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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述24 現人神と感受の旋律
165/212

交信

 体が沈んでいく。ゆったりと、ゆっくりと、動いているのか静止しているのかわからないほど緩慢に、水の中に沈んだ我が身が底へ底へと沈んでいく。

 意識は朦朧としており、瞼は閉じており、それにも関わらず、肉体の外側に広がる空間が赤く染まっている様を感じ取れた。

 私の内側。私の外側。赤く、赤く、どこまでも赤く。それはきっと、この世界の果てまでずっと真っ赤に染まっているような、錯覚? そうだ。世界はずっと赤かった。これは直感。そう思い、考える。

 赤は赤。生命は赤。生きとし生けるものの命の脈動。血液の赤。果実の赤。火炎の赤。

 ここには全てが有って、全てが無い。熱くもあり、寒くもあり、静かでもあり、騒々しくもある。

 理解するとともに、私の肉体を支配する血潮が、拍動が、私の内を抜け出し外側へ、遥か彼方まで流れ溶けていく。

 体の五感が機能を止め、変わりに内側に一つ残った魂が、一際大きく存在を増していた。

 私はここにいる。私はここにいる。

 繰り返し、口ずさみ、音は鳴らず、けれど伝わる。

 私はここにいる。私はここにいる。

 遠く飛ばした生命の波動が何かに当たり、跳ね返されるようにして帰ってくる。遠く聞こえる潮騒のざわめきとともに。どこか遠くから届く、誰かの声。

 この声の主を知っている。会ったことがない。見たことがない。感じたこともないけれど、しかし、確かに知っている。

 胸の内側。脳の奥底。手の平の上。瞳の裏。魂はそこにあり、肉体を離れ、宙へ舞い上がる。

 浮上する。沈みゆく体と、浮き上がる魂。肉と骨から分離した意識は真っ赤に染まった羊水の中を揺蕩い、微睡みながら浮上する。

 赤い。赤い。真っ赤な世界。原初の景色。黎明の色。ここには始まりがあって、終わりがない。時はずっと止まったまま、前を向かず、後ろも向かず、ただそこに揺蕩うのみ。私はその中に漂う一欠けらの藻屑であり、かけがえのない命であり、全てでもあった。


『       』


 音が聞こえてきて、私の意識は覚醒し、そして見る。薄く淡い赤色をした羊水の中に浮かぶ、巨大な球体。

 それは私を見つめ返し、呟いた。

 三つの気泡が宙に浮かび、私のもとへと辿り着き、パチンとはじけた。

 内と外とが交わり合い、意味が生まれ、理解する。

 声が聞こえる。声が届く。音は無くとも、言は無くとも、意があり、心があり、情は伝わる。

 思いよ、心よ、感情よ。風となれ水となれ炎となれ。世界を巡り、宇宙を飛び出し、私へ還れ。

 

『   』

 

 球体がはじける。はじけた球体の欠片が水中を泳ぎ渡り、私の周りを小魚の群れのように周遊する。

 小魚は泡に変わり、泡は光に変わり、光は輝きを強くしていき、見えるもの全てが眩しく照らされる。

 やがて光の中に何かが見えてきた。黒い闇。青い空。黄金の大地。赤い太陽。白い風。

 万物の事象。天と地の狭間。浮かんでいる。塵の一つもない、虚空だ。

 頭上では大気が渦巻き、宙は昼と夜とを高速で繰り返している。下方に意識をやると、大地にはおびただしい数の生命がひしめき合っていた。

 生まれて、死んで、生まれて、死んで、繰り返し繰り返し繰り返し。果てしない数の叫び声をあげていた。

 耳を閉じても聞こえてくる叫び声、全てが違い、何一つ同じものなどない魂の叫び。

 呻き。嘆き。痛み。叫び。叫び。大声を上げて、泣いている。喜びも、幸福も、楽しみも、怒りも、憎しみも、悲しみも、みんなみんな含めて叫び。混ざり合うことで調和が生まれ、旋律となり、私に届く。

 それが世界の全て。全て。全て。全て。全て。全て。全て。全て。全て。全て、理解して。

 歌は世界。声は生命で、感情こそが宇宙であるらしい。

 そして感情は選択する。未来を、未来を、未来を決める。

 幾億万の天文学的数値を誇る可能性と、その中から選ばれていく運命の集合体。それは太陽によく似ていた。

 

 私はいつもここにいるから、どうかまた時が来たら巡り会いましょう。


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