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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述24 現人神と感受の旋律
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記述24 現人神と感受の旋律 RESULT

 月が大きく輝いている真夜中の湖。いつの間にか自分の体は生い茂る草の上に寝転がって、真っ暗な夜空を見上げていた。上体を起こして周囲を見回してみると、ここはどうやらアシミナーク湖の真ん中に浮かんでいた小島の上であるとわかった。

 どうしてこんなところで目を覚ましたのだろう。記憶を遡ってみたところで、奇妙な触手にさらわれて湖に引きずり込まれたことを思い出した。けれど自分の体の状態を改めて確認してみたところで、水に濡れた様子など全くない。この違和感には覚えがあって、直感で、また何かが起きたのだと思った。

「ディア! 無事だったのね!」

 すぐ近くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると、そこにはライフがいて、こちらへ向かい走ってきているところだった。

「何があったか覚えてる?」

 俺は静かに首を横に振った。

「私も同じ。気付いたらここに倒れていて……水の底に沈んでいく感覚は、しっかり覚えているの。でもその後がさっぱり」

「俺は夢みたいなものを見たよ」

「夢?」

「赤く染まった湖の底に、大きな球体が浮かんでる夢」

「私は……ううん、やっぱり何も覚えていない……特別なのは、あなただけなのかも」

「どういうこと?」

「気にしなくていいわ。それより、こちらへいらっしゃい。すぐ近くに神殿があるんだけど、中に誰もいないみたいなの」

 ライフは俺の腕を引き、ゆっくりと歩き出す。進行方向の先には彼女が言う通り、例の神殿が建っていた。

 白い石材のブロックをいくつもいくつも積み上げて作られた建造物。入り口には装飾模様が彫り込まれた大きな柱が左右均等に四本ずつ配置されていて、それらが重たい石の天井を高い位置で支えていた。柱の近くには使い込まれた篝火台があるものの、今は火が付いていない。灯りに照らされていない神殿の佇まいは静謐で、呼吸を少し止めて見つめるだけで時間まで止まってしまったかのような錯覚が簡単にできるほどだった。

「ねぇ、あれを見て」

 ライフが神殿の入り口前にあった何かへ向けて指をさす。それは昼間にブラムが気にしていた御神像だった。月明かりに照らされて夜闇の中うすぼんやりと白く光る、何かの石像。二人一緒になってそれに近付き、まじまじと観察する。

 柔らかく流線的な輪郭を持った、爬虫類のようにしなやかな肢体と長い尾を持った生物の彫像。頭頂部には一対の鳥の翼が生えており、背にはマントのようにもヴェールのようにも見える独特な形状をした羽根を持っていた。御神像の目にあたる部分には大粒の赤い宝玉がはめ込まれていて、それが空からふりそそぐ月の光を反射させて、キラキラと輝いていた。

 これが、アシミナークの民たちが信仰している神様の姿?

 御神像をもっと近くで見ようと思い、一歩だけ足を踏み出す。そこで不意に、頭の中に何か、ひらめきのようなものが通り過ぎていった。「これは確かにウィルダム神の彫像に違いない」という、直感。なぜそんな、ただの思いつきじみた直感が突然湧いてきたのだろう。不思議に思い、近付こうとしていた足を動かすのを止めた。

 すると、何かが聞こえてくる。

 音だろうか。いや、声? 誰の声? いいや、人ではないものの声だ。

 なぜそうだとわかる? 教えてくれているから? 一体何が? 声が、教えてくれている。

「ディア、どうかしたの?」

 御神像を見上げたまま立ち尽くしていた自分の様子を見て、少し心配したライフが声をかけてきてくれた。俺は彼女の方を見て言う。

「声が聞こえてくる」

「声?」

 ライフはその場で耳に手を当て、周囲の音に注意深く耳を澄ませる仕草をした。けれど、反応はよくない。

「水が揺れる音しか聞こえないわよ」

「でも、今も遠くの方から聞こえてきている」

「遠くって、どれくらい遠く?」

「……えっと……どう、だろう?」

 質問に答えを返そうとしたところで、自分の思考のおかしさに気付いて口ごもった。音は、声は、地平線の彼方から、あるいは湖の底深くから、空のさらに上に広がる天上高くから聞こえてくるような気がしていた。

「これは、なに?」

 思わず口ずさむ。その誰宛てでもない疑問にすら、不思議な声は答えを返してくれた。

 静かな真夜中のアシミナーク湖。茂る緑に、そよぐ風に、揺れる水面。真っ白な満月。

 どこからか聞こえてくる不思議な声。言葉としての意味は無く、ただ感性を揺らす音だけが聞こえる。

「精霊の歌?」

 それは無秩序でありながら調和を持ち、混沌でありながら一つの流動性を持った旋律として成立している。つまりこれは、歌なのだ。音でもなく、声でもなく、歌。

 歌、歌、歌が、聞こえてくる。

 どこかから。遠い遠い、世界の外側、あるいは内側。それは世界の全てを一つにまとめ、常に大地の上を飛行し続ける一陣の風の音によく似ていた。

 その精霊の歌が、俺に何かを伝えようとしている。

 俺の旅路。今の目的。するべきこと、行くべき場所。それは何か。未来を決める、一つの箴言。

「ラムボアードの地の底で待っている」

 自分の口から、意識から乖離した発言が自然に吐き出された。ライフが俺の顔を見つめ、俺もその顔を不思議そうに見つめ返した。

「俺は今、何を言ったのかな?」


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