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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述27 遡行する栄華と黎明
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記述27 遡行する栄華と黎明 第14節

 頭の中をずっと反響していた痺れと激痛は、ある一つの地点を過ぎてから急速に引いていった。それとともにどこかへ飛ばしていた意識がうすらと手元に返ってきて、重く閉じきった瞼の向こう側の状態を認識できるようにもなった。しかし俺はこういう状態に慣れているからわかる。これは自分の体が回復したわけではなく、幻覚を見ているだけ。いわゆるところの走馬灯だ。

 ほら、誰かの声が聞こえる。意識すると、かすれるほど小さかったその音が悲痛な呼び声であると聞き取れるようになっていった。誰かが誰かを呼んでいる。帰りを待っている。悲しみに満ちた声色で、奇跡を待ち望むようなか細さで、願っている。

 あぁまたこれだ。俺の人生は他人に自分のことを願われてばかり。

 でも、どうしてだろう。今回については不思議と心地が良い。きっと、たぶん、やりたいことを好きにやった後だからだろう。まだずっとずっと旅は途中だったけれど、それでも不思議な満足感がある。

 ずっと自分だけが世界から置いていかれているような疎外感があって、その中から外に出ようとした途端に踏み潰されるばかりの人生。悔しさと怒りと悲しみと、ずっと抱えてきた虚しさ。それらが少しだけ、少しだけ、解消されたような気がした。

 君を守れて負った傷なら、誇っても良いような気がする。

 

『何をバカなことを考えているのですか』

 

 おや? 誰か、別の声が聞こえてきた。

『貴方は私のもとへ会いにくる。その予定を事前で無かったことにしようなど、認められません』

 鳥のさえずりのように軽やかで、春風のように爽やかな誰かの声。音色に誘われるように瞼を開くと、真っ白な視界の先に黄金色に輝くヒトの形をしたシルエットを見つけた。

『そもそもディア・テラス。貴方はどうして龍探しの旅なんかを続けているのですか?』

 幻覚の中で声をかけられ、それに対して返事をするために口を開く。夢の中なのに言葉は自然に口から出てきて、それが問いかけへの答えを成した。

「約束したんだ。旅に出て、色んなものを見て回ろうって。俺はその約束を果たして、遠くまで、遠くまで歩いてきた」

『病的な好奇心のため。あるいは健気な決意と約束の成就。本当に? そのただでさえ脆弱な死にかけの体で、残りの短い人生を費やす先が、無謀な冒険。それだけで、本当に良いと思っていると? うそぶいたことを言うものではありません。私にはわかっていますよ。貴方はもっともっと、欲深い』

 黄金のヒト影がこちらへふわりと近づき、俺の周囲をくるりと一転する。そのヒトが動く度にシルエットの端から白い羽根が粒子のように飛び散って、とても綺麗だ。

「俺の本当の願いが聞きたいの?」

『言葉を選んでいる自覚はあるようですね』

「口にできるようなことじゃないから、誰にも言わないだけ」

『貴方には往々にしてそのような面があるようです。大きな大きな諦観の中に常に身を沈めている。そのわりに、本性は強情で、望みを捨てきらない強さがある』

「どうしてそんなことまで知っているんだい?」

『当たり前でしょう。私は全知。全知の化身、守護龍ラグエルノ。貴方のことも、この世の全てのことも、検索、収集、解析することで把握できる。人間の心など私にとっては容易いもので、計算すればいくらでも本性を暴くことが出来ます』

 ラグエルノを名乗る光は俺を真っ直ぐに見つめ、言葉を紡ぐ。

『だからこそわかる。あなたはここで死ぬべきではない』

「助けてくれるの?」

『感謝はいりません、全て私の都合によるものです。治癒や蘇生の類いは個の特性として得意ではないのですが、いた仕方ありません』

「ありがとう」

『いらないと言ったのに……まぁいいでしょう。損傷により不足した分の精霊を私が呼び集め、補充いたします。元々貴方の体の大部分を占めていたものとは別の精霊になりますのでいくらか後遺症は残りますが、死ぬよりははるかにマシでしょう』

 そう言うと光のシルエットが俺の体に手を伸ばし、胸部に触れる。するとさっきまで忘れていた痛みが神経を伝って蘇り、脳に電流が激しい走った。けれどそれは一瞬で、そこからは徐々に体が熱を思い出すように熱く火照り、朦朧としていた意識という名の命の灯火が息を吹き返す。

 鼓動が鳴っている。その音の一つ一つがトクトクと、心地よく体に響き渡っていく。

『     』

『    』

 光る腕を伝って俺の胸から体の中に入り込んでくる、見知らぬ精霊たち。俺に話しかけてくる。

「大丈夫。ありがとう」

 言葉を返す。感謝の言葉を。

『いいですか、ディア・テラス。よく聞きなさい』

 きらきらと瞬く光の中で、変わらず輝く黄金のヒト影の声が鼓膜をふるわせる。ラグエルノは見えない光の中で表情を歪ませ、優位に満ちた微笑みを浮かべ、そして告げる。

『目覚めたら、西へ向かいなさい。ここからさらに西へ進んだ先にある廃村。そこに、使いを一人送ります。その者とともにグラントールへ入り、私のもとへ、会いに来なさい』

 

『必ず、ですよ』

 

 

 

 

 

 白い視界が切り替わり、全てが灰色に変わり、暗闇へと沈む。

 体に感じる痛みは少々の違和感を残したままにどこかへ消え失せ、幻覚を見ていた意識も現実へと再浮上していく。

 ここは、暗い暗い地下室の中? うつ伏せに倒れていた体をゆっくりと起こすと、自分のすぐ側にオレンジ色の光が灯っているのが目に入った。光のすぐ横に人影が一つ、俯いて存在している。それがふと、こちらが動いたことに気付いて、連動するように顔を上げる。

「ディア!!」

「トラストさん?」

 彼は驚き、思わず伸ばした手で俺の体に触れようとして、虚空を掴む。勢いのままに動いてしまったため、体制を崩して床の上に倒れ込んでしまった。「大丈夫?」と声をかけると「そちらこそ」と、少しの恥じらいを感じる声色の言葉が返ってきた。

 その一連の流れを行った後、少し冷静さを取り戻したトラストさんは体を起こし、改めて俺の顔を見て、表情に歓喜の感情を浮かべた。

「怪我は、一体? 貴方は右半身の大部分を獣の爪に切り裂かれて、ズタズタになっていたのですよ」

 指摘されてから自分の体を見下ろす。怪我をしている様子は少しも見られない。一度は千切れ落ちたのではないかと思うほど痛かった右腕や肩もしっかりと胴体とつながっている。大丈夫、なのだろうか。

 試しにぎゅっと右手の平を握ってみると、力がうまく入らないことに気付いた。

「夢の中で、ラグエルノ龍に会ったんだ」

「龍に?」

「約束をした。会いに行くっていう約束を果たす代わりに、体を治してあげるって。でもその時に、体にいくらかの後遺症が残るだろうって」

 握った拳の力を緩めると、ぴりっとした小さな痛みが右腕に走った。恐らくはこれが、その後遺症なのだろう。

「ディア。貴方はここがどこだかわかりますか?」

 トラストさんに問いかけられて、改めて周囲を見回す。薄暗いというよりはほぼ真っ暗な、光の乏しい空間。トラストさんが持ってきたオレンジ色の光を灯した照明だけが側にあって、それだけの四角い部屋だ。けれど、そう。あの時、大型の生物兵器と対峙していた地下室と同じ場所である。

「ディアはこの地下室で四日間も気を失っていたのですよ」

 言われて驚く。自分の中ではほんの一時といった時間の流れが、まさかそんなに大きかったとは思ってもみなかった。

「まさかそんな? でも……もしかして君は、その間ずっとここに?」

「ずっと、というわけではありませんが、いつディアが目覚めてもいいように側にいることには努めていました。体に触れられれば外に運び出すこともできたのですが、そうはいきませんでしたので」

 冗談めかしく言う笑顔に疲れの色が見て取れて「このまま死んでも良かったのにな」なんて一時でも思ってしまっていた自分が申し訳なくなった。

「研究施設の制圧は初日に終わり、以降はこの場所を再びグラントール勢力に奪い返されないようにするための処理をしている段階です」

「……俺たちが探していた生物兵器の原因って、この地下室の中に本当にあったの?」

「はい。ディアが気を失ってからすぐに生物兵器の討伐が終わり、その後に地下室内での捜索が行われました。そうやって見つかったものは、試験管の中に入った鳥の羽根のようなものでした」

 トラストさんは続けてこう話す。保護した被験者たちの中で、口がきけるほど進行が軽度のものから情報を聞き出した。我々が予測した通り、被験者となった彼らはもともとアルレスキューレの国内から拉致されてきた一般のアルレス人。彼らはこの場所に連れ出されるとともに、この奇妙な『羽根』を口から呑み込ませられた。羽根を呑んだものはその後、背中から羽毛のようなものが生え始め、思考能力が低下し、理性を喪う。個体差による耐性の差異により進行速度は様々であったらしいが、早い者であれば五日か六日のうちにすっかりと人のカタチを失い、獣の姿に成り果てていたという。

 このような人道に反する行いを本当にグラントールが国ぐるみで行っているなど、アルレスキューレ国民としては到底許容することはできない。故に施設にはさらなる調査と追求が必要ということで、アルレス本国も正式に国軍を動かして選任の人員を向かわせることを決定した。今はその人員が現場に辿り着くのを待っている状態。

「彼ら……恐らくは金軍兵への施設の引き継ぎ、引き渡しが完了次第、私たち赤軍は次の任務へ移行することになると、アデルファ隊長は発言しています」

「次の任務って?」

「グラントール公国の首都への侵入。龍に、会うことです」

 地下室で発見された『羽根』をアデルファが確認、分析したところ、それには大量の精霊の力が宿っていた。科学を始めとした文明の力では到底説明できない奇跡の力の集合体。人智が及ぶものでないのならば、人外の存在が元凶であると考えるのが自然な話である。グラントールにはちょうど、ラグエルノと言われる神秘が存在する。その龍こそが、生物兵器を生み出している元凶なのではないかと、考える。

「俺……気を失っている時に、ラグエルノと会話したって言ったよね。その時に、これから行くべき場所について教えてくれた」

 『ここから西へ進んだ先にある廃村』通信端末を取り出し、電子地図の画面上で確認すると、西の方角には確かに滅びた村の跡がある。俺たちはまずここへ、行ってみるべきなのだろう。

「ディアは龍に会って、どうしたいのですか?」

「何を考えているのか、これからどうするつもりなのか、聞いてみたい。彼らの意思は世界の未来図そのものだから」

「本当に、それだけ?」

 繰り返し問いかけられ、俺は少し考えてから、答える。

「まずは未来の世界に帰りたいよ」

 それを聞いて、トラストは口元を静かに綻ばせながら、小さく頷いた。

「あなたの願いなら叶えてあげたい」


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