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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述23 広い大地にひとりきり
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記述23 広い大地にひとりきり 第4節

「ここには使われていない部屋がたくさんあるから、みなさんでお好きに使ってくださいね」

 という、ややおっとりとした雰囲気があったライフの母のご厚意で、その日の晩はクルト家の屋敷で寝泊まりすることになった。

 狭くも広くもない適度な大きさをした個室に、シングルベッドが二つ。今晩は一人一室の利用なのだからベッドメイキングは一人分だけでいいはずなのに、几帳面に両方が整えられている。それぞれのベッドには清潔さを感じる白色のシーツ敷かれており、薄手だがしっかりと暖かい毛布が一枚、少し硬めの枕が一つ。日中に俺たちが泊まれるように精一杯の準備をしてくれたらしく、長く使われていなかったと言うわりに埃っぽい感じはしなかった。どうやらクルト家の使用人たちは随分と優秀なようだ。

 部屋に入ってしばらくしてから、そろそろカーテンを閉めようと思って立ちあがる。窓に近付いたところで、ガラス窓の向こうに庭の植物が豊かに生い茂っている様が見えて、ついつい眉をひそめてしまった。窓の外に見える景色の中、夜空が真っ黒なことは以前と変わらないけれど、暗雲の分厚い層が無くなった分、月が以前より眩しくなっている。それでも月の魅力の本質は変わっておらず、どこか穏やかで静謐な雰囲気はそのまま。俺はそんな月の輝く様を見て、ひっそりと心の中で安堵しながら、窓のカーテンを閉めた。

 ベッドの横に置いてあった小さなスタンドライトに灯りを点してから、天井の電気を消す。それから数秒だけ動きを止めて、一つ、考え事をした。思考の結果として迷うことをやめた俺は、まとめておいた荷物の中から通信端末を取り出し、画面を操作した。

 スピーカーの奥から聞こえる小さな通信音が、部屋の中にゆっくりと反響している。

 通信音はしばらく続き、やっぱり今は繋がらないかな? と諦めそうになったところで、音が止まり、代わりに落ち着いた男性の声が聞こえてきた。

『早速のご連絡をありがとうございます』

「こんばんは、トラストさん。少しだけ、お話させてもらってもいいかな?」

『もちろん構いませんよ。むしろ、私の方がディアから連絡がくるのを待っていたくらいです』

「ありがとうございます。それで……」

 一拍のためらい。その後にたずねる。

「俺に見せたかったものって、コレだったの?」

『その通り』

 何ということでもないような軽い調子で同意の言葉が返ってくる。通信越しに見えない相手の顔を思い浮かべ、その表情が朗らかに笑っていることを心の中で確認した。

「あなたに質問したいことは、山ほどあるんだ。新しい国王陛下がした行いについてとか、エッジくんはどこで何をしているのかとか」

『質問にはお答えできますよ』

「……今はまだ、聞かないことにする」

『どうして?』

「それじゃあ、俺が旅に出た理由がわからなくなってしまうから」

『流石はマイディア。あなたは私が求める言葉を惜しみなく与えてくださいますね。ですが一つ、これだけは聞いておきたいという質問があるでしょう』

「本当に何でもお見通しなんだね。そう。だから、こうして連絡をとってるんだ」

 明るく発光する通信端末の画面と、その真ん中に表示されるダムダ・トラストの文字を見つめながら、沈黙する。静かな室内に、スピーカーから届く無音の波紋がゆったりとした速度で広がっていく。次の言葉をどう口にするべきか迷い、戸惑いの中で、自分が緊張しているということに遅れて気付かされた。心臓が少しだけ鼓動を速めている。

「どうして俺なの?」

 単刀直入に、聞きたいところだけを手身近にたずねる、シンプルな質問だ。だからこそ、相手から返ってくる答えもまたシンプルなものになった。

『私があなたを心の底から愛しているからです』

 それだけ言われて、俺は不思議と彼が言いたいことの大半を理解してしまった。

 再び沈黙する俺の代わりに、トラストさんは言葉を続ける。

『この世界が新しく生まれ変わる瞬間が訪れるというのならば、その一部始終を目の当たりにして欲しいというのは、正当な愛の在り方かと思います。受け入れるかどうかは別として、私はディアに、真実を知っていて欲しかった』

 彼は、このウィルダム大陸の支配者たるダムダ・トラストという男は、俺に期待をしている。

『ディア……私は、貴方には私以上の高みへ至れるだけの才能があると感じています。だからこそ、貴方の成長を心から望んでいる。龍探しの旅路の果て、あるいは新世界から始まる新たな旅立ちの末に、何があるのか、何処へ辿り着けるのか。あるいは、自分ではもう立ち入ることができないと認めてしまった『神の領域』に、ディアならば辿り着けるのではないかと思っている』

「神の領域?」

『あなたはもうすでに、その片鱗を手にしていますよ』

 心当たりがあるとするならば、それはあの赤い宝石くらいなものだった。

 俺に以前の世界の記憶がハッキリと残っているのは、この宝石の持ち主として龍の加護を得ていたためだと考えられる。ブラムも龍の加護を持つ者の関係者には、世界改変の認識齟齬に耐性ができると話していた。

 でも、俺はがこの宝石を持っていることは、本当にたまたまのことだったんだ。あの時偶然アデルファと出会って、気まぐれに気に入られて、風に乗って運ばれてくるようにたまたま、俺の手に渡ってきた。

『理由など、問題にする必要はありません。今あるものが全てです。なぜならこの世界は、人間などという一介の生物が気にするよりずっと、簡単にできている』

 地面に種を植えたら芽が出るように。山火事の後に雨が降ることと同じように。起きてしまった事象の前には理由があるけれど、その理由が複雑なものだとは限らない。

『私はディアがたまたま龍の鱗を持っていたことにすら、可能性を感じています。それはいわば『運命』と呼ぶに相応しいもの。この世で最も愛している貴方という存在に、この世界の支配者の力の片鱗が与えられた。ならば祝福し、『運命』という言葉でもって讃えずにはおれません』

「あんまり恥ずかしいことばかり言わないでよ」

『おや、もしかして照れていますか? 可愛らしいですね』

「そりゃ照れたりもする……期待されることには慣れてないんだ」

 頭の中に、フロムテラスにいた時に経験した様々な出来事が浮かび上がり、消えていった。

『未来は見えてきましたか?』

「切ないくらい、ハッキリと」

 あの恐ろしい世界改変が起きてからずっと、体の調子が以前よりも良くなった。それは自分だけではない。この世界に生きている多くの生物に蓄積していた汚染物質が、あの時、あの瞬間に、まるでそんなものなどいくらも無かったかのように消滅し、浄化された。

 全てとまではいかなかったみたいだが、イデアールはこれからも何度となく改変を続けるだろう。

「ねぇ、トラストさん」

『なんでしょうか、ディア?』

「世界改変は、悪いことかな?」

「悪いことに決まっているではありませんか」

 トラストさんは通信端末の向こう側で、朗らかに笑っていた。


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