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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述28 定命のその先へ
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記述28 定命のその先へ 第1節

 占領した研究施設の引き渡しが完了した後、キャラバン隊に同行していた大半の赤軍調査隊員は保護したアルレスキュリア人たちを連れて本国へ戻ることに決まった。そんな中で「グラントールで龍に会う」という次の目的を持っていたトラストさんとアデルファ隊長の二人は国外に残り、引き続きキャラバン隊と行動をともにすることになった。

 荒野を再び走り始めたキャラバン隊の車両は、研究施設があった場所からさらに西の方角へ向けて進んでいく。目的地は『西の廃村』。夢の中で俺がラグエルノ龍から聞いた言葉はすでに仲間内で共有されており、その結果、キャラバン隊の厚意もあって廃村まで立ち寄ってくれる流れとなったのだ。

 道中は天候にも恵まれ、野生動物に道を阻まれることもなく車両は順調に荒野を進んでいく。そうして走っている内に、もとより然程遠くない距離にあった廃村には予定より少し早いくらいの時刻に到着した。

 車両の外へ出て、目的地であった廃村の様子を一望する。しかし、目に入った景色の大半は見慣れた荒野というか、更地とほとんど変わらない。本当にここが目的地の廃村なのかと疑問に思い、トラストさんの小型端末で位置を確認してもらったのだが、地図上の位置的にはしっかりと合っている。ぶらりと周囲を歩き回ってみても村らしいものは見当たらず、あるのは土と砂と、その合間に埋まった石の塊だけ。グラントールの荒野であれば他の場所もそう変わりないが、勿論植物だって生えていない殺風景な平地だ。

 人の気配など微塵も感じられない、乾いた空気と風とが砂を巻き上げて荒野の上を薙いでいく。

 そんな中、しばらく歩いているとアデルファが石の塊を指さし、それがかつての民家の石壁であったことを指摘した。石の壁らしきものは他にもいくつかあり、その配置からこの場所に人が住んでいたことは確かであると分析する。考古学のような話だなぁと半信半疑に聞いていたところ、「土を掘ってみなさい」と言われ、軽く足元の土を素手で掘る。すると、すぐに中から陶器の欠片やタイルの切れ端が出土した。

「つまり、本当にここで待っていれば良いってこと?」

「私に聞かれても困りますよ。龍から言葉をいただいたのはディアだけなのですから」

 トラストさんにやんわりと指摘され、どうしたものかと改めて何もない荒野を見渡してみる。もとより待ち合わせ場所に廃村を選ぶ意味がわからないとは思っていたが、実際にやって来てみると「騙されたのではないか?」という疑惑はより一層大きくなる。

「とにかく、実際に待ってみるより他はないよね……」

 諦めたようにそう判断し、荒野の上を移動して、岩陰の裏の小さな日陰に避難する。そこからは待ちぼうけだ。灼熱に照り返った太陽を見上げ、ふぅと溜め息を吐く。横に立つトラストさんは熱砂の中で汗をかいているらしく、一枚のタオルで顔を拭っている。「熱い?」と声をかけると「それなりに」と返された。

「外で待ってるのは俺だけでも十分だと思うけど」

「いいえ。せっかくなので、ディアの側にいさせてください」

「寂しがりなのかい?」

「私たち、後少しでお別れなのでしょう?」

 言われてから、改めて思う。これからこの廃村で龍の使いと接触したら、その後はグラントールへ向かうことになるのだろう。そこで龍に会うという目的を果たしたら、いよいよ俺は、この時代の世界にいる必要がなくなる。元の世界に帰るのだ。

「それは……確かにちょっと寂しいね」

 ポツリと呟いた後に、お互い言葉を発することがなくなり、沈黙の時間がいくらか続いた。

 朽ち果てた荒野を見つめながら、ラグエルノ龍の使いを待つ。風が大地を横薙ぎに通り過ぎていく自然音だけが聞こえる、静かな時間。

 手持ち無沙汰になった時間の中、自分がいなくなった後、元の世界にいる仲間たちはどうなったのだろうと、考えた。突然いなくなったことを驚いているだろうか。心配しているだろうか。そしてこちらへ来る直前の出来事のことも思い出す。確か、龍の像を祀った神殿があると聞いて、参拝に行ったんだっけ。それから気付いたら海の底にいて……なんだかもう随分昔のことのように感じられてしまう。いつの間にかこちらの世界での日々に、随分と慣れてしまっていたらしい。

「霊体でいることは、正直、心地良いんだ」

 特に何か前触れを置くわけでもなく、独り言めいた言葉が口から溢れる。俺と同じように何もない荒野を無意味に見つめていたトラストさんがこちらにチラリと視線を移し、口を開いた。

「この、やけに眩しい太陽の熱さも感じられないのに、ですか?」

「代わりに喉も渇かないし、日射病にもならないよ。とても良いことだ」

 体の前に両腕を出し、目一杯の背伸びをする。体のほぐれがとれるような、心地よい痛みのようなものは特になく、ただその動作をしたという感覚だけが脳に情報として残る。奇妙な感覚だが、そんな違和感にもいつの間にか慣れてしまっていた。

「たまにね。このままでも良いのになって、思うことがある。この世界の俺は……この姿なら……体の内部からこみ上げてくる色んな苦痛のことを忘れていられるから。怪我もしない、倒れもしない。呼吸も簡単にできて、手足も自由に動かせる。困るのは……君に触れられないことくらいかな」

 顔を横に向け、こちらを見るトラストさんと視線を交わらせ、フッと笑いかける。

「以前から思っていたのですが、貴方はもしかして……」

「持病持ちってヤツだよ」

 先回りして答えてみると、トラストさんは言おうとしていた言葉を呑み込み、黙り込んだ。

「いや……そもそも人間ってワケでもないから、病気を持っているって言うのもやっぱりなんか違うかな。俺は普通の人間よりちょっと寿命が短い生物なんだ。人造人間、デザインベビー、言い方は色々あるけど、まぁともかくごく自然な生物とは違う過程でもって生まれてきた、人工的で、完全にはなりきれなかった別の何か。生まれつき体が弱くて、医者からはいつ死んでもおかしくないと言われ続けながら今まで生きてきた。すでにもう現実の俺の体はガタが来ていて、立って話して思考しているのが奇跡と言える状態でね。いつもいつも、命の不安で心をいっぱいに満たしながら生活していた。そんな毎日に戻るのは……やっぱりちょっと、抵抗がある」

 呼吸をするだけでも喉がジクジクと痛んでいた。弱く鼓動する自分の心臓の音を聞きながら眠る夜が怖かった。体中の血液が自分の思った通りに循環してくれない気分の悪さ。どれだけ薬を飲んでも治まらない内臓の痛みを、鎮痛剤で誤魔化しながら過ごしている毎日。

「普通って、いいよね。ずっとずっと憧れていた。健常で、健全で、自分の外側に広がる世界との交流に純粋な気持ちで取り組める。内向的であることだけを求められ続けた俺とは違う。自分が楽になれる方法ばかりを目で追い続け、必死に手を伸ばし続ける毎日を送る必要なんてない。普通に生きて、普通に食べて、普通に走って、普通に笑える日々が、ずっとずっと、羨ましい……そんな気持ちをさ、今もまだ諦めきれてなかったんだなって、この世界にやってきて、幽霊の体を手に入れて、思い知らされたよ」

「元の世界には返らずに、ずっと私とこちらの世界にいる選択をしてもいいんですよ」

「何それ、プロポーズ?」

 クスリと笑う。笑って、誤魔化す。

 手を伸ばし、トラストさんの胸の中に指先を突き立て、ゆっくりと手を差し込む。幽霊の体は実体を持たず、透明な何かに変わって彼の胸を貫通する。触感は無い。温度も無い。ただ空気に触れるだけのように体の中を通り過ぎる。

「左胸。この辺りに心臓があるのかな?」

「握りしめられたような心地はします」

「気分だけでしょ」

 体の中にすっかりと埋まっている右手首を引き抜く。何も変わっていない。何も起きていない。そのことをしっかりと、まじまじと感じ取りながら、「変だよね」と苦笑する。

「どんなにヘッポコな代物でも、俺は俺の肉体が恋しいよ。だから、帰らないと」

「そうですね。それに、ディアには願いがある。大切な……叶えなくてはならない願いが」

 空を見上げる。眩しくも熱くもない、真っ白な光の塊を視界にとらえる。目を閉じて、また開いて、乾きも潤いもしない眼球の上に瞼を滑らせて、まばたきする。苦痛の無い日々の中には生きているという実感も湧いてこない。こちらの時間軸の世界にいる間、俺はやっぱり、ずっと夢を見ているだけのような心地の中にいた。

「夢を見るのが嫌いだ、なんて、思ってたけど。君と一緒に見られる夢なら、正直悪くない心地がしたよ。ありがとう、トラストさん」

 視界に広がる荒野の上を、また一つ大きな風が砂煙を巻き上げながら通り過ぎていく。隣に立つトラストさんの衣服の端が風を受けてハタハタと音を立てる。少し長めに整えられた、彼の灰色の前髪が揺れる。肌の上を汗がつたう。俺の方は、何ら変わらず。

 どうして俺は、今、こんなところにいるんだろうな。

 改めてそう思い、荒んだ大地と灰色の空ばかりが広がる三十八年前の世界の景色を、じっと見つめる。元の世界に戻ったら、またこの景色も見れなくなるんだなと、少しばかり不思議な気分になった。

「お二人とも、お待ちの方がいらっしゃいましたよ」

 物思いに耽っていたところで、不意に背後から一つの声がかけられた。アデルファ隊長の声だ、と認識してから振り返ると、そこには確かにアデルファ本人が立っていた。しかしその隣には、誰なのか見知らぬ人物の姿もあった。

「そちらの方は?」

 音声による意思疎通ができない俺の代わりに、トラストさんが確認をとってくれる。

「なんだ、わからないのか」

 たずねられた方の人物が口を開き、顔に巻き付けていた砂除けのターバンを外して、俺たちに素顔を見せる。その顔を見て、すぐにわかった。数日前に荒野で出会った、若いペルデンテ人の兵士だ。

「あの時は世話になったな。そのうえ……本当にあのアジトを潰しちまうなんて、大したことをしてくれたもんだ」

「一体なぜこんな廃村に、貴方が?」

「それはそちらも同じだろ。待ち合わせだ」

「待ち合わせ、というと……」

「……オレの名はグロル・ケベス。グラントールの有力貴族、デルメテ家に仕える一介の傭兵。此度の役目はアデルファ・クルトとダムダ・トラストの両名を主人の屋敷まで招待すること、なんだとよ」

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