記述25 龍の墓場 第2節
夜の内にペルデンテのアジトを出発してから二日後の昼過ぎ。彼らの行く先ならここに行けばわかるだろうと足を運んだのは、大陸商会の現支配人ことマダム・ミラジェスタの邸宅。すでに訪問する旨の連絡は済ませていたため、入って早々複数の使用人に出迎えられ、邸宅の中を案内された。
「こちらのお部屋でお待ちください」
通された部屋の扉が開くと、客間と思われる豪勢な家具が並ぶ部屋の中に、なんと見知った顔をいくらか見つけることになった。探し人であるディア・テラスたち本人だ。まさか訪問して早々に同じ部屋に通されるとは思っていなかったため、いくらか虚を突かれてしまった。しかしどうも自分より冷静に状況を認識したらしいディアの様子を見て思い返す。マダムは俺のことをディアたちの旅仲間であると認識しているのだろう。
「まさかここで会うことになるとは思わなかった」
声をかけてみると、その場にいる全員を代表してディアが返事をする。
「ソウドの方こそ。余程忙しい身分だろうに、どうしてここに? マダムに呼ばれたのかい?」
「ラムボアードに来るついでに聞きたいことがあったから顔を出しただけだ。その質問ももうしなくていいみたいだがな」
何か文句を言いたげなウルドとラグエルノ龍の視線を一瞥してから、部屋の中で一つ空いていたソファに腰かけて足を組む。すぐ隣のソファでふかふかと体をうずめていたマグナが上体を急いで起こし、俺から少しだけ距離をとった。
「まさか、俺たちを探していたとか?」
「なんだ随分とカンが良いじゃないか」
「アタリなんだ。てっきりもう俺たちの旅には関わる気はないのかと思ってた」
「旅に加わりたいとは言ってない。ただ、どうも今は目的が重なっているらしいと聞いたんだ」
「誰から?」
「アルカ・クルトから」
ディアがライフの方をチラリと見る。ライフが肩をすくめるジェスチャーを一つした。
「知り合いだったとは知らなかった」
「アレは叛逆境界ホライゾニアの優秀な構成員らしい。どこかに所属していた方が何かと行動しやすいなんていう忠誠心の欠片もない勤務姿勢だがな」
「ソウドとホライゾニアの関係については聞いておきたいことがあるけど、それはまぁ、後でもいいだろうね」
「今は目的についてだ」
「俺たちは明日から、ラムボアード大渓谷の底を見に行こうと思ってるんだ。マダム・ミラジェスタにはどこに行けば探検のサポートを受けられそうかアドバイスを貰いに来ていた」
「もう会ったのか?」
「うん。もうじきラムボアードに滞在中のとある調査団のお偉いさんが来るから、頼んでごらんなさいって。まさか君が来るとはね」
「なるほど」
現在大渓谷を調査している団体といえば、ホライゾニアの関係者以外にはほぼいないはずだ。マダム・ミラジェスタと初対面した時には、確か俺の本当の身分は知られていなかったように見えたし、情報が漏れたのは記憶を思い出した後に何度かラムボアードに訪れるようになってからだろう。不要と言ったのに護衛を何人も付けて歩かされたからバレたりするんだと呆れてしまう。今回の同行者はメタルだけにしておいて良かった。
「まさかソウドも大渓谷に用があるのかい?」
「目を付けていたのはオマエたちより前からだ。あそこにはこの大陸の根幹を揺るがしかねない爆弾が眠ってる。それを処理したい」
「爆弾?」
黙り込み、少し考えてから、龍の存在をすでに知っているディアたちになら話しても良いかと判断した。
「今から五十七年前に王族大虐殺事件とかいうのがあっただろ。あの時に殺害された主犯者の死体は、どういうわけか何日経っても腐敗せず、火にくべても少しも燃える気配がなかった。何と言っても元より科学的に説明できない事象があまりにも多い事件。当時の連中は随分とこの罪人の死体を処理することを恐れていたようで、どうするべきか夜通し話し合い……結果、ソイツらは罪人の死体を細かく切り刻んで、自分の国の外側にたまたまあった深い深い崖の底に投棄することにした」「……それがこの、ラムボアード大渓谷?」
俺は呟くライフの言葉に頷いた。ディアは何か納得したような顔で話を静かに聞いている。
「だがな、どうもそのちりぢりに投棄されたはずの死体が、一カ所に集まっているみたいなんだ」
「えっ!?」
話を静かに聞いていたマグナが声を上げて驚いた。一瞥してから話を続ける。
「いつからなのかは知る由もないが、俺が記憶を取り戻した時にはその異様な気配だけがラムボアードの方から感じ取れた」
死んでいるはずの罪人本人とハイマートで再会して話をした……とまでは話さないでおこう。
「ラグエルノ、オマエにはわかったか?」
急に話しかけられたラグエルノが驚き「ブラムさんとお呼びください! でなければ貴方の名前もあちらの方でお呼びしますよ?」と変な抗議をしてきた。
「じゃあブラム、どうだ?」
「さんは……あぁ、いえ。私には正直、そのような上位存在の気配は感じ取れず……」
「大方オマエは自分の特異能力を過信しすぎているんだろうな。本当に半人前なヒヨコヘビだ」
「なんですって!?」
「まぁまぁブラムちゃん、大事な話の途中だからね。えっと……その、上位存在の気配って、もしかしてこう……黒々としていて怨念あらたか悍ましい感じだったり、する?」
「するな。ヤツめ、死後も思いきりこの大陸のことを祟ろうとしてやがる。おかげで大渓谷の底は今じゃ魔境と化している始末だ」
「それなら俺が感じてるよ」
「何?」
言われてから、じっと改めてディアの顔を見る。顔を見て、体を見て、全体の様子を見て、そこで妙に雰囲気が以前と変わっていることにやっと気付いた。容姿や服装が変わったわけではない。何か、内面的な変化があったようだ。
「もしやその『感じてる』とかいうのが、オマエたちが大渓谷の底に行こうとしている理由か?」
「そうみたいなの」
ライフがディアの代わりに答える。
「この人、少し前にアシミナークに立ち寄ってから、ずっとこの調子よ。気配がどうだの、雰囲気がこうだの、声が聞こえるとかなんとかかんとか、そういうわけのわからない話ばかりするようになったの」
「だって、本当に聞こえるんだから仕方ないじゃないか」
「耳鼻科はちゃんと勧めたんだけど、ブラムも本当に聞こえているんじゃないかって言うから、とりあえず信じてラムボアードまで来てみたのよ。そこで……さっきのあなたの話でしょう?」
「な? 嘘じゃなかった」
少し得意げにディアが笑う。ブラムも興味深そうに首をコクコクと縦に揺らしていた。
ディアの様子を改めてうかがったところで、ふとアジトでアルカが言っていた『大陸の主人公』という言葉を思い出した。
「だったらオマエ。この広い大渓谷のどこに行けば良いかまではわかったりしないのか?」
まさかな、と内心で思いつつ、聞いてみて損はないだろうくらいの気持ちで質問をする。それに対して、ディアは想定外にも「わかるよ」と短い言葉で返事をした。まるで、わかって当然とでも言うように、あっけらかんとした顔でだ。
「精霊たちが教えてくれてる」
そう言って彼は小型端末を取り出すと、画面にラムボアードの周辺地図を映し出した。その場にいる全員に見えるように画面を傾けながら、迷い無くスイスイとスクロールしていった地図の真ん中、とある一点。そこにディアは指を差し「たぶん、この辺り」と軽い一言。そこは大渓谷の中でも特に地形が入り組んでいて、毒霧の量も多いため探索が後回しにされていた場所だった。
「……悔しいが、行ってみる価値はありそうだな」
「それじゃあ……」
「あぁ。明日、オマエたちが強力の交渉に向かう予定の調査団のところに、俺も一緒に行く」
「ありがとう、助かるよ」
感謝されるほどのことでもない。というか、長い間成果が無かった大渓谷の探索に進展が生まれる兆しが見えたのだから、本来ならば感謝すべきなのは俺の方だ。しかしその感謝は本当にディアの言う場所が正しかったことをこの目で確認し、しかるべきことをした後までとっておくことにした。