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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述27 遡行する栄華と黎明
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記述27 遡行する栄華と黎明 第11節

 キャラバン隊から借りたロードバイクに跨がり、しばらくの間光る球体の行方を追って荒野を走っていると、徐々に平地が続いていた荒野の地形に変化が現れ、大きな岩の塊がそこら中に鎮座する岩場に入り込んだ。

 そこで上空を飛行している球体を再び発見する。球体はとある一点で高度をとどめ、その場をふわふわと旋回している。麓へ近付くために、トラストさんはロードバイクをその場に駐めて、徒歩で凹凸まみれの岩場を進んでいくことにした。

 すると少し近付いたところで、球体が浮かんでいる場所のすぐ真下の辺りから人の声が聞こえてきた。立ち止まり、耳を澄ますと、どうやら複数人の男性が言い争っている様子だ。面倒ごとに首を突っ込まないようにと思い、念のために大岩の背に身を隠しながら、声が聞こえてきた場所を確認することにした。

「大枚はたいて五体も買ったっていうのに、結果がコレじゃあ話にならねぇぞ!!」

「今回は相手が悪かったとしか言いようがない」

「アイツらはやめておけって先に言ったのに聞かなかったのはアンタらの方じゃないか!」

 会話を聞いて、この連中が自分たちのキャラバン隊を襲った張本人であるとすぐにわかった。怒鳴り合う男の姿は老若含めて五人ほど。アルレス人とは違う日焼けした褐色肌をしているため、全員がペルデンテかグラントールの国民のように見えた。そして彼らの側には先程の戦闘で逃げ出した二体の獣が控えているが……内の一体は横になったままピクリとも動いていない。逃げ出した後になってから息絶えてしまったのだろうか。彼らはその死体の始末についても揉めているように見えた。

「使えないものの世話をこれ以上したって仕方ねぇよ」

「だからと言ってそのままにするわけには……」

「アルレス人なんてどうなったっていいのさ! アンタにだって恨みはあるんだろ」

「証拠が残るのが困るって言ってるんだ!」

「そんなに気になるならオマエらで何とかすればいいだろ。オレたちは先に出て行くからな」

 その会話を最後に三人の男が一体の獣とともにその場を立ち去る。後に残った二人は動かない獣の側まで移動し、これまた二人で何かを話し始める。しかし今度の声は小さくて、岩の裏に隠れた距離からでは聞き取れなかった。

 残った二人の内、一人は熟練の戦士といった風貌の壮年男性で、もう一人はまだ年若い兵士だった。遠くからうかがっていると、壮年の男の方が何かを言いつけるような声が一瞬だけ聞こえ、その場を彼もまた立ち去る後ろ姿が見えた。残ったのは一つの死体と一人の若い兵士だけになった。

 若者は動かない死体の前でしばし静止し、この巨体をどうしたものかと考え込む。

「声をかけてみようよ」

 俺がそう提案してみると、トラストさんは少し迷った後に「やってみましょうか」と同意し、岩陰から姿を現わした。若い兵士はすぐにこちらに気付くと、武器を構えて臨戦態勢を取る。一方でこちらには戦うつもりは少しも無いため、敵意が無いことをアピールするためにその場で両手を挙げた。それを見て兵士の方も武器から手を放し、こちらを黙って見つめるだけの姿勢をとった。

「何者だ?」

「通りすがりですよ。バイクで側を通りかかったところ、言い争うような声が聞こえましたので」

「こんなところを通りすがるようなヤツが怪しくないわけないだろ」

「ですが今の状況で怪しいのはどう考えてもそちらの方かと思われますが」

「それは……チッ、アイツらめ、無駄にデカい声で騒ぎやがって」

 兵士はここにはいない連中に対して悪態を吐きながら、ガシガシと頭を掻く仕草をする。それから対面するトラストさんの顔をじっと見つめ、何かを思案した後に大きな口を開けて声をかけてきた。

「お前、オレに声をかけるくらいヒマなんだったら、ちょいと手を貸してくれないか」

「何か困りごとでも?」

「見てわからねぇのか? 弔いだ、弔い! この死んじまった生物を土に埋めるのを手伝えって言ってるんだ」

 そう言われて少し驚いた気持ちで、改めて地面に横たわっている獣の巨体を見つめる。とても一人では手に負えないサイズのように見えたが、だからといって二人になったところでどれだけ時間がかかるかはわからなかった。しかし、情報を得るには絶好のチャンスでもあると、それはトラストさんにもわかっていた。

「どうやら彼は私のことをアブロードの仲間だと思っているようですね」

 トラストさんが小声で俺にそう教えてくれる。グラントールに入る前に少しだけ聞いていた話だけれど、トラストさんはアルレス人とアブロードの混血で、肌の色が少しばかりアルレス人より暗いため、グラントール人などからいきなり敵だと見なされることは少ないらしい。だから今も目の前の彼はトラストさんを『仲間』だと思って警戒を解き、素直に手を貸して欲しいと頼むことができているのだろう。

 トラストさんは隠れていた大岩から離れ、兵士の前へ近付いていく。俺もまた付いていき、目の前で改めて横になった死体を見上げた。頭上では今もあの球体がふわふわと旋回している。あの球体が目当てとしていたものが何なのか、何となくわかったような気がした。

「地面を掘る道具はあるんですか?」

「一応な」

 兵士は背中にしょっていた大きな荷物を地面に下ろすと、中から折りたたみ式のスコップを二つ取り出し、その内の一つをトラストさんに差し出した。それを手元で組み立ててみると、意外に頑丈にできていることがすぐにわかり、造りに感心させられた。これなら硬い荒野の地面も少しくらい掘れる気がしてくる。とはいえ埋めるものが埋めるものなのだが。

「途方もない作業になりますね」

「まずはコイツを地面が柔らかいところまで移動させる必要がある」

「二人だけで持ち上げられますか?」

「やってみるしかないだろ。オレは前を持つから、お前は後ろを持て」

 若い兵士が言う通りにトラストさんが獣の後ろ脚がある方へ立ち、両腕を使って持ち上げようとする。獣の体重は見た目ほど重くはなかったが、それでも二人で容易に持ち上げられるほどではない。なんとかその巨体が宙に浮き上がったところで、前を担当していた兵士の方が移動のために歩き始める。それにトラストさんも付いていくかたちで、獣の体が少しずつ岩場を移動していく。

 少しずつ、少しずつ移動していく様を、霊体のために手伝えない俺はただ見守ることしかできない。そのことに歯がゆさを感じたところで、ふと先程自分が獣の羽毛に触れることができたことを思い出した。

「トラストさん。俺も手伝えるかな?」

「ディアもですか?」

 試しに二人に持ち上げられている獣の胴体に手を伸ばしてみると、確かに触れられる、実感がある。これならいけると思い、俺はトラストさんが支えている獣の下半身の方へ移動して、その体を持ち上げるのを手伝った。

「なんだ? 急に軽くなった気がするな」

 上半身を支えていた方の兵士が不思議そうな声を上げる。しかしそれ以降は特に気にした様子もなく、楽になったならそれで構わないとばかりに歩調を早めた。

「ありがとうございます」

 トラストさんが小声で俺に感謝を伝える。

「もともと力は無いから、あまり変化は無いかもだけど、いないよりは良かったかもね」

「助かりますよ」

 今まで何か起きても見守ることしかできなかったため、やっと力になれたことを嬉しく感じた。トラストさんが微笑みながら感謝を伝えてくれるので、俺はその受け取り慣れていない言葉を聞いて、少しだけ照れくさい気持ちになった。こちらの世界に来てから、助けられていたのはいつも自分の方ばかりだった。感謝するべきなのは自分の方だと思う。

 それからしばらくの時間をかけて岩場を移動した獣の死体は、柔らかい土の上まで持ってこられたところで地面に下ろされた。さらにそこから二人はスコップを使って地面に大きな穴を掘る。獣の巨体一つが収まるほどの穴が完成した頃には太陽がいくらか傾き、周囲は紅の色に染まりつつあった。いい加減にそろそろキャラバンのところへ戻らないとな、と考えながら、最後の仕上げとして三人でまた死体を持ち上げ、穴の中へ入れる。掘り返した砂を上からかけ、表面の土を固めて、墓が完成した。

 最後に若い兵士は荷物から瓶を取り出し、中に入っていた酒のいくらかを墓の表面にかけた。

 兵士が無言で俯き、それを見てこれが黙祷であることにやや遅れて気付いた。

 しんとした沈黙が風吹き荒ぶ夕焼けの荒野に通り過ぎ、やがてまた顔を上げた兵士が口を開いた。

「助かった。感謝する」

「……それで、この獣は一体何なのでしょうか」

 トラストさんがずっと謎に思っていたことを惜しげもなく質問する。兵士はそれを聞き、タバコでも吸い始めそうな仕草で口元に手を当て、墓の上に視線を下ろす。

「やっぱり気になるか?」

「ここまで手を貸したのですから、少しくらい教えてくださっても良いのではないですか?」

「お前、アルレス人だろ」

「……気付いていらっしゃったんですね」

「どこまで聞いてた?」

「アルレス人なんてどうなったっていい、と」

「…………申し訳ない」

 人種を指摘され、ここから改めて争いになるかとも思われたところで、兵士は想定の外側にある発言を繰り出してきた。謝罪とは、どういうことだろう。

「オレたちは過ちを犯しているんだ」

 兵士はそう言うと荷物をしまい込み、話はこれまでとばかりにその場を一人離れようとする。

「過ちとは、一体?」

「この辺りを今夜通り過ぎるグラントール人の商隊を調べてみろ」

 それだけ言うと今度こそこちらに背を向けた兵士は歩き出し、獣の墓の前を立ち去っていった。

 頭上を見上げると、浮かんでいた光の球体はいつの間にかどこかへ消えてしまっていた。


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