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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述27 遡行する栄華と黎明
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記述27 遡行する栄華と黎明 第9節

 大陸の中央部に近いバスティリヤの街を出発して西へ向かうと、まもなくして白ばかりの雪景色が一変した赤茶色の荒野が続くようになる。背の低い岩の塊がいたるところに転がっている、ウィルダム大陸ならばどこにでもあるような一般的な荒野の景色。乾いた風と汚染ガス、照り返す太陽の眩しさと焼け付く熱さ、巻き上がる土煙。

 その真ん中にポツリと砂に埋もれるようにして設けられていた前線基地の一つに赤軍はフライギアを停泊させた。予定では、この場所でこの先で世話になるキャラバン隊と合流することになっていた。

 フライギアを降りて荒野に出ると、真っ先に視界に入ったのは、連結した車両が縦に並ぶ、貨物列車のような形状をしたキャラバン隊の乗り物だった。一般的な列車と異なるのは、走行する際に線路を用いないこと。そしてそれに伴って荒れ果てた悪路を移動することに適した大きなタイヤをいくつも付けており、特に先頭の車両に関してはバギーカーのような見た目をしていた。

 ここから先、赤軍調査隊はこのキャラバン隊の乗り物に同乗し、グラントールを目指す。乗組員同士の挨拶を済ませ、荷物の積み替えと少々の打ち合わせを行った後に、同乗予定の赤軍調査隊員を車両に乗り込ませたキャラバン隊は、前線基地を出発して砂煙たちこめる荒野へ走り出し始めた。

 

 ガタガタと上下左右に激しく揺れる車内。車窓から通り過ぎていく景色の流れはゆったりとしていて、一般的な自動車より少し遅いくらい。この調子ではグラントールまでは随分と時間がかかるだろうなとぼんやり考える。

 俺たちが乗り込んだ車両の中ではすでに一仕事終えた雰囲気をまとったキャラバンの隊員が大きなジョッキを片手に酒盛りを始めていた。まだ真昼の時間にも拘わらずわいわいと騒ぐ愉快な空気の中、トラストさんは一人我関せずといった調子で備え付けの座席に腰かけて読書をしていた。

「こんなに車が揺れる中でよく文字が読めるね」

 周りの人たちに会話が聞かれないようにこっそりと声をかける。

「長旅には慣れていますからね」

「食べたばかりの昼ご飯を戻しちゃったりしないように気を付けてね」

「貴方の前でそのように格好悪いことはしません」

「君がしないって言うならそうなのかもしれないけど、やっぱりちょっと心配だなぁ」

「ディアはどうなんですか? 一人だけふわふわと宙に浮いている状態で、周囲の物だけ揺れている状況は目が回るようなものなのでは?」

「気分が悪くなるような器官も備わってないから大丈夫っぽい!」

「それは……良かった、と言えるのでしょうか?」

 俺はふわふわと宙に浮かんだ体を動かし、トラストさんの正面の座席に座った。そのまま半分だけ開いたガラス窓の外に視線を向ける。見慣れた灰色の雲の下、広々と展開される大自然のパノラマ。岩と砂だけで殺風景ではあるものの、迫力のようなものはしっかりと感じられる、力強い景色だった。

 平地を駆け抜ける風が窓から入り込んできて、正面の席に座っているトラストさんの前髪を揺らす。幽霊状態の自分はその様子を見ることで風の強さを感じ取り、読書の邪魔にならないように窓を閉めた。あまり彼に声をかけると何も知らない人たちから不審がられるため会話もできず、手持ち無沙汰に時間の経過を待った。

 そんなおり、穏やかだった列車の旅にハプニングが起きた。

 不意に車両の外から聞こえてくるようになった地鳴りの音。ドドドドドとかすかに鳴っていたその音は徐々に大きくなっていき、やがて滝壺の側にでもいるかのような大きな音が周囲一帯を取り巻くようになっていた。当然、危険を察知したらしいキャラバン隊は車両を緊急停車させる。

 一体何が起きたのかと思って身構えていたら、同じ車両内に乗っていたキャラバン隊員がさほど珍しいことでもないような声と態度で隣にいた仲間に話しかける。

「またイワジカの群れだ」

「この時期に大移動が起こるのは珍しくないか?」

「戦時中だからな。縄張りの一つが戦場にでもなって、追い出されたんだろう」

 イワジカの群れ?

 それを聞いて俺はもう一度窓を開け、そこから顔を出して停止している車両の先頭の方を見る。すると見えたものは、激しく立ちこめる土煙と滝のような轟音、その中を駆け抜ける大柄な四足動物たちの群れ。大きな角を頭の上に携え、丈夫そうな上半身と太い足、長い尾を持った大きな獣が、何百も何千も集まり、同じ方角へ向けて揃って移動していた。これでは確かに、群れが通り過ぎるまでは車を走らせることはできないだろう。

「おう、軍隊の兄ちゃん。準備をした方がいいぜ」

 圧倒的な迫力をもった光景を前にして口を開けて呆然としていたら、側にいたトラストさんに向けてキャラバン隊の一人が声をかけてきた。

「何かあるのですか?」

「荒野で車両が止まるようなことがあると、それを狙って賊の類いが襲ってくることが多いんだ。今回はイワジカの群れだから、群れの移動にわざわざ張り付いて獲物を探してた連中がもう近くまで来ているだろうに。オレたちの仕事はソイツらを懲らしめることだ」

「そのわりにはさっきまでお酒を飲んでいたようですが」

「ワハハハ。酒を飲んだ方が出る力があるんだよ! 兄ちゃんはまだ若いからわからないんだろうな!」

 豪快に笑うキャラバン隊員はいつの間にか手元に大きな棍棒のようなものを携え、狭い車内で振りかざす。それを見て他の仲間たちもそれぞれの武器を手に取っていく。閉じていた車両の出入り口の鍵を開け、一人ずつ外へ出て荒野の上で陣形を組む。豪快な仕草と粗雑な職務態度とは裏腹に手際の良い動きだった。

 トラストさんは同じ車両に乗っていた他の赤軍調査隊員と目配せし、彼らの後に続いて荒野に出て行った。

「来たぞ」

 陣形の先頭に立っていた隊員が相図を出した。それとともに、前方からイワジカの土煙に紛れるようにして、何かがこちらへ向けて突進してくるのが見えた。

 それは一頭の獣だった。イワジカとはまた違う、犬のような体躯を持った凶暴そうな牙を生やした肉食動物。遠くから走ってくるその姿は徐々に徐々に大きくなっていき、一般的な自動車一台分ほどの巨体を持っていることがわかる。それが一頭だけではなく、二頭、三頭、五頭と頭数を増やし、ついに車両のすぐ目の前まで迫り来た。

 陣形を組んだ隊員たちの内、銃を持つ者がまず発砲をする。獣の体にいくつかの銃弾が当たる。表皮が硬い。命中した箇所から少量の血が飛び出しただけで、それ以上は流血が無い。

 突進する獣の一頭目が陣形の先頭に立つ隊員に飛びかかる。大盾を構えた隊員が三人がかりでこれを受け止めた。暴走する車が正面から突っ込んでくるような衝撃が三人の隊員に襲いかかった。しかし彼らは屈強で、怯んだ様子も無く、逆に動きを止めた獣の上半身に大盾を押し付けて動きを止める。それを見て後方の仲間たちが走り出し、制止した獣の体を大振りの鉈のようなもので切りつける。狙う場所は獣の弱点といえるらしい、間接部分や、足の腱。一つ潰したところで獣は大盾を振り払い、陣形から退避して荒野へ飛び出す。その内にまた別の獣が飛びかかり、それをまた別の大盾部隊が制止する。どうやらこれの繰り返しで弱体化を計る作戦らしい。

 全部で五頭もいる獣との戦いは長く続いた。トラストさんを含めた赤軍の面々も、後方から銃を構えて支援をする。戦い慣れた様子だったキャラバン隊員たちの中にも時が経つほどに負傷者が増えていった。特に最前線で大盾を構える者たちは腕の骨がいつ折れてもおかしくない、死闘といえる戦火の中に立っていた。

 そんな中、幽霊体の俺は何もできないまま宙に浮かんでいるだけだ。いや、そもそもちゃんとした肉体を持っていたとしても、これだけ激しい戦場においては邪魔になるだけで少しの役にも立たなかっただろう。不甲斐ない思いをするだけでも傲慢か。今は勇ましく戦う彼らの姿を目に焼き付け、この戦いが終わった後にたっぷりと称賛の言葉を贈るのが、何も出来ない俺の役目なのだろうと思い、ただただ大人しく見守っていた。

 またいくらかの時間が経過し、一頭の獣がついに地に伏し、間もなくして二頭、三頭と倒れていく。残りの二頭は足をすでに随分と足を引きずっている。そこへ赤軍の発砲した銃弾が頭部の急所に的確に命中した。ギャインと大きな鳴き声がして、動転した獣はそのままこちらに背を向けて荒野へ向けて逃げ出した。それを見て最後の一頭も倒れ伏す三頭の獣をその場に残し、戦線を離脱する。応戦していた隊員たちの内、逃げる獣の後を追おうとする者は一人もいなかった。

 戦いが終わったのだ。長時間に渡って武器を構えていた隊員たちが「ふう……」と肩の荷を下ろしてその場にうずくまる。一人二人と次々にその場に倒れ込むように座り込み、体に溜まった疲労を癒やす。側に転がっていた獣たちの体はすでに力無く、息絶えていた。


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