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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述29.5 救世主と銀世界
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記述29.5 救世主と銀世界 第2節

 早朝に目覚め、最初に見たのは真っ白な雪景色。ふり積もってからしばらく経って固まった冷たい雪の表面に、朝陽に照らされてできた自分の影がかかっており、それが随分と淡く弱々しいものに見えたことを、今ならなぜだかよく思い出せる。

 初めての記憶喪失が発生した朝のことだった。右も左もわからず途方に暮れる。自分が誰なのか、ここはどこなのか、何をしようとしていたのか、何をするべきだったのか、全部忘れてしまっていた。必死になって周囲を見回していたら、真っ白な雪原の向こう側に建物がたくさんあるのが見えて、集落が近いのだと気付いた。コンクリートの壁に囲まれた街の門前までやってくると、黒い軍服を着た男が何も知らない俺に話しかけてきた。

「探していましたよ、ソウド・ゼウセウト様!」

 それが俺の名前らしい。

 自分が何も覚えていないことを正直に伝えてみたところ、相手はとても驚いた様子を見せてから、いくつかの質問をしてきた。まったく心当たりの無い質問の数々に困り果てていると、本当に記憶が無いのだと信じてくれた男が酷く同情するような顔をした。これもよく覚えている。

 医者に診せる必要があると言われて車に乗せられ、そのまま城下街の王族かかりつけの医師の世話になることになった。早速行った検査の結果、脳には少しの異常も見られなかったが、つい最近まで重度のストレスを抱えた状態が長く続いていたことがわかった。ならばきっと、そのストレスが原因で起きた精神由来の症状なのだろうと、専門医自身も頭を傾げながら告げる結論にいたった。そして記憶を取り戻すためにはとりあえず休むことが肝心だろうと言われ、しばらくの間は城の敷地内で療養生活をすることになった。

 一ヶ月ほど時が過ぎた頃合いで、俺は二回目の記憶喪失に陥った。きっかけは特になくて、朝起きて、窓に映る自分の姿を見て、誰だかわからなかったとかそんな風だ。主治医はまた頭を悩ませ、何度も検査を重ねた。脳の異常が新しく見つかることは無かったし、ストレスだって以前より格段に減少していた。原因不明の記憶喪失は『記憶障害』と名を変えたため、三度目の到来に備える必要があると主治医は言った。素直に従うことしか知らない当時の俺は、言われた通りに毎日三度、こまめに日記を書くようになった。この頃に書いていた日記は今も城のどこかに残っているかもしれない。日記帳の一冊や二冊ではなく、かなりの冊数に及んだと思う。俺は結構長い間アルレスキュリア城に留まった。他に行く場所が無いというのが一番大きかったけれど、城の住民たちがやたらと自分に対して親切だったことに居心地の良さを感じていたというのもあった。けれど五年かそこらの時が過ぎたところで、俺は自分から城を離れることを決断した。

 記憶障害の症状が数ヶ月発生しない状態でいると、俺は自然に自分が人間ではないことに気付いてしまう。それが一年と長く続いたところで、城下を離れてウィルダム大陸の各所を旅して回るようになった。幸い金銭にも余裕があったし、一人でずっと旅をしていたわけでもない。側には自分をよく知る人間が一緒にいることが多かった。記憶喪失をどんなに繰り返しても、日記を見ればある程度のことは思い出せた。日記帳に書いてない部分だって、人から聞けばいくらでも補間できた。それだけで十分、やっていけると思っていた。

 旅に出て数年経ったところで、俺は自分に奇妙な力があることに気付いた。どうやら雷を自在に発生させ、操る力があるらしい。さらには金属を自由な状態に変形させることもできた。この二つの奇妙な能力は便利なもので、どこまで使えるのか試してみることにしたところ、これがほぼ制限無く、どこまでも自由にできることを知った。当時周囲にいた人々はこれをとても凄いことだと驚きながらも喜び、俺を持てはやした。「やはりゼウセウト様は特別なお方なのだ」と、何度も言われた。

 そんな頃に、俺はとある科学者と出会った。彼は自分がフロムテラスと呼ばれる文明都市の出身であり、そこから亡命してきた旨を語っていた。科学者として相当な能力を持った天才的な人物で、とりわけ人工知能を持った人型歩行兵器の開発に熱心になっていた。

 そんな彼が言ったのだ。

「あなたの力をこの機械の体に注いでみてください。そうすればきっと、最高の兵器が完成することでしょう」

「最高の兵器を何に使うつもりなんだ?」

「なに、完成させるだけでいい。後はあなたに差し上げます。私は作りたいだけの人間で、その後のことを考えない。だからこそ追放されたんだ」

「俺がそれを手に入れて何になる?」

「この子はきっと、あなたの良き隣人になることでしょう」

 こうして生まれたのがメタル・ハルバードと呼ばれる、神の力を有した人造人間。優秀な人工知能を持ったアンドロイドで、金属でできた自分の体を与えられた不思議な力によって自由に変形させ、無限の戦闘機能を活用して敵を殲滅させる万能兵器。

 ……などというカタログスペックは、ここが戦場でない限りあまり活用されず、結局このメタルという人形は俺の付き人のような立場に落ち着き、身の回りの細々としたことを代わりにやってくれる便利なものになった。

 一方で、俺の周囲にいた人間たちはメタルを使った奇跡の力の活用方法に感銘を受けていた。

「その力を私たち人間にも授けてもらえないものだろうか?」

 何か内側に良くない野心を抱えていそうな言葉であったが、断るような理由は特になかった。色々試してみたところ、人間に渡す場合は力を保持するための媒体が必要で、それさえあれば譲渡も可能であることがわかった。媒体となるものは、俺の体の一部。とりわけ切り渡しが簡単な髪の毛を紐状に加工したものを使うことになった。

 この青い紐を渡す時、俺は相手にたずねた。

「この力を何に使うつもりなんだ?」

 相手は言った。

「国を良くするために使います」

 この人物の名前が、ガイル・アビシオン。叛逆境界ホライゾニアの創設者の一人である、反王制派の若き勇だった。

 質問をしてみただけで、返ってくる答えについては特に何も思うところは無かった。だから好きにしろと言って、彼はその通りに有言を実行し、ホライゾニアを結成した。

 ホライゾニアはガイルの手腕でみるみる大きく勢力を拡大させていった。謳い文句は『青き神の施しの下に』。俺はいつの間にか彼らの間で神様と崇め奉られ、多くの敬愛の情を向けられるようになった。元来の俺の在り方として、これは正しい状態だ。だから別に嫌だという気持ちにもならなかった。「フォルクス」という、もう一つの名前の方を呼ばれることにもすぐに慣れた。彼らは自分たちこそ神の意の下に世直しを許された正義であり、古き聖女信仰に耽溺するアルレスキューレの政治体制は間違っていると大声で断言する。愚かだが、真っ直ぐだった。だから俺は自由にさせて、言葉通り施しだけを与えることを続けた。

 そんなホライゾニアとの共存生活は、長く続いた。俺の人生の比重の大半を占めていたと言えるくらいだ。これはアルレスキュリア城で過ごしていた二十年程度の時間より遥かに長い。その間の生活には不自由がなく、メタルに搭載されたバックアップ機能のおかげで記憶障害にも困らされなくなっていた。妙タイミングで記憶喪失になって、無意味に大陸を彷徨うこともままあったけれど、必ずどこかにホライゾニアの構成員がいて、俺に手を貸してくれた。

 メタルを開発したあの研究者の訃報を知った時、俺は弔いのために向かった研究所で彼の娘に出会い、彼女を引き取って育てるようなこともした。研究に没頭する親にまともに世話をしてもらえていなかった少女は粗野な性格をしていて困らされることも多分にあったが、今ではホライゾニアの立派な幹部の一人に成長している。レクトという名前の、青色の瞳を持った素直な娘だ。

 一見すると穏やかに見える時の流れ、その一方で世界ではアルレスキューレとグラントールの戦争が続いていて、ホライゾニアの様子も随分と慌ただしくなる。

 やがて時が来て、今から十年と少し前、あのグラントールとアルレスキューレの最後の戦闘が起きた。ホライゾニアはこの戦争にも関わっていて、多くの同胞たちが、グラントールの爆発に巻き込まれて帰らぬものとなった。組織内で保護できなかったグラントール人の難民がアルレスに連れ去られ、多くが奴隷にされたことを知った時には怒りも感じた。あの悪しき王国を我らの手で正さなければ、この大陸に未来はない。焦りをつのらせたホライゾニアの構成員たちは、それからまた十年の準備時間を費やし、とある計画を実行することになった。

 手始めに行うことは、奴隷として扱われていたグラントールの生き残りたちに『暴力』という名の希望を与えることだった。

 それがきっと、俺にとっての新しい始まりになった。 

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