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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述25 龍の墓場
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記述25 龍の墓場 第7節

『昔々に語り継がれた物語 神が創り出したこの世界

 世は終焉の時であり 再びこの地が神の手により蘇ることは無い』

 

 比較的新しい風貌をした方の預言書には、筆者であるアデルファ・クルトの自伝のような内容が書かれている。

 物心ついた頃から、不思議な声と共にあった。アデルファにしか聞こえない、誰の眼にも見えない真実の言葉。狂人だの病人だのと周囲からは奇異な目を向けられることが多い生涯であったが、孤独を感じたことは無い。何故ならアデルファは常に声と共にあり、この声の主といえる大いなる存在に恋をしていたため。

「内容に見覚えがあるかもしれない」

 紙面に目を通し始めてからまもなくして、ディアがそのことに気付いて呟いた。以前にラムボアードでアルカと出会った際に、同じ内容を口伝で聞かされていたようだ。

「だがそれが全てではないだろう。本の中盤以降にはアデルファがかつてアルレスキューレの国軍第四部隊に所属していた頃のことが主だって書かれている。時期としては、アルレスがまだグラントールと戦争をしていた頃のことだ」

「アデルファさんは、なぜグラントールのことを本に書き残したりしたのかな?」

 預言書が本物であることを確認したディアは、手にしていた本を一旦閉じて机の上に戻し、俺に問いかけた。

「過去にグラントールで起きた大規模な世界改変について、正しい歴史を伝えるためだろうな」

「グラントールで世界改変ですか?」

 ブラムが驚いた声をあげる。

「なんでオマエがそれを知らないんだよ」

「だ、だって、本当に知らないんです」

 呆れる俺の代わりにアビシオンが説明する。グラントールとの最初の戦争が始まった五十年ほど前の時代、彼は若い黒軍兵士として戦争を遠くからだが見つめていたため、当時のことをよく覚えている。

 戦争が始まってから最初の十年ほどの間は、戦況を長引かせながらも常時アルレスキューレ側がグラントールを圧倒していた。ところがある時期からアルレス軍に度重なる不運が訪れるようになる。突然の強風や天候変化による劣勢。至るところで原因不明の事故が多発。突然の敗戦続きの状況に軍全体の指揮が低下し、情報漏洩や裏切りなどの不祥事が増加した。

 一方でグラントールの好調は、まるで天運でも味方につけているようと表現されるほど長く続いた。

「真相はまさに天運その通り。当時のグラントール人はとある超常的な存在から加護を授かり、奇跡の力でもって戦争に望んでいました。その超常存在の名は、守護龍ラグエルノ。ここではない別世界、ラグエルノ大陸の消失とともにウィルダム大陸に漂流してきた、正真正銘の神たる存在です」

 ここでその場にいる全員がブラムの方を見る。

「ど、どういうことですか!?」

 ブラム本人も驚いており、動揺隠しきれぬ様子で周囲を見回している。

「話を続けるぞ」

 当時赤軍の隊長として最前線でグラントールとの戦争に参加していたアデルファは、ラグエルノ龍との戦いのことをよく知っていた。それもそのはず、このラグエルノ龍を打倒して戦争を一時休戦まで持っていった者こそ、アデルファ・クルト本人であった。若い頃のアデルファはとある優秀な部下とともに戦時下のグラントールにて暗躍し、ラグエルノ龍の眼前まで辿り着くと、その力を封印することに成功した。ただしどんな手段を使ったかまでは書かれていない。

 しかし、肝心なのはこの後の話。

「貴方がたは、このグラントールとの戦争が最終的にどんな結末を迎えたかご存知ですか?」

 アビシオンがたずねる。

「もちろん知っているわ」

 と答えたのはライフ・クルト。彼女は王立図書館で情報を管理する側の立場にあったため、こちら方面の話には詳しい。アビシオンは小さく頷き、話を続ける。

「知っての通り、現在に生きる人々の間では、グラントールはアルレスキューレが開発した強大な威力を持つ爆弾兵器の投下により消滅したと記憶されています。しかしこれは誤認。実際のところは、アルレスキューレが秘密裏に戦争に投入した、とある別の兵器によるもの。それは単なる爆弾ではなく、美しい女性の姿をした人型兵器でした。アルレスキューレの研究者たちはこれを『人造白龍』と呼んでいます」

 人造白龍とは何か。これには、さっき途切れたエルベラーゼの死体の話題が関わってくる。

「簡単に説明すれば言葉の通り、人間の手によって造られた龍。材料はエルベラーゼ王女の御遺体。保存した死体を機械によって改造、補強を施し、人工脳の移植によって意識は無いままでも満足な活動ができるように蘇生したそうです」

「オマエたちも知っての通り、エルベラーゼの伴侶はこの世界の真なる主、レトロ・シルヴァ。そのレトロから寵愛を受けたエルベラーゼはもはや人間ではなく、この世界の根源を揺るがすほどの異能の持ち主となっていた。そのことに気付いたアルレスの神話研究者たちは、死んだはずの彼女を蘇らせ、自分たちの手で自由に傀儡できるようにしようと企てたんだ」

 優秀な協力者の助けもあり、人造白龍はほぼ完成。そこでこれを実戦に投入しようという声が一つ上がった。当時の黒軍隊長ことバルム・ミッドライトは、グラントールに封印されていたラグエルノ龍が復活し、再びアルレスに脅威をもたらしていることを訴え、龍には龍の力でもって対抗するより他はないと議場にて弁舌した。この発言は半信半疑ながらも受け入れられ、人造白龍はグラントールの大地に解き放たれた。

 その結果が、グラントールの国土全てを巻き込む大破壊的所業へとつながった。

「以降のことは知っての通りです。実験を強行した当時の黒軍隊長は戦争犯罪者としてアルレスキューレ側からも糾弾を受けることになり、地位も財産も剥奪された後に追放されました。よくある戦後のスケープゴートの一種です。国としての責任問題もある関係で公に処刑することはしませんでしたが、実際には裏で始末されている。そうして空席になった黒軍隊長の職位には当時の赤軍隊長であったダムダ・トラストが就任しました」

 人造白龍はそのありあまる力を行使するとともに世界に改変をもたらし、龍の存在を認知しない一般人の存在、記憶、過去を改変した。

 

『我が国が爆弾投下計画を実行するより先に、あの国は崩壊状態に陥っていた。悪辣な性根を宿すグラントールの支配者どもは、我が国との戦争に勝つために非人道的な大量殺戮兵器の実戦投入を企てていた。この兵器は大昔に世界の全てを焼き尽くし焦土に変えたと伝えられている、旧文明の悪しき遺産そのものである。その封印を解くことですら未来永劫許されてはならない蛮行であったはずが、奴らはあろうことか、古代兵器の扱いを誤り、暴走させた。多くの命が、あの時まさに危機に頻していたのだ!』

 

「だから爆弾を落としたと、少々無理のある話ですが、そういう風になっています。アデルファは何としてもこの世界改変の正しい在り様を本に残して後世に伝えたかったのでしょう。彼はこの自身とグラントールの過去について書かれた預言書を、晩年に故郷へ戻ってきた際に伴侶であるクルト家の御婦人に手渡しました。先の戦いで我々が城から預言書を回収してきた際、その中身を真っ先に読んだ者はアルカ・クルトだったのですが、彼はこの本こそ自身が過去に祖父に見せていただいたものに違いないと断言していました。龍と世界の仕組み。加護の話。運命の決定について。精霊の歌のことも書かれているところも同じ。一方で、書物の後半のページが不自然に破られていることを指摘しました。それは恐らく、この預言書の直近の持ち主であるダムダ・トラストが破り取ったものだと考えられています」

「トラストさんが預言書を持っていたんですか?」

「はい。クルト家の御婦人は、この預言書をアデルファから受け取り内容を確認した後に、これはダムダ・トラストが持つべきだと言って、彼に譲り渡したそうです。恐らく破り取られていた箇所にはダムダ・トラストに向けた言葉が書かれていたのでしょう」

「大したことは書かれていないと思うが、アルカはこの破られたページ部分に興味を持った。それをまだトラストが所有していると推測したアイツは、アルレスキューレの城下街で奪取のタイミングを伺うことにしたらしい。それにしては相変わらず神出鬼没なんだけどな」

 そこまで話したところで、一冊目の預言書についての説明がひと段落ついた。次は、二冊目の預言書の方に話が移ることになる。

 ディアが一冊目よりいくらか古びた装丁に覆われた書物を手に取り、中を見る。よれたページが破れないように丁寧にめくり進めていく。しかしそのめくる手がまもなくして止まり、ディアは困惑したようにこちらの顔を見た。

「龍と世界の原理。時空龍とタイムパラドックス。現在のウィルダム大陸に三つの龍と一つの人造白龍がいることについて記述されているが……普通の人間が読んでもわけがわからないだけの内容だ。軽く読んでおけばいい」

「でも、大事な内容なんだろう?」

「この本の重要性は、本を読んだことそのものにある。理解が必要なわけじゃない。いいか、真理の片鱗に触れるということは、すなわち真理に干渉する可能性を極小ながらも得られるようになるということ。それが最も如実に能力として顕現するのが、世界改変に対する耐性だ。これをホライゾニアは活用していたから、先の戴冠式の一件で世界が改変された後も、現状を正しく把握して行動することができている。預言書とはそういうもので、逆に言えば内容の知識さえあれば原典そのものがこの場にある必要はない。わかるか?」

「まさか……手放しても良いって言いたいのかい?」

 何を企んでいるんだと胡乱げな表情をするディアを前に、俺は何ということもなく肯首した。

「俺がこれからする一つの質問に答えてくれれば、返答次第では構わないと思ってる。いいだろう、アビシオン」

 アビシオンの方も黙って首を縦に振る。ゼウセウト様の一存のままに、といった風な態度だ。

「……質問とは?」

「オマエたち、戴冠式の後に、あのラングヴァイレとどんな話をしたんだ?」

 その場にいたライフやウルドもディアの方を見つめ、気になる様子で言葉を待った。恐らく仲間内でも全てを共有したわけではないのだろう。ディアは何と口にすればいいのか困った様子で考え込んだ後に、意を決して話し始める。

「君たちと同じように、安全を確保できてからすぐに世界にどんなことが起きているのか確認したよ。それから、エッジくんのことについても、詳細は教えてくれなかったけど、話してくれた」

「エッジってのは……エッジ・シルヴァのことか?」

「そう。でもソウドは城で再会した時にエッジくんのことを覚えていないって言っていたよね?」

「覚えていないが、名前は知っている。記憶を取り戻した後に周囲からさんざん『忘れたなんて嘘だよな?』とか『あんなにエッジがエッジがって四六時中話していたのに?』とか心配されたからな」

「それはそうだろうなぁ」

「名前からするとシルヴァ家の人間なんだろうとは推測できる」

「あの人はレトロ・シルヴァの実の息子らしいね。つまり、エルベラーゼという女性を母に持つことになる。その彼が……戴冠式の時に新国王が行った世界改変のタイミングで、みんなの記憶から存在を消してしまったみたいなんだ」

「何?」

「本当だよ。マグナくんやライフ、ウルドも一緒に旅をしていたはずのエッジくんのことを忘れてしまっている。今だって全く思い出せていない。覚えているのは多分、赤龍の加護ってヤツを受けている俺とブラム、それとラングヴァイレ卿だけみたいなんだ」

「そうですよ、私はちゃんと覚えていました! だから、フォルクス龍であるあなたがエッジ様のことを忘れている理由がわからないのです!」

 机に乗り上げ、声を上げるブラム。とはいってもこちらとしてもわからないものはわからない。だが、思い当たるところはある。

「齟齬が起きているな。俺がエッジ・シルヴァのことを忘れたのは、他の全ての記憶を取り戻したタイミングでのことだ。戴冠式が起きた頃にはすでにそうなっていたわけだ……だが、これで合点がいった」

 俺は確かにエッジ・シルヴァという人物についての記憶を喪失している。しかしその記憶が喪失した直後には周囲の人間に彼の記憶があった。そしてそれは人の記憶の中のみならず、物理的なものにもしっかりと残っていた。

「オマエたちと旅をしていた時から持っていた通信端末に、エッジ・シルヴァとの過去のメッセージ上でのやり取りが残っていた。それが、世界改変後に確認したら全てデータから消えていたんだ。不自然な話だろう」

「エッジくんはシルヴァ家の血縁者なんだ。そんな存在が簡単に世界改変に巻き込まれていなくなってしまうなんて、なんとなくしっくりこない。それにラングヴァイレ卿はまだ何とかできるって、エッジくんは助けられるって信じていた。何かあったのは確かなんだ」

「思っていることは同じだな。そしてその『何か』が関わってくるとしたら、最近になって急に成果を出し、表に出るようになった人造白龍。エルベラーゼを材料としている以上、そのエッジというヤツも何かしらされてしまった可能性が極めて高い」

「俺は、ラングヴァイレ卿から頼み事を一つされたんだ。ウィルダム大陸にいくつか現存するアデルファ・クルトの預言書を手に入れて、彼のもとに持ってきて欲しいって。そうすれば、今はまだ話せない真実について話してくれるし、エッジくんとも会わせてくれるって、約束した」

「そのために預言書が必要だと。発言に嘘偽りは無いな?」

「ソウドほど敏い人間の前で嘘なんて吐かないよ」

 それもそうだなと思いながら、俺は静かに思案した。エッジ・シルヴァ消失の謎が解明すれば、人造白龍の謎にも迫ることができる。さらに言えば預言書の提供によってあのラングヴァイレの信頼を勝ち取ることができれば、そこからさらに重要な情報を引き出すことだって可能だろう。

「……どうせ人造白龍の真相については追求しなきゃならないし、その解明をディアたちがやってくれるというのならば悪い話じゃない。だから、使いを一つ頼まれてくれたら、その報酬として預言書を譲り渡しても良いことにする」

「あ、ありがとう!」

「詳細を聞いてから感謝しろ。いいな、やってもらいたいことは簡単だ。この大陸の南東部に古代遺跡があるんだが、そこにとある物資を届けてほしい」

「届けるだけ?」

「あぁ、誰でもできる簡単な使いっぱしりだ。仕事内容に大した意味は無く、オマエたちが素直にこちら側の指示に従うかどうかを試している。配達物の具体的な内容は……」

 と、話を続けようとしていたところで、不意に部屋の扉が再びノックされる音が聞こえてきた。アビシオン以外に誰かを呼んでいる予定は無く、ならば誰かと思ったら、部屋の外から「緊急です!」と急いだ様子の声が飛び込んできた。入室の許可を伝えると、報告係の構成員はすぐに口を開いてこう言った。

「イデアール・アルレスキュリアが大陸南部のトラスト領に姿を現わしました。現地の構成員の情報によると、何かの儀式の準備を進めているよう、とのことです!」

「なんだと!?」

 これ以上ないくらい胡散臭いニュースがとびこんできた。俺は報告係に「すぐに現地に向かう」と伝え、その場から立ち上がった。

「悪いな、こういうことになったからには今すぐ動かないわけにはいかない。話の続きは移動中にメッセージで伝えるから、後のことはアジトの連中に聞いてくれ。じゃあな」

 そう言ってから俺はメタルとアビシオンを引き連れて急いで応接室を後にした。

 あのバカが何を考えているのか、その全てまではわからない。だがこれ以上アイツが不毛な世界改変を繰り返すというのならば、他の誰でもない、俺自身が止めに行かなくてはならないのだ。


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