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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述30 ただずっと、私の空は青かった
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記述30 ただずっと、私の空は青かった 第2節

 あの戴冠式の時に起きた反乱騒動以降、アルレスキューレ国軍は灰軍隊長ガイル・アビシオンを筆頭にその多くが敵国ペルデンテに寝返った。元より反乱勢力の温床であった灰軍が裏切ることはわかりきっていたことだが、それに加えて先日の世界改変を契機にグラントール人の身柄が解放され、金軍兵の多くもアルレスキューレ側に加担する必要が無くなり国外へ離脱したという。そのため、現在の国軍の総勢力は黒軍と赤軍、半分以下に減少した灰軍と少量の金軍で構成されていることになる。

 全体の総数がごっそりと減ってはいるが、一方で軍隊としての最大戦力に値する黒軍の精鋭たちについては、ダムダ・トラストの管理の下で統率が取れており、ディノのような一部例外はあるものの、裏切り者がほとんど発生していない状態であると聞いている。その黒軍が生業としているものこそ、王城の防衛である。戦争が始まり、すぐそこに敵国の空挺母艦が接近している以上、城の防衛機能は万全の状態と見て良いだろう。

 そんなアルレスキュリア城を視界に見据え、風に乗って一息に飛び上がる。

 現在のウィルダム大陸における戦闘は制空権を取った方が勝つと言われている。そのため対空射撃を可能とする兵器の性能は扱う者のスキルも含めて洗練されており、本来であれば突破は一筋縄ではいかない。しかし兵器が本来仮想敵として定めている戦闘機と違って、今アルレスキュリア城に向かっている敵は人間一人分の大きさしか持たない飛行物体。動きは勿論素早く、一対の翼で自由に空を飛ぶためその軌道を的確に捉えることはさぞ難しいことだろう。

 躍起になってこちらを攻撃してくる防衛兵器の砲口から幾度となく火花が散る。銃撃の海と動き回る熱光線の間を掻い潜り、城へと接近していく。

 あっという間に防衛ラインを突破し、俺は城の屋上に足を着けた。素早く邪魔な翼を消してから、屋根の上へ飛び移る。さらに前方に一棟の監視塔が立っているのを見据え、その壁をひとっ飛びで乗り越える。用意していた金属の塊を掲げると、それは俺が少し念じるだけで一瞬で一本の大槍の形状を取った。そのとっておきの武器を振り下ろし、監視塔の窓に張られた強化ガラスを破壊して見せる。

 巨大な破壊音とともに、監視塔の内部に割れたガラスの破片が派手に飛び散った。防衛システムの管理をしていた黒軍兵たちが俺の登場に身構え、敵意を見せる。しかし構えた武器が金属のパーツを少しでも含んだものである以上、俺相手には何の意味も成さない。金属を操る神力を少し発動するだけで、彼らの手の中にあった銃火器やナイフの類いをあっけなく破壊させる。丸腰になったところで動揺する黒軍の一人に接近し、腕に構えた大槍を振り下ろしてぶち飛ばす。雑魚相手に殺生をする気は無いため槍の先に刃は付けていない。故にふっとばされた対象は裂傷の類いが無い状態で壁に叩きつけられる。それだけで十分機能停止にはできた。

 続いて二人目、三人目、あるいは複数人同時に叩きのめしていき、部屋の中に他に立っているものがいなくなったことを確認する。それから監視塔の機材に手を伸ばし、城の防衛システムの状態を確認する。現在、城内で最も警備が厳重になっている場所を探し、そこに狙いを定めてから部屋を飛び出し、階段を駆け下りていった。

 

 階段を下りきって廊下へ出る。するとそこにはすでに大量の灰軍兵が待ち受けていた。

「攻撃開始!!」

 灰軍兵らが声を上げてこちらへ突撃してくる。狭くも広くもない城の廊下。敵兵はかなりの数があり、避けて進むのは困難だろう。かといっていちいち相手をするには数が多くて面倒に感じる。ならばと思い、片腕に力を込めて、手の平の上に光る球体を発生させる。膨大な雷のエネルギーを凝縮させた光の弾。それを前方から突撃してくる灰軍の群れへ向けて撃ち出せば、一瞬で、光の弾は巨大な稲妻に変わって長い廊下の真ん中を真っ直ぐに焼き尽くしていった。

 眩しい稲光が周囲を青く照らし上げ、その光が無くなった後の廊下には感電して動けなくなった灰軍兵が大量に転がっている。生きているか死んでいるかはわからない。確かめる気はない。とにかくこれで道が開け、俺は焼け焦げた廊下を一気に駆け抜ける。その間にすれ違った敵兵も、小型に変形させた金属を使って辻斬りで倒していく。

 

 階段をさらに一つ下りると、目的の部屋へ続く大扉が見えた。この先にいる。そう思ったところで、大扉の前に人の姿があるのが見えて、足を止めた。黒色の特注鎧を身に纏った兵士が二人。俺の姿を見るや否や身構える、その動作の洗練された様を見るに、彼らはトラスト直属の部下にあたる特殊部隊の一員だろう。

「相手はかつてないほどの強敵だ。わかっているな、ビック」

「勝てるかどうかなんてわかんねぇけど、まぁできる限りはやってみるさ」

「もっとやる気を出さないか!」

 何か二人で会話しているが、その間もこちらに対しては隙を見せていない。どこかで見たような顔のようにも見えたが、そんなことは気にしても仕方ない。

「勝てる気が無いなら逃げてもいいんだぞ?」

 敵へ向けて声をかけてやると、堅物な性格をしているらしい女性の方がこちらを睨み「バカを言うな」と吐き捨てる。

「我々の最も忌避すべきものとは、上官ダムダ・トラスト様の期待に応えられないことだ」

「だとさ。っつーわけで、覚悟してもらうぜ、ゼウセウト様よ」

 そう言いながらそれぞれの武器をこちらに向けて掲げる二人の兵士。その手の中の武器も身につける鎧も、どうやら能力を使って破壊できない特別製。どんな理屈で神力の干渉を弾いているのかは不明だが、武器を用いて向かってくるとなれば倒して先に向かうのが道理であろう。

 二対一の戦いが幕を切る。

 相手は初手から息の合った動きで同時に飛び上がり、俺の体を両サイドから挟み撃ちにするように攻撃してきた。

 女の方は剣を突き立て、男の方は拳に装着したガントレットで殴りかかってくる。二人とも接近戦を得意としているのだろう。俺は自由に使用できる上部に飛び上がり挟み撃ちの攻撃を避ける。そのまま天井を蹴った勢いで二人の頭上に槍を振り下ろすと、黒軍の二人はこれを左右に素早く跳躍して回避した。硬い石材の床に槍を振り下ろした斬撃の痕が深々と刻み込まれただけ。

 そうして俺が床に再び足を付けたところで、すかさずまた挟み撃ちの攻撃が迫る。これらを大槍を横薙ぎに払って弾き飛ばす。ガキンと金属がぶつかり合う甲高い音が周囲に響いて、弾き飛ばされた二人の体が宙を舞った。

 空中で猫のように身を翻した女兵士が腰のショルダーから何かを取り出し、こちらへ向けて真っ直ぐに投擲する。それが小型のナイフであることを視認してから、槍の柄を使って叩き落す。一本、二本、三本と投擲用の小型ナイフが床を転がり、一方、その攻撃に対応している間に男の方が距離を詰めて殴りかかってきた。

 間合いを詰めれば勝てると思ったか?

 重い力を込めた拳の連撃が素早く何度も俺に向けて撃ち付けられたが、俺はそれらをステップを使って回避する。そして当たらないことに躍起になった相手が大振りの攻撃を繰り出したところに隙を見つけ、逆に相手の腹部に拳を一発殴り返してやった。軽い人形みたいに吹っ飛んだ男は壁に背を強く打ち付け「ぐっ!!」と鈍い声を上げる。

 一方を怯ませところでもう一人いる。相方の負傷には一切眼もくれず、女の方が間髪入れずに逆サイドから斬りかかってきた。槍で受け止め、いなし、相手の手から剣を弾き落す。武器を失った女は不利を感じ取って後方に退避し、壁際で起き上がった同胞の男の方へ合流する。

「大丈夫か?」

「まだ剣は一本ある」

「このままやれるのかって言ってるんだよ」

「やれるのか、ではなくやるのだ。覚悟を決めろ、ビック!」

「りょーかいッスよ、隊長!」

 そう言うと黒軍の二人は鎧の中から何かを取り出し、それを首元に打ち付ける。少し離れた距離からでは、それが何だったのかは視認できない。かといって、相手が何をしているかわからないからと言って、動きが止まったところをわざわざ見過ごしてやる気はない。左腕に力を込め、じっと動きを止めたターゲットへ向けて電撃を放つ。

 バチバチ と弾けた稲妻が空気を裂くように飛び散り、前方へ放出された。眩しい光が周囲を青く眩ませ、一瞬だけ何も見えなくなる。再び世界が青から色を取り戻した時、二人がいた場所には焼け焦げた壁と抉り取られた床だけが残っていた。

 どこにいる? そう思った次の瞬間に、背後に回っていた女兵士が剣を突き立てて飛び込んできた。素早い踏み込みだった。前方に身を倒してこれを避けると、女は空振りした勢いのままその身を回転させて次の斬撃を繰り出す。続け様に、続け様に、乱舞のような斬撃の嵐。槍の切っ先でそれらを丁寧に一つずつ弾き返しながら、明らかに先程より相手の動きが速くなったことを感じ取る。

 さっき、一体何をしたんだ?

 思考の途中、激しい剣戟の合間を縫ってもう一人が遠方から拳銃の弾を撃ち込んできた。瞬時に、これもまた剣や鎧と同じように妙な力が込められた特別製であることを感じ取る。神力で壊せはしない。さらに今のタイミングでは避けることができない。俺は仕方なく手に持っていた金属製の槍を盾に変形させて、自らの周囲を覆い尽くすように広く展開した。

 剣と銃撃の両方を同時に防ぎきったことを確認してから、盾を大槍の形状に戻し、拓けた前方の空間に視線を向ける。そこへ急接近してきた男の拳。硬いガントレットと槍の切っ先がぶつかり合う音が重く轟き、弾いた拳が宙に浮いた隙を突いて彼の手首を素手で掴みあげる。そのまま関節を捩じって相手の大きな体を回転させ、床に叩きつけようとする。しかし男は寸でのところで床を蹴り、拘束から逃れて俺から距離を取るように大きく跳躍して退避した。

 今の体勢から何とかなるものなのか、と心の内で感心する。

 その直後にもまた、息を吐く間もない攻撃。剣による斬りかかり。

 五分……六分……七分……八分……時間が経過していく。刃を交え、拳を受け流し、何度弾き飛ばしても受け身を取ってまた襲い掛かってくる二人の兵士。

 その間に騒ぎを聞きつけた灰軍兵もわらわらと大扉の前に集まってきた。一瞥し、これでは時間が経つほど面倒になると考える。ならばと判断し、受け身だった姿勢を切り替える。

「俺相手に、よくここまで戦ったもんだ」

 相手方に称賛の言葉を一つ贈ってやってから、大きく踏み出し、片方の兵士の懐へ向けて急速に距離を詰める。接近したところで槍の形状をロープのような細いものに変形させ、それを相手の胴体へと素早く巻き付ける。

「何!?」

 そのまま軽く力を込めれば、胴体を守っていた黒軍の鎧がバキリと悲鳴のような音をたてて割れ、腹部をきつく締め付けられた相手はゴポリと口から血を吐いて倒れた。

 女が床に転がり、その次に男の方がまた殴りかかってくる。体を少し右に傾けることで攻撃を受け流し、空振りした腕を掴みあげ、そこに装着された頑強なガントレット越しに電流を流し込む。これで終い。男の体には激しい痛みが駆け巡ったことだろう。鎧の下から肉が焦げたイヤな臭いを漏らしながら、男は白目を剥いてその場に倒れこんだ。

 後はもう、駆けつけてきた灰軍の雑兵どもの相手をするだけ。大槍を振りかざし、薙ぎ払い、これらを一息に掃除する。

 そうして戦い尽くしている内に、大扉の前に立っている者が自分一人だけになった。

 これで相手側の気も済んだだろうと思い、先に進むために扉の前へ近づいていく。その途中で、床に転がる何かを見つけ、足を止めた。

 透明なガラスでできた、球体状のカプセルだった。俺はそれを片手で拾いあげる。ガラスの中には黄金色に光を反射する液体が少しだけ残っていて、カプセルにはその液体を注入するための注射針のような小型の機構が備わっているように見えた。さっき、黒軍兵の二人が首に打ち付けていたものに間違いないだろう。

 カプセルの中の液体からは、わずかながらの神性を感じ取れた。これは……人造白龍のものではない。ラグエルノ龍?

 一体なぜ彼らがそんなものを持っているのか、頭に疑問が浮かび、しかしそんなことは今の自分にとっては些事であることを思い出し、カプセルをまた床に放り捨てた。

 豪勢な装飾が施された大扉が、目の前にある。

 この先は、玉座の間。

 先に見たセキュリティ情報から推測するに、ここにイデアールが待ち構えていることは間違いない。

 全く、縁起でもない場所を選びやがると悪態を吐き捨て、俺は目の前の大扉を蹴破った。

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