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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述27 遡行する栄華と黎明
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記述27 遡行する栄華と黎明 第1節

 ホライゾニアのアジトを後にしてからすぐに、ソウドに頼まれた物資を届けるためにラムボアードを出立した。空路を用いた移動は平穏すぎるほど平穏に過ぎ去っていき、俺たちは何のトラブルも無いまま予定通りの日程で目的地に辿り着いた。

 しかし辿り着いたところで、フライギアのカメラ越しに見た外部の景色に唖然とさせられた。そこにあったものは地平線の彼方、見渡す限りの全てが真っ白な砂に覆い尽くされた、途方もなく静謐な光景だった。

 見知らぬ砂漠にでも辿り着いたのかと思って外部の気候を調べてみたところ、気温が際立って高いというわけではなく、湿度についてはむしろ他の地域より少し高いくらいだった。ライフもウルドもこんな地形は見たことも聞いたこともないと不思議に思っていたところで、ブラムが「あ、わかりました!」と声をあげた。

「どうやらこの地域一帯は、先の人為的世界改変以前は海の中に沈んでいたようです。それが改変の影響で水位が急激に下がり、海底に沈んでいた砂の山だけが後に残ったのです」

 つまりこの地形の正体は広大な砂浜だということになる。言われてから過去に見たウィルダム大陸の地図を頭の中で思い浮かべてみると、確かに南東の辺りの大地が歪な形に削れていたような記憶が……なくもない。それを改めて端末の電子地図で確認してみると、削れていたような記憶がある南東部の地形が、パテで修復されたように綺麗になっていた。こんなところにも世界改変の影響が出ていたのかと思い知らされる。一方で、そうなってくるとソウドがこの場所をわざわざ指定してきたことに何か理由があるような気がしてきた。だがそんなことをまだ到着したばかりの段階で深読みしたって仕方がない。とりあえず現地の人と話をしてみる必要があるなと強く感じた。

 それから俺たちは砂浜の中にあったホライゾニアの活動拠点にフライギアを下ろし、運んできた物資の受け渡しの手続きをすることになった。電子と紙の書類を交互に取り出して行う手続きはなんとも煩雑そうであったが、その用紙にサインを行う合間合間の待ち時間を使って、ホライゾニアの構成員らしい担当の女性から雑談をまがいの情報交換をすることができた。

「聖地巡礼ですか?」

「そう。前までは海の底にあったおかげで限られた管理役職の人しか立ち寄れなかったのだけれど、最近になってアレがあったでしょう。良いことだと喜ぶのも不謹慎な話なんだけど、アレの影響で海の水が一気に引いて、海中にあった遺跡群が陸にあがったのよ」

 見てご覧なさい、と言われて、改めて南東の方角に地平線の彼方まで続く砂浜へ視線をやる。言われてみれば見渡す限り砂ばかりの平地の中、ところどころに、半ば砂の中に埋まり込むかたちをしながら廃墟のようなものが露出している様が見て取れた。

「昔はここにとある素敵な集落があったらしいのよ。集落の真ん中には大きくて立派な神殿が建っていて、そこでは龍の御神像を祀っていたの。私たちにとっては最も親しみのある尊敬すべきお方の故郷よ。せっかく聖地に足を運んだんだから、あなたも一度仲間と一緒に参拝してくるといいわ」

「龍の御神像ですか。確かに一度見てみたいですね」

 そう返事をしてみると、構成員の女性は親切に神殿の場所をデータにしてこちらの端末へ送信してくれた。

 御神像というと、つい最近アシミナークで見たものを思い出す。龍に関係するものならば見ておいた方が良いだろう。運搬を終えた後は明日の朝までこちらでフライギアを停泊させるつもりでいたので、現地を探索する時間にだって余裕がある。

 荷物の受け渡しが全て完了すると、女性から渡された数枚の書類を手にフライギアへ帰った。時刻はちょうど昼時で、仲間と一緒に昼食をとりながら海中遺跡と聖地巡礼の話をする。神や龍に関わるものがあるというのならばもちろん行かないわけにはならないという話になって、それから俺たちは砂地の上を歩くのに便利な服装に着替えて、もう一度穏やかな風が吹く砂浜の上に足を下ろした。

 柔らかい砂の上に足跡をいくつも残しながら、教えられた神殿の場所まで徒歩で移動する。

 空は今日も青く澄んでいて、その下に広がる砂の粒は一つ一つが暖かな陽光を浴びて輝いているように見えた。眩しい光景だ。地平線を遠く感じるほど果てまで続く白い砂浜。

 そしてその砂の下に埋まるようにして残された廃墟の欠片たち。

 長い間海中に埋まっていたというわりには綺麗な風貌をした建物が多い。荒廃した町……よりは村と言った方がしっくりくるくらいの土地面積に、雑多な石の残骸が散らばっている。建物の多くは木造であったようで、家が建っていたと思われる場所には石材でできた礎の部分くらいしか残っていない。それ以外は崩れた煉瓦壁やら石畳やらが点在している。ここにかつて生活している人たちがいたんだなと思うと、なんだか寂しいような切ないような、奇妙な気持ちになった。

 何度か砂の中の瓦礫に足を躓きそうになりながら歩いていると、しばらくして目の前に一際大きな石造りの建物が見えてきた。これもまた他の遺跡群と同様に至るところが崩れ落ちている。天井も壁もほとんど残っていないが、大きな柱が等間隔に地面から生えている点から、これが神殿と呼ばれるに相応しい場所であったことがうかがい知れた。

 神殿の内外にはいくらかの人が集まっている。近付いていく俺たちの姿に気付いた一人の男が振り返り、手を振ってきた。話してみると彼はどうやらこの神殿および周辺に広がる海中遺跡の管理者の一人であるようだ。自分たちが御神像を見に来たこと巡礼者であることを伝えると、「神の御前ですから、厳粛に頼みますよ」と少しばかり厳しい口調で言いつけられた。

 管理者に案内されて神殿の周縁部を少し歩いたところで、正門跡と思われる一際大きな二本の柱の前までやってきた。そしてその入り口の前には、話に聞いていた御神像が建っていた。一目見てすぐにわかった理由は、その御神像がアシミナークで見たものとほとんど同じ造形をしていたからだ。

 柔らかく流線的な輪郭を持った、爬虫類のようにしなやかな肢体と長い尾を持った生物の彫像。目の部分にはめられた宝石の色も同じ赤。アシミナークのそれと比べて随分と傷が多く、体の部位にも欠損があったが、それでも同じものだとすぐにわかった。

 御神像は何も無い砂浜の方を真っ直ぐに見つめ、静かにそこに佇んでいる。

「目を閉じて、祈りなさい」

 無言で御神像を見上げていた俺たちに向けて、管理者が命じるように声をかけてきた。巡礼者としてここにやってきた以上、彼らの作法に従うべきだと思った。言われるがままにその場に立ちずさみ、目を閉じる。そして他の者たちと同じように胸の前で手を合わせ、何かを念じる。

 念じるといわれても、一体何を?と思い、少しの思考を巡らせる。ここに来た理由は何だったか。考えていると「龍に会いたい」という言葉が自然に頭に浮かんできた。思い、願い、祈りを捧げたところで……ふと、おかしさに気付く。いつまで経っても管理者から目を開ける許可がおりない。それどころか、なんだか周囲がやたらと静まりかえっているような気がした。

 音が消えたように静か。風の音も何も聞こえない。不安を感じて目を開くと、周囲にいたはずの仲間たちの姿が無くなっていた。あるのはどこまでも真っ平らな砂丘と、崩れた古代遺跡、そして目の前の御神像だけ。

 驚いた体が後ろに倒れ、柔らかい砂の上に尻餅をつく。そうしてたまたま見上げた空は灰色をしていた。おかしいとさらに思う。さっきまでは目が冴えるほど鮮やかな青色をしていたのに、今はあの見慣れた曇天だ。

 一体何が起きたのかと考える。そうしている内に、ふと砂の上に乗せていた手の平に何か冷たいものが触れた。驚いて手をどけると、手形に沈んだ砂地の底から、透明な水が徐々に、徐々に、湧き出てくる様が見て取れた。

 どうしてこんなところから水が? 改めて周囲を見回すと、砂浜のいたるところからも同じように水が湧き出ていた。尻餅を付いていた姿勢のままでは水に濡れてしまうと思い、その場から立ち上がった頃にはもう、足首まで水位が上がってしまっていた。

 湧き出る水は時間とともに量を増していき、やがて周囲の砂浜一帯が浅瀬といえるほどの景色に変わり果てる。それでも水位は上がることを止まらない。これ以上ここにいれば水の中に沈んでしまう。急いでその場から走って逃げようとするが、行けども行けどもどこまでも同じ灰色の景色。足元の水は容赦なく水位を増し、歩くのを困難にするほど重たく足に絡みついてくる。

「誰か、誰かいませんか!?」

 誰もいない、灰色の水面と曇天ばかりが続く景色の中で、声をあげる。もちろん何も起こらない。

「俺は、どうすればいいんですか!?」

 虚空に向かってたずねる。するとどうした。何か風の囁きのようなものが聞こえてきた。

『       』

「そんなこと言われても……あっ!」

 そこでついに、水中で懸命に底に触れるよう伸ばしていた足が、浮かんでしまう。

 生まれてこの方一度も『泳ぐ』という行為をしたことがない俺は、当然のように水に浮かぶ方法を知らない。だからそのまま、あっという間に体勢を崩して水の中に沈んでしまった。もがこうとしても体が沈んでいる間も水位は上昇する一方で、いくら手足を振り回しても海面には届かない。

 水を大量に吸い込んだ衣服が重たく体に張りつき、水の中で上手く手足を動かせない。

 体の中に溜まっていた酸素を使い切り、呼吸ができない苦しみの中で、間もなくして俺は意識を手放した。


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