の隊長様は伊達ではない。しかし、守っているだけではもちろん勝てない。

 右に踏み込み、巨体の背後へ回り込む。大男が振り返り、姿勢をわずかに崩す。真横を取った。不利を感じたヘイトバーグが腕を大きく持ち上げ、大剣を振り下ろそうとする、その瞬間の隙、鎧に守られていない腕の付け根を狙って槍の切っ先を素早く突き出す。 ぐさり と、男の腕の接合部位に刃が入り込む。肉を突き刺し、内部の骨に当たる硬い感触が腕に伝わってきた。刺した部位から液体が漏れ出てくる。しかし、その血の色を見て思わず眉をひそめる。黒々と、している?

 異変を感じて刺した槍を肉から引き抜こうとすると、その槍の柄をヘイトバーグに掴まれ、一瞬だけ動きを奪われた。ヘイトバーグはそのままもう一方の腕で至近距離にあった俺の体に手を伸ばす。腕を掴むつもりだ。そうなる前に俺は槍の形状を崩して拘束から逃れ、瞬時に後方へ飛び退く。空振りした大男の拳が空気を握り潰す。

 距離を取り、なるべく離れたところから相手の様子を観察する。ヘイトバーグは己の脇に出来た大きな傷を見ても眉一つしかめず、悠然とした動作でまた大剣を身構える。関節を刺し貫いたのだ。利き腕はさっきの攻撃で使えなくなったはずなのに、彼の右手はまだしっかりと大剣の柄を握りしめている。異常だと思った、その矢先……

 

「ぐおおおおおおおおおおぉおおおおおおおお!!!!」

 

 ヘイトバーグは獣のような雄叫びを上げた。とても人間の声帯が発するものとは思えない爆音で吐き出されたその怒声は玉座の間一帯に轟き、床板をも大きく震わせるが如く鳴り響いた。叫び、怒鳴り、豹変した大男は、何を思ったか手に持った大剣をこちらへ向けて勢いよく投擲してきた。剣は炎を帯びたまま、真っ直ぐに高速で飛んでいき、俺の顔の横を通り過ぎる。微かにかすった横髪が火花を散らして燃える。

 武器を捨てた。一体何のつもりかと続けて警戒しながら眺めていると、ヘイトバーグの怒声は徐々に呻き声のようなものへ変わっていった。苦しんでいる? 激しい頭痛にでも襲われているように、男は両手で頭を押さえながら、身をぐちゃぐちゃとよじり始める。

「オマエ、ヘイトバーグに何をした?」

 後方で見物しているイデアールが答える。

「兵の世話などした覚えはない。ソレは己の意思で、この日この場所に集っただけの雑兵の一人にすぎない」

「雑兵が剣から炎なんて出すかよ」

「……トラストの、仕業であろうな」

 なるほどな、と心の内で舌打ちをする。

 その短い会話の間に、ヘイトバーグの体に変化が起きた。

 鎧を留めている金具がはじけ飛び、身に纏う金色の鎧がバラバラと音をたてて床に落ちた。何が起きたのかと思って凝視すると、鎧の下に着ていた鎖帷子がブチブチと破れ、その間から何か……角のような尖った何かが突き出してきた。露出した背中には白い羽毛のようなものが生えていて、明らかに人間とは言えない様相を呈している。さらに筋肉は膨張を続け、ヘイトバーグの体が徐々に、徐々に、いや、みるみる内に大きくなっていく。ガントレットが砕け、グローブが引き千切れ、もともと太かった腕がさらに太くなり、指の先には鉤爪状の黒い塊が伸びていく。

「ぐあっ、ぐっぐああああおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 苦しむようにも怒るようにも聞こえる叫び声を上げながら、ヘイトバーグは変化していく体を前に倒し、四つん這いの姿勢を取る。その後には下半身の筋肉も膨張を始め、ついに彼は人間の形を失ってしまった。その最後には頭部を覆っていた兜も床に落ちて転がり、すっかり羽毛に埋もれて面影が無くなった顔面を露わにする。赤い眼光が鋭く、業火の如き熱さを持ってこちらを睨みつけた。それと目が合った。

 突如、怪物と化したヘイトバーグは床を蹴って飛び掛かってきた。槍を前に構えて受け止める……が、速い!?

 一瞬で距離を詰めてきた獣が鉤爪を振り下ろし、襲い掛かる。 ガキンッ! 槍の柄で攻撃を受け止める。しかし、強烈な突進の勢いまでは殺すことができず、衝撃を堪えていた足が床を離れ、体が宙へ弾き飛ばされる。

 なんて馬鹿力だ、と驚きながら空中で身をひるがえし、何とか着地する。受け止めようとした両腕がビリビリと痺れている。あの暴力を真っ向から受け止めるのは止めた方が良いだろう。相手の性能は未知数。今この瞬間にも巨大化は進行している。やるなら速攻か、そう思い手元に二つの雷の弾を生み出し、前方の怪物に向けて放出した。すると相手はこれを避けずに体で受け止める。バチバチとはじける電流が怪物の体を駆け巡り、しかし、それだけでは少しも怯んだ様子を見せない。すでに軽い電撃程度では微量のダメージしか与えられない耐久力に達しているようだ。ならば直接叩くのはどうか? 走り出し、大きくその場から跳躍する。怪物の頭上高い位置を取り、そこから大槍を力一杯突き落とす。筋肉が隆起した背中に槍の切っ先が深々と突き刺さる、その上で、槍に電流を流しながら金属の形状を変化させ、体内の深いところまで抉るように槍の先を伸ばしていく。

「ぎ、がっあああっ!!! ぐあああっ!!!!」

 ヘイトバーグが獣の声を上げて身悶えする。どうやら流石にこれは効いているようだ。そう思った矢先、ぶわりと、槍を刺したヘイトバーグの背中から炎が噴き出した!

 不意打ちに衣服の端が燃え上がり、熱さに危険を感じ、急いで槍を手元に戻して彼の上から退避する。

「ぎああああああああああああ!!!!!!」

 ところが退避した先を読んでいたかのように、ヘイトバーグが素早い突進をしかけてくる。背中に業火をまとった怪物が崩壊した玉座の間を駆け抜ける。突進の速度も威力もさっきより増している。受けるのではなく、避ける。肝に命じながら、大きく右へ回避する。突進を止めなかったヘイトバーグの巨体はそのまま玉座の間の高い石壁にぶち当たり、轟音をたてながら壁が崩れ落ちる。その崩れた壁石の雨がヘイトバーグの頭上へ襲い掛かり、大きな体が瓦礫の下敷きになった。

 バラバラと崩れる壁の音。シンと急に静まりかえる玉座の間に、吹き抜けになった壁の穴から風が入り込み、髪を揺らした。

 ヘイトバーグが瓦礫の下から出てくる気配がしない。これで死んだのか? そんなまさか。などと思いながら、ゆっくりと積み上がった瓦礫の山の方へ近づいて行く。そこで、ガコンッと急に瓦礫が崩れ、その下から太い怪物の腕が飛び出し、俺の胴体を鷲掴んだ。

「なっ!?」

 驚いている間に腕は俺の体を力一杯振り回し、壁に空いた穴の外へ放り捨てる。瓦礫の下で赤い眼が光る。ゴオッ!!という音とともに、怪物は口から炎を噴き出した。炎は空中で身動きが取れない俺へ向けて一直線に放出される。急いで雷を呼び出し、向かい来る炎にぶつけてやる。

 雷と炎とが空中でぶつかり合い、アルレスキュリア城の庭上の空に大きな爆発が起こる。

 飛び散る火の粉と煙とを槍で振り払いながら地面に着地する。間もなくして、玉座の間に空いた穴をくぐってヘイトバーグも城の外へ飛び出して、俺の前にその巨体を再び現す。大きくなっている。さっきよりずっと、大きい。

「一体何なんだよ、コイツ」

 悪態を吐きながら武器を構える。二つの赤い眼は未だに俺を睨みつけ、殺意の炎を燃やしている。

 戦いはまだ続く。飛び上がり、走り、振り回し、避けて躱して、刺して突いて、時に武器を剣に変えて斬り落とし、攻撃を続ける。相手の攻撃が大味でこちらに命中しない分、圧倒的に戦況は俺の方が有利であるはずなのに、勝っている気がしない。相手の体力が減っているように見えない。これは……厄介だ。

 そう感じている間に周囲には騒ぎを聞きつけた城の兵たちが集まって来て「あの怪物は何だ!?」と言って思い思いの加勢を始める。誰もアレが金軍隊長であることには気付こうとしない。気付くわけがないほどに、アレはすっかり怪物へと豹変してしまっている。

 銃撃の雨を体に受けたヘイトバーグの視線が灰軍の方へ向いた。その間に俺は空を見る。雲一つない快晴。その青色の中に左手をかかげ、念じる。そうすると青かった空にどこからともなく黒々とした雷雲が発生し始め……ひとしきり大きくなったその雲の内側から……雷を落とす!!

 真昼の空を切り裂く雷鳴。はじける極彩色の光が周囲一帯の景色を青く覆い尽くし、庭の一角を焼き尽くす。雷光の輝きが収まった頃、抉り取られた庭土の上にはヘイトバーグの巨体がぐったりと横たわっていた。

 しかし、まだ息がある。

 そう思って横たわる怪物の方へ足を向けたところで、背後から声が聞こえてきた。

「おーーーい、フォルクスさまーーーーーーっ!!!!」

 このバカでかい声には見覚えがある。振り返ると、茶色い髪をした一人の背の高い女が、その手に小さな子供を引き連れながらこちらへ走ってくる姿が見えた。

「フレア……なんでこんなところに現れるんだ」

 振り返るとともに文句を言うと、俺のすぐ側までやってきて足を止めたフレアと……小さい方はマグナか? は、俺の顔を見て暢気な風に口を開いた。

「なんでって、大将が敵の本拠地に殴り込みに行くなんて聞いたら、面白そうだって思うじゃねぇか!」

「面白いとか面白くないとか、そういう話ではないだろ」

「でも、実際妙なことにはなってるみたいじゃん?」

 そう言ってフレアは目の前に横たわる巨大な怪物の姿を横目に見る。

「なんだよ、これ?」

 言葉に困り、もう一度しっかりとフレアの顔を見る。ふざけたように見えていたフレアの赤い眼が少しだけ温度を増して、俺の眼を見返した。

「……グロル・ヘイトバーグだったものだ」

「はあ?」

「トラストに何かされたらしい。見た感じだと、もう元には戻らないだろうな」

 フレアとマグナが眼を見開き、改めて目の前の怪物へと視線を向ける。すでに三階建ての建物一個分ほどの大きさまで成長してしまった大きな体。羽毛に包まれた異形の風貌。鋼のように硬直した筋肉。獣のように変貌した四肢。とても、元人間であったものとは思えない。それなのに……

「なるほど……確かにコレは、うちの親父みたいだな」

 何を感じ取ったか、フレアはその正体を理解し、受け止める。そのうえで……

「まだ生きてるんだろ? だったらここは、アタシたちに任せてさっさと次に進みな」

「いいのか?」

「ふん。親父だってな、赤の他人なんかより、身内のアタシに介錯された方が気分も晴れるってもんだ」

 フレアは背中にしょっていた大剣を引き抜き、それを身構えながらヘイトバーグの方へ近付く。抉れた土の上でうずくまるヘイトバーグがその存在に気付き、ゆっくりと起き上がった。

「さっさと行きな!」

「……任せたぞ、フレア」

 そう言って俺は向かい合うフレアとヘイトバーグの戦いに背中を向け、玉座の間へ戻るべく庭を駆け抜けていった。

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