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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述25 龍の墓場
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記述25 龍の墓場 第1節

 石と土で象られた無骨な内装を持つ部屋の中。広くも狭くもない空間の上に大型の電球が吊されていて、赤に近い橙色の灯りがほんのりとした熱とともに室内を照らしていた。視界の端では剥き出しのままにされた天井の梁に引っかけられている異国情緒溢れる模様柄のペナントが、どこからか入り込む隙間風の影響を受けて左右に揺れている。気が散るように目が行ってしまうのは、ひとえに今体験しているこの時間が暇で仕方ないと感じているからだろう。

 自分が座る椅子の前、一つのローテーブルを挟んだ向かい側の席には一人の老兵が畏まった調子で膝を合わせて座っている。

「契約のほどは、いかがでしょうか……」

 平身低頭の姿勢で恐る恐るたずねてくる老兵。彼はペルデンテで名の有る熟練の軍人であるようだ。地位も名誉も功績も十二分に併せ持つ人物が、自分に向けてこうも畏まった様子で話しかけてくることには未だに違和感を持ってしまう。だからといって自分の現在の立場上、「そう畏まるな」と声をかけ、平等なんて幻想を抱かせることも相手に悪い。世の中にはどうにもならない格の違いがあって、そのことを熟知しているからこそ、この老兵は俺へ向けて頭を低くしているのだ。

「どうせ使いこなせるかどうかはオマエたちの器次第だ。後になって俺が気に入らなくなるようなことがあればそれまでだし、手渡す分にはいくらでも構わないさ」

「あ、ありがたきお言葉で……」

「ただし、先に言った通り相応の貢献はしてもらうからな」

「ははっ、承知しております」

 この調子では俺がこれ以上何を言っても態度は変わらないだろう。腹の内は分かり易すぎるほど分かり易いし、器もさほど小さいわけではない。ここに勇み足でやってくる他のヤツ等に比べれば見込みが有る。

 自分が座る椅子の背後には金色の甲冑に身を包んだメタル・ハルバードが立っている。俺がメタルに軽く目配せすると、彼は部屋の奥から小さな箱を持って戻ってきた。小さいわりに丈夫に作られた特別製の小箱らしい。何をこんなに神経を注いで大事に扱うべき代物としたがるのか、当人である俺には理由がわかっていても複雑なことこのうえない。

「中身を確認していくか?」

「よろしいのでしょうか!?」

 念のため、というよりは、今すぐにでも見たいというような顔をしている。

「開けてやれ」

 メタルが老兵の前で小箱の鍵を開ける。中には硬めの綿が詰め込まれたクッションが入っていて、その間に大事そうに納められているモノは……ただの毛髪の束だ。

「見た通り、素材そのものの状態だからな。編むなり混ぜるなり、加工法は好きにすれば良い」

「感謝いたします、フォルクス様……これで、私も……」

 感情を隠しきれないままに口角をあげる老兵。正直自分の髪の毛を人に与えてありがたがられるという状況は非情に気色悪いのだが、これが龍の加護を与えるうえでの最も手っ取り早い手段なのだから致し方ない。

 蓋を閉じた箱を老兵に手渡してから後、しばしの間意気込みの籠もった熱い言葉を聞かされてから、やっとのことで彼は部屋を出て行った。あれでペルデンテが誇る英雄の一人だというのだから、人間というものはわからないものだ。

 そして先の老兵が出て行ったところを見計らって、入れ替わりで若いホライゾニアの女性団員が部屋に入ってくる。「お疲れ様でした」というねぎらいの言葉一つと、お茶を一杯。少し大きめのティーカップと茶菓子とをローテーブルの上に置いてから、一瞬の間の後、彼女は申し訳なさそうな声色でこう言ってきた。

「実は、アジトにフォルクス様との面会を求めている人物が一名ほど訪問しておりまして」

「今日の予定はさっきので終わりじゃなかったのか? 予定に無いヤツは追い返しているはずだろう」

「それが、ホライゾニアの重要な構成員の一人であることを名乗りますので、こちらも判断しかねております」

「名前は?」

「アルカという人物です」

 俺はその場で溜め息を一つ吐いた。

「というわけで、中に入るよ!」

 名前を聞いた直後に部屋のドアの方から見知った声が聞こえてきた。どうやら外で聞き耳を立てて待機していたらしい。間もなくしてドアが開き、白いローブを身に纏った背の低い男が部屋の中にズカズカと入り込んでくる。それを見て困った様子の女性団員に「構わない」と一言伝えてから、彼女の方へ部屋の外へ出るように指示した。

「何の用だ?」

 こちらが声をかけるより先に向かい側の椅子に座って茶菓子を食べ始めるアルカ・クルト。もとより自由人であることが彼の誇りであり売り文句である。今更何か言うつもりもない。

「大渓谷の捜索についての臨時報告さ」

 菓子の粒をポリポリと添えた手の平の上に溢しながら、彼はいたく楽しそうに話す。

 数ヶ月前、俺が記憶を取り戻したあの日から間もなくして開始されたのが、ホライゾニアの研究員たちによる大渓谷の探索だった。規模が大きく険しい地形が多いため難航していたはずだが、彼がわざわざここに来たということは今になって何か進展があったのだろうか。少しの期待を持って聞いてみる。しかしアルカは首を横に振った。

「崖底の内、雪解け水が無い場所は自然が腐っているとしか言い様がない有り様だよ。底無し沼に毒の霧、磁場は滅茶苦茶になっているし、立ち入った者の方向感覚は狂いまくりさ」

「だったらどうしてわざわざ報告に来たりしたんだ。気分屋で有名なオマエが直々に来るってことは、余程面白いものでも見つかったとしか思えない」

「その通り! 成果とは別にね、面白いことがあったのさ」

「なんだ?」

「この大陸の主人公ことディア・テラスが大渓谷の底を探索しようとしているという情報が入った」

 は? と、思わず声が出る。

「何でアイツの情報がそんなに重要な扱いになるんだ?」

「彼はウィルダム龍の加護を受けているからね」

 アルカは相変わらずポリポリとやたら美味しそうに茶菓子を口に含めながら話を続ける。今まで大渓谷の探索が思うように進まなかったのは、条件が揃っていなかったからだと。

「何と言っても、君たちが探しているのは『龍の墓場』だからね。強烈な拒絶と悔恨の念が漂っているであろうその領域、青龍の加護だけでは辿りつけないなら、加護の数と質を増やせば良いわけだよ」

「それでディア・テラスか……それにしてもなんでアイツが今になって」

「それと君もね」

「……まさかオマエ、俺にもラムボアードに行けって言ってるのか」

「これは助言だよ! 大預言者の孫かつ大陸屈指の情報屋の私は行った方が良いと言っている!」

 俺は溜め息をもう一度吐いてから、椅子の背もたれに体を預ける。

「どう思う、メタル?」

 すぐ後ろに直立姿勢で待機していたメタルがこちらに顔を少しだけ向け、応答をする。

「戴冠式の直後に対面した際、そのディア・テラスという人物は元赤軍隊長と接触していました」

「……例の件について何か聞いているかも知れないって?」

「可能性は高いかと」

 メタルの意見を聞き入れた上でしばしの思案をめぐらせる。

「仕方ない。行ってみるか」

 そう一言呟いてから、席を立った。

「まさか今から行くの?」

「ちょうどやたら多い訪客の相手をすることに飽きてきた頃合いだったんだ」

 メタルが壁に掛かっていたコートを取り外し、俺の前まで持ってくる。袖を通し、前を閉めてから、織物が敷かれた硬い石材の床を歩き出す。

「オマエはその茶菓子を食べ終わったらさっさと帰れよ」

「はーい!」

 部屋のドアを閉める時、アルカはご機嫌そうに目を細めながらこちらを振り返って手を振っていた。


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