記述24 現人神と感受の旋律 第1節
クルト家の屋敷でライフの祖母から聞いた情報をもとに新しい目的地を決めた俺たちは、アルレスキューレの城下街を出発して、アシミナークへ再び足を運ぶことになった。
アシミナークといえば白一色に染まった樹木に覆われた不思議な森がある場所だ。森の中央には謎の巨大生物が棲む湖があって、周辺に住む集落の住民に畏れられていた。
なんにせよ、数ヶ月前に来たことがある場所なため、まだまだ記憶にも新しい……はずなのだが、実際に同じ場所にやって来てみた俺たちの前にあったものは、自らの過去の記憶とは似ても似つかない、煤色の煉瓦屋根が愛らしい牧歌的な雰囲気漂う小さな町だった。
植物はそこら中に生えているが、白い森などどこにも見当たらない。フライギアから見下ろした時に同じ位置に湖はあったため、場所を間違えて来てしまったということでもないのだろう。
世界改変の発生源から離れた土地であるはずなのにこれだけの影響を受けていることに驚きを隠せない。ともかく現地に入って状況を確かめてみなければと思い、町の外れにフライギアを着陸させた。
町の方へ近付いてみると、どこからともなく耳慣れない曲調の音楽が聞こえてきた。何だろうと興味本位で音がする方へ近付いてみると、道を二つ渡った先の広場のような場所で、数人の男女がそれぞれ形状が異なる楽器を演奏していた。周囲には町の住民と思われる老若男女が立っていて、熱心に音楽に耳を傾けながら、両手を胸の前で合わせている。
一体どういう集まりなのかと不思議に思い、しばらく見物していると、聴衆の中に涙を流しているものがいることに気付いた。一見の旅人が干渉してはいけないものだと感じ、俺たちはその場を離れることにした。
「そう広くはない町だから、とりあえず一周してから何をするか考えよう」
ひとまず音楽が聞こえてくる広場から遠ざかる方向へ向かって歩き出し、道なりに町中をぶらりと探索し始める。
昨晩ふったらしい雨の影響で、町中の舗装されていた道路の土はみんなぬかるんでいて、色々なものが通行した跡がくっきりと残っている。その中には人間では動物の足跡がいくらか混ざっていた。一体どんな動物のものなのか、その場に立ち止まってみんなと議論していたら、ちょうど答えを見せるゆにタイミングよく、目の前を大柄な一頭の犬が駆け抜けていった。野犬かと思って身構えてしまったが、しっかりと見ていたマグナが首輪をしていたことを教えてもらい、飼い犬であることを知って安心した。
そのままさらに町の奥へ向かって歩いていると、金網の柵に囲まれた何もない空間を見つけた。
側には人が住むには不便そうな外観の平屋が建っていて、耳を澄ますとその平屋の方から鳴き声のようなものが聞こえてくる。近付いてみると平屋の表面は吹き抜けになっていたため、中の様子が道路からでもよく見える。その平屋の中にはなんと、たくさんの見たことがない種類の動物が同じ方向を向いて並んでいた。おそらくは家畜なのだろう。動物たちは目の前の桶にたんまりと積まれた乾燥した植物を美味しそうに食べている。
興味深げに眺めていると、平屋の近くでうずくまって作業をしていた男性が立ち上がり、こちらへ近付いてくる。
「ルベラ・ジアーゴ。旅人の方々ですか。見たところこの町は初めてのようで、歓迎致しますよ」
と、その男性は親しげな調子で話しかけてきてくれた。「ルベラ・ジアーゴ」というのは、この町特有の挨拶の言葉か何かだろうか?
「初めまして、お兄さん! 私たちはついさっきこの町に入ってきたところなんです」
すると男性の気さくな笑顔が僅かに曇る。
「そしたらちょっと、悪いことをしてしまったかもしれないね。たぶん今日いっぱいはずっとこんな調子だと思うんだ」
「悪いこと、ですか?」
「あぁ、君たちもここに来る途中で音楽を聴いたんじゃないかな。あれは湖の神官様が教えてくれた弔いの曲なんだ」
そう言ってから男性は、つい今朝方に町の中で二人の子供が死亡したことを教えてくれた。小さな町なため、子供が一度に二人も死ぬのは悲しいことで、町の住民たち、特に子供を大切にしていた老人なんかは随分と気を落としている。
「早いほうがいいからって、今日の内に弔いの儀式をやるらしいんだ。日没すぐになるかな。今頃は準備で忙しいだろうから、儀式が終わるまでは湖の神殿にも船を出してもらえないよ」
「湖に神殿があるんですか?」
「なんだい、参拝に来たんじゃないのかい?」
「祖父の知人を訪ねに来たんです」
「あー、なるほどね! まぁでも、目的が違うにしても、せっかくだから儀式が終わったら神殿に一度は行ってみた方がいいよ。神官様たちはとてもためになる説教を教えてくれるし、ここでしか見れない壁画や御神像もあるからさ」
「それは魅力的ですね! 教えてくださってありがとうございます」
「いいってことさ。それじゃ、俺はかわいい子供らの餌を拵えなきゃいけないから、仕事に戻るね。町の空気はちょっとよくないかもしれないけど、良い滞在になることを祈るよ」
そう言って親切な男性は平屋の横に積み上げてあった桶を持ち上げて、動物たちが待っている建物の中へ入っていった。